イヴァン氏と、
広い広い白い世界。
空は灰色、地面は濁った白。
なんだか自分の目が色彩を忘れてしまった気分になってしまい、鮮やかな赤の色を探した。
ピンバッジに描かれた丸い赤。それが自国の旗の印だと言う事に気付くのが一瞬遅れてしまう。
寒さで脳の活動も鈍くなっているのだろうか、ああ、早く温かい場所に行きたい。
けれど現実はそれを許さない。望んだ自国の風景を、私の目は全くと言っていいほど捉えていなかった。
「はい、温まるよ」
そう言って誰かが私の目の前で鈍色のボトルを振った。
それが誰かなんて、嫌と言うほど分かっていた。だってこの人が私をここに呼んだのだから。
感覚が無くなる位に凍えてしまった両手を差し出して何とかボトルを受け取り、蓋を開ける。
途端にきついお酒の香りがして、少しだけ顔をしかめた。
「イヴァン氏、これ」
「ウォトカ美味しいよ?飲まないの?」
「…いえ、私、あんまりお酒強くないので」
「じゃあここで凍死しちゃう?」
「それはもっと嫌です」
マフラーで隠されていた口で別のボトルの中身を飲んだイヴァン氏は早く飲むようにと私に催促する。
仕方なくボトルに口を付け、一口だけこくりと音を立ててウォトカ―ウォッカを飲んだ。
流石に水ですら割っていないストレートの状態でこんな度数の高い酒を飲んだ事の無い私は一口だけでも眩暈がした。
そもそもお酒を飲む事自体慣れていないのでいきなりこんな物飲めと言われてもお断りしたいくらいだ。
けれど今目の前に立っている人は拒否を絶対に許さない。否定を述べた瞬間に私の頭と胴体が分裂しちゃった、なんて事も平気でしそうな人なのだ。
それにお酒を飲んで温まるのは事実だし、現に喉が焼けるほど熱い。あと眩暈が止まらない。
「くらくらします…」
「滑らないように気を付けてねー」
「あぅ」
言われた傍からずるり、と凍った路面に足を持って行かれる。
あ、と思った時にはもう遅くて、私の身体はバランスを崩して道路とご対面―。
…になる筈だったのだが、寸での所でイヴァン氏に抱えられて尻餅をつかずに済んだ。
「…ありがとう御座います」
「怪我させちゃったら菊が怒っちゃうからね」
「そこまで菊さんも過保護じゃないと思いますが…」
「そんな事ないよー」
するり、と頬に手を添えてイヴァン氏は笑った。
手袋をしている所為なのか、彼の手は全くと言っていいほど温度を感じなかった。…なんだかこの人の方が凍死してしまいそうだ。実際にはしないけど。
冷たさでくっついてしまいそうなイヴァン氏の手を無理矢理剥がして、私はぷくりと頬を膨らませる。
寒いし早く何処か温かい場所に移動したい。こんな零下何十度と言われる極寒の地にいつまでも居たくはない。
イヴァン氏の国であるロシアは、私の住んでいる日本と近い場所にあるけれど、気候が大分違う。
赤道付近にある国と北極に近い国なのだから仕方無いのかもしれないけれど…それにしても寒い。
「はぁ…あの、イヴァン氏…。何処か室内に移動しませんか?私死にそうなんですけど」
「えー?きっと大丈夫だって。そんなに厚着してるんだから」
「厚着してない顔が主に死にそうです」
血の気が引いて土気色になってしまうとはこう言う事なんですね…。青褪めるんじゃなくてもう死人の顔色をしていると言っていい位、顔が冷たい。
口を動かすのが精一杯で、表情を動かす事があまり出来ない。瞼も動かせないから瞬きも出来ない。
これが進行していったらいずれ脳の動きも止まって凍死するのだろう。ああ怖い、と言う訳で死なない内に何処か温まる場所に行きたい。
再びウォッカを口にして一瞬の熱さを感じても、顔が冷たい事には変わりなかった。
「って寒いの苦手?」
「…ここまで寒いのは苦手です」
「…じゃあ僕の事も嫌い?」
「…?どうしてそうなるんですか」
イヴァン氏が移動してくれないので、自分でふらふらと何処か雪を凌げる場所を探す。
目視ではほとんどの店が閉まっていて、人が集まっていそうな場所は見つからない。
…やっぱり現地の人でもこの寒さは堪えるのかな…。ちくしょう、こんな所に呼び出すなんて。
降り積もった雪を転ばない様に慎重に踏みしめて、私は閉まっている店の柱に寄り掛かった。
ここなら屋根が付いている分、さっきよりも寒さを凌げると思ったからだ。通りには誰も居ないし、これ以上歩いて別の場所を探すのも面倒だし、とりあえずはここで一息吐く。
イヴァン氏も私の後に付いてきてくれて、頭に被った雪を手で払っていた。
「寒いの苦手なんでしょ?」
「…?ああ、苦手ですね」
聞かれて何の話だ、と疑問に思うが、それがさっきの続きだと直ぐに分かる。
流石にここまで極寒の地に放り出されるのは好きではない。でも、その反対に砂漠の糞暑い場所に放り出されるのも好きかと聞かれればNoと答えるだろう。
極端に寒いとか、暑いとか、そんな場所をすっごく好き!と言う人なんて限られていると思う。少なくとも私はそう思う。
やっぱり過ごし易い場所が良いし、死ぬほど寒いとか暑いよりかはぬるい(お風呂の温度みたい)方が好きだ。
それがどうしてイヴァン氏を嫌いだと言う事に繋がるのか、鈍くなった私の思考では分からなかった。
「この国も寒いから…嫌い?」
「え?…あー…、なるほど、そう言う事ですか」
そこまで言われてようやくイヴァン氏が何を言いたかったのか理解する。
イヴァン氏達は国そのものの存在、だからその国が寒ければその国が嫌いと言う事になって、イコール国自体である自分も嫌いと言う事になり…。
つまりはそう言う事で、イヴァン氏は私が寒いのが苦手と聞いて寒い国である自分も嫌いかと聞いてきた。…ああ、少し考えれば簡単に分かる事じゃないか。
それなのに理解が出来なかったとは、大分私の頭は凍りつき始めているのかもしれない。
残り少なくなってきたウォッカをちびちびと飲みつつ、私は背の高いイヴァン氏を見上げた。
「寒いのは苦手ですけど、イヴァン氏が嫌いな訳じゃないですよ。私、ロシア好きですし」
「…そう?」
「まあ怖い所沢山ありますけど…白夜とかあるみたいですし、その頃に行ってみたいとは思いますね」
「じゃあまた呼ばないとね」
「今度は冬じゃない事を祈ります」
と言ってもこの国では大半の季節は冬なのだが…そこはイヴァン氏の機嫌に任せるしかない。
夏になると場所によっては日本の初夏位に温かくなるらしいし、その辺りなら私もこんなに死にそうにならなくて済むだろう。
あ、でもその時ってお土産とか何持って行けばいいんだろう、すいか?夏だしそうめんとか羊羹とか冷たいものが良いのかなあ。
いつもは手ぶらで来てしまっているけれど、今日みたいに仕事とかじゃなくてプライベートで呼び出しされるとそんな事を考えてしまう。
お世話になっている身だし、礼儀として叩きこまれたから仕方ないと言えば仕方無いのだが。
「…だったら向日葵がいいなあ」
「なんと」
口に出してしまっていたのか、イヴァン氏の発言にびっくりしつつ、私は残りのウォッカを飲み干した。
向日葵とは、イヴァン氏も中々可愛らしい趣味をしていらっしゃる。
空は灰色、地面は濁った白。
なんだか自分の目が色彩を忘れてしまった気分になってしまい、鮮やかな赤の色を探した。
ピンバッジに描かれた丸い赤。それが自国の旗の印だと言う事に気付くのが一瞬遅れてしまう。
寒さで脳の活動も鈍くなっているのだろうか、ああ、早く温かい場所に行きたい。
けれど現実はそれを許さない。望んだ自国の風景を、私の目は全くと言っていいほど捉えていなかった。
「はい、温まるよ」
そう言って誰かが私の目の前で鈍色のボトルを振った。
それが誰かなんて、嫌と言うほど分かっていた。だってこの人が私をここに呼んだのだから。
感覚が無くなる位に凍えてしまった両手を差し出して何とかボトルを受け取り、蓋を開ける。
途端にきついお酒の香りがして、少しだけ顔をしかめた。
「イヴァン氏、これ」
「ウォトカ美味しいよ?飲まないの?」
「…いえ、私、あんまりお酒強くないので」
「じゃあここで凍死しちゃう?」
「それはもっと嫌です」
マフラーで隠されていた口で別のボトルの中身を飲んだイヴァン氏は早く飲むようにと私に催促する。
仕方なくボトルに口を付け、一口だけこくりと音を立ててウォトカ―ウォッカを飲んだ。
流石に水ですら割っていないストレートの状態でこんな度数の高い酒を飲んだ事の無い私は一口だけでも眩暈がした。
そもそもお酒を飲む事自体慣れていないのでいきなりこんな物飲めと言われてもお断りしたいくらいだ。
けれど今目の前に立っている人は拒否を絶対に許さない。否定を述べた瞬間に私の頭と胴体が分裂しちゃった、なんて事も平気でしそうな人なのだ。
それにお酒を飲んで温まるのは事実だし、現に喉が焼けるほど熱い。あと眩暈が止まらない。
「くらくらします…」
「滑らないように気を付けてねー」
「あぅ」
言われた傍からずるり、と凍った路面に足を持って行かれる。
あ、と思った時にはもう遅くて、私の身体はバランスを崩して道路とご対面―。
…になる筈だったのだが、寸での所でイヴァン氏に抱えられて尻餅をつかずに済んだ。
「…ありがとう御座います」
「怪我させちゃったら菊が怒っちゃうからね」
「そこまで菊さんも過保護じゃないと思いますが…」
「そんな事ないよー」
するり、と頬に手を添えてイヴァン氏は笑った。
手袋をしている所為なのか、彼の手は全くと言っていいほど温度を感じなかった。…なんだかこの人の方が凍死してしまいそうだ。実際にはしないけど。
冷たさでくっついてしまいそうなイヴァン氏の手を無理矢理剥がして、私はぷくりと頬を膨らませる。
寒いし早く何処か温かい場所に移動したい。こんな零下何十度と言われる極寒の地にいつまでも居たくはない。
イヴァン氏の国であるロシアは、私の住んでいる日本と近い場所にあるけれど、気候が大分違う。
赤道付近にある国と北極に近い国なのだから仕方無いのかもしれないけれど…それにしても寒い。
「はぁ…あの、イヴァン氏…。何処か室内に移動しませんか?私死にそうなんですけど」
「えー?きっと大丈夫だって。そんなに厚着してるんだから」
「厚着してない顔が主に死にそうです」
血の気が引いて土気色になってしまうとはこう言う事なんですね…。青褪めるんじゃなくてもう死人の顔色をしていると言っていい位、顔が冷たい。
口を動かすのが精一杯で、表情を動かす事があまり出来ない。瞼も動かせないから瞬きも出来ない。
これが進行していったらいずれ脳の動きも止まって凍死するのだろう。ああ怖い、と言う訳で死なない内に何処か温まる場所に行きたい。
再びウォッカを口にして一瞬の熱さを感じても、顔が冷たい事には変わりなかった。
「って寒いの苦手?」
「…ここまで寒いのは苦手です」
「…じゃあ僕の事も嫌い?」
「…?どうしてそうなるんですか」
イヴァン氏が移動してくれないので、自分でふらふらと何処か雪を凌げる場所を探す。
目視ではほとんどの店が閉まっていて、人が集まっていそうな場所は見つからない。
…やっぱり現地の人でもこの寒さは堪えるのかな…。ちくしょう、こんな所に呼び出すなんて。
降り積もった雪を転ばない様に慎重に踏みしめて、私は閉まっている店の柱に寄り掛かった。
ここなら屋根が付いている分、さっきよりも寒さを凌げると思ったからだ。通りには誰も居ないし、これ以上歩いて別の場所を探すのも面倒だし、とりあえずはここで一息吐く。
イヴァン氏も私の後に付いてきてくれて、頭に被った雪を手で払っていた。
「寒いの苦手なんでしょ?」
「…?ああ、苦手ですね」
聞かれて何の話だ、と疑問に思うが、それがさっきの続きだと直ぐに分かる。
流石にここまで極寒の地に放り出されるのは好きではない。でも、その反対に砂漠の糞暑い場所に放り出されるのも好きかと聞かれればNoと答えるだろう。
極端に寒いとか、暑いとか、そんな場所をすっごく好き!と言う人なんて限られていると思う。少なくとも私はそう思う。
やっぱり過ごし易い場所が良いし、死ぬほど寒いとか暑いよりかはぬるい(お風呂の温度みたい)方が好きだ。
それがどうしてイヴァン氏を嫌いだと言う事に繋がるのか、鈍くなった私の思考では分からなかった。
「この国も寒いから…嫌い?」
「え?…あー…、なるほど、そう言う事ですか」
そこまで言われてようやくイヴァン氏が何を言いたかったのか理解する。
イヴァン氏達は国そのものの存在、だからその国が寒ければその国が嫌いと言う事になって、イコール国自体である自分も嫌いと言う事になり…。
つまりはそう言う事で、イヴァン氏は私が寒いのが苦手と聞いて寒い国である自分も嫌いかと聞いてきた。…ああ、少し考えれば簡単に分かる事じゃないか。
それなのに理解が出来なかったとは、大分私の頭は凍りつき始めているのかもしれない。
残り少なくなってきたウォッカをちびちびと飲みつつ、私は背の高いイヴァン氏を見上げた。
「寒いのは苦手ですけど、イヴァン氏が嫌いな訳じゃないですよ。私、ロシア好きですし」
「…そう?」
「まあ怖い所沢山ありますけど…白夜とかあるみたいですし、その頃に行ってみたいとは思いますね」
「じゃあまた呼ばないとね」
「今度は冬じゃない事を祈ります」
と言ってもこの国では大半の季節は冬なのだが…そこはイヴァン氏の機嫌に任せるしかない。
夏になると場所によっては日本の初夏位に温かくなるらしいし、その辺りなら私もこんなに死にそうにならなくて済むだろう。
あ、でもその時ってお土産とか何持って行けばいいんだろう、すいか?夏だしそうめんとか羊羹とか冷たいものが良いのかなあ。
いつもは手ぶらで来てしまっているけれど、今日みたいに仕事とかじゃなくてプライベートで呼び出しされるとそんな事を考えてしまう。
お世話になっている身だし、礼儀として叩きこまれたから仕方ないと言えば仕方無いのだが。
「…だったら向日葵がいいなあ」
「なんと」
口に出してしまっていたのか、イヴァン氏の発言にびっくりしつつ、私は残りのウォッカを飲み干した。
向日葵とは、イヴァン氏も中々可愛らしい趣味をしていらっしゃる。
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氷点下70度の世界ってどんな感じなんでしょう。向日葵好きなろっさま可愛いです。
[2009.07.14]
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