フランシス氏と、

 ああ今日も今日とて呼び出しを喰らってしまいました。
 しかもその相手があのフランシス氏です。…正直無視して帰りたい所です。
 でも上司の命令+本人からの呼び出しなので断るに断れません…。

「…えーと、ご用件はなんでしょうか」
「その前にちゃん、お兄さんと目合わせてくれると嬉しいんだけど」
「すみませんその要求は果てしなく無理です」

 顔を逸らしつつフランシス氏の前に立つ私。
 何故こんなにも彼を毛嫌いしているかと言うと…思い出したくも無い初対面にまでそれは遡る。
 上司に言われて赴いたフランスで、どんな格好良い人が待っているんだろうと内心わくわくしていた私に、すっと薔薇を手渡してきた一人の男―それがフランシス氏だった。
 そこまではまあ、格好良かったのだが、次第に本性を現したのかどんどん発言が危うい方向に向かっていき、スキンシップも激しくなる始末。
 元々外国の方のスキンシップに慣れていなかった私は初め遠慮気味に苦笑していたのだが、段々とそれも耐えられなくなってしまい…その、初対面にも関わらずやってしまったのだ。背負い投げ。
 得意技とまではいかないけれど、職業柄、体術は一通り心得ていたので身の危険を感じてつい本気を出してしまっていた。
 気が付いた時にはもう遅くて、その日から私はフランシス氏から距離を置くようになっていた。
 だって…ねえ、初対面であんなに変態染みた事をされたら誰だってやりたくなりますよ、背負い投げ。

「うう…ちゃん酷い…。あの時はちょっとした出来心だったのに…っ」
「…あのですね、出来心だったとしても限度ってものがありますよ」
「おにーさんはあれが普通なの!」
「だったら今頃フランシス氏の家は変態さんばっかりになってしまってますよ」

 すんすんとハンカチを噛みしめるフランシス氏を軽くあしらい、私は溜め息を吐いた。
 黙っていれば格好良いのに、どうしてこの人は女性を片っ端から口説こうとするのだろうか。
 しかも下心丸見えで。フェリシアーノさんみたいに純粋な気持ちで口説かれたらまだ許せるんだけどなあ…。
 何かを期待する様な目でこちらを向かれても、返答に困るだけだ。早く帰りたいなあ。

「フランシス氏、用件を十文字以内で述べて下さい。私早く帰ってテレビ見たいんです」
「ええー…お兄さんテレビ以下…」
「今日は好きな映画があるので態々アルさんから借りた戦闘機で着たんですよ。早く帰りたいんです」
「やだやだー!今日はちゃんと居るぅー!」
「…」

 これがまだ年下の可愛い子だったら、駄々捏ねて可愛いなあで許されるのだが、相手は髭を生やした所謂おっさんだ(自分はお兄さんと言い張っているけれど)。
 正直殴りたくなったのが本音。でも手を出したら上司に怒られるんだよな…我慢しないと。
 べっしょりと縋りつかれてどうしようか悩む。どうやってこの魔の手から逃れ…。

「…フランシス氏、…なんか手が服の中に潜り込んでいるのは気の所為ですか?」
「きっと気の所為…はぁはぁ」
「…」

 すみません、上司。はっきり言って我慢の限界です。
 例えこの人が私よりも偉い人だったとしても、私はこのセクハラに到底耐えられそうにありません。
 辞表出しても良いから今後一切この人と二人きりになる事は止めていただきたいです切実に。

「…フランシス氏」
「ん?なになに!ちゃん」
「……切り落としますよ」
「何を!?」

 ぶつり、と堪忍袋の緒が切れた私はそれはそれは素晴らしい程の満面の笑みでフランシス氏に振り向きその一言を放った。
 思った以上にドスが聞いた低い声が出て自分でもびっくりしたけれど、フランシス氏のまさぐる手がそこでぴたりと止んだので良しとしよう。
 ついでにいつも持っているカミソリも出そうと思ったけれど、それは最後の手段だから止めておく。
 …え?何を切り落とすかって?それは…ご想像にお任せしますよ。私の口からは言えません。

「切り落とされたくなかったら早く本題に移って下さい。私忙しいんですから」
「…もっとゆっくりしていけばいいのに…」
「何かおっしゃいましたか」
「いーえ何も!それじゃあ仕方ない、用件を言おうかー」

 まだ不服そうにフランシス氏は頬を膨らませていたが、自分の椅子に座って一息吐くと、その顔が一瞬にして険しくなる。
 真面目な話をする時にする顔だ。私も自然とさっきまでの気持ちを切り替え、仕事顔になる。
 と言っても特に変わりはない。私が外国に赴く時はいつもこう言う顔だからだ。仕事だから仕方ないのだけれど。
 フランシス氏は私が上司に頼まれて持ってきた書類を捲りながら、頬杖をついて呟いた。

「…ちゃんさ、俺が昨日呼び出ししたの覚えてる?」
「いえ、全く。…昨日は何も予定無かった気がしたんですけど」
「んーん、四日ほど前に電話で呼び出ししたんだよ。以前渡された書類について不備あったらしいから」
「あ」

 そう言えば電話でそんな事を言われたような気がする。
 何枚かの書類が抜け落ちてるとかで…届けて欲しいとかなんとか上司に手渡された気が…。
 うわ、いけない。しかもそれって私がこの日が良いです、って言った日だ!…それが…もしかして昨日、だった?
 一瞬にして顔が青褪める。いけない、してはいけないミスをしてしまった…よりにも寄ってこの人に!
 うわあ、上司になんて言い訳すればいいんだろう、説教二時間くらいで終わるかな…。
 こんな事があるんだったらスケジュール帳をもっと確認して記憶を掘り起こすべきだった!昨日はすっかり菊さんとの萌え補給で一日を使い果たしちゃったし…。
 なんて言えばいいんだろう…素直に言ったら絶対殺される。上司怖いよ上司…。

「…えっと…その、…すみません冗談抜きですっかり忘れてました」
「ま、いつも来そうな時間に来なかったからそうだとは思ったけどね」
「すみません…以後気をつけます…」

 さっきまでの威勢の良さは何処へ行ったのやら。すっかり縮こまってしまった私の頭をフランシス氏がゆっくりと撫でる。
 その手つきはさっきの滲み出るやらしさとは全然違う、親が子を撫でる優しい手つきだった。
 こう言うフランシス氏の頭を撫でる仕草は好きなんだけどなあ…。本質を知ってしまっているので他の部分はあんまり好きにはなれない…。
 うう、と呻きつつ頬をほんのりと染めて私は視線を何処かへ逸らした。
 やっぱり慣れないものは慣れない。この職に就くようになってなんだか頭を撫でられる回数が余計に増えた気がする。
 同時に変な人に巡り合う回数も沢山増えたけれど。

「どうせ書類は今日持ってきた奴に入ってたし、そこまで気にせずに、な?」
「でも…迷惑掛けたのは事実ですから。…それは謝ります、ごめんなさい」
「じゃあその分今日はお兄さんに構ってほしいな〜」
「それは出来れば遠慮したいです」

 えー、と頬を膨らますフランシス氏に駄目なものは駄目です、と両方の人差し指で罰を作る。
 それがフランシス氏の何かのゲージにクリーンヒットしたのか、その後また数分口説かれる事になりました。
 挙句の果てにキスまでしてくる始末。勿論口は全力で阻止しましたが!
 やはり外国のスキンシップの激しさは異常だと思います…特にフランシス氏は。

「今度そう言う行為をすると本当に切り落としますので」
「…ぅー、ちゃん酷い…」

 その後は当たり前のようにフルボッコにさせていただきました。いやあ、良い訓練になりました。

BACK HOME NEXT

兄ちゃんそんなに嫌いじゃないのに滲み出るエロスの所為かフルボッコになってしまった!ごめん兄ちゃん!

[2009.07.13]