プラトニック・ラブ


 彼は子供の頃の俺を天使だったと言うけれど、その言葉はそっくり君に返したい。
 初めて出会った時、青空に背を向けて微笑む君の姿は天使に見えたんだよ。
 まるで俺の全て包み込んでくれそうなあったかい手に触れた時、俺の心もあったかくなったんだ。
 あの時の俺の記憶が真っ白なキャンバスだとしたら、最初に描かれた色はアーサー、君の髪の金色と、優しい瞳の緑色だったと思うよ。
 俺は君の事を勝手に神聖化していたみたいだったけれど…まさか、本当にそうだとは思わなかったよ。
 君はどれだけ穢れをしらない人なんだい?その両手が真っ赤な血に染まっていたとしても、俺の目にはやっぱり、真っ白な羽が君の背に見えるよ。

「フランシス、何となく、君が言いたい事は分かったかもしれない…」
「ま、お前等の組み合わせが危ない訳はそういうこった。今となってはもう遅いけどな」
「はぁ…彼にとっては禁句だったんだろうなぁ…」

 がくり、と肩を下ろして盛大な溜め息を吐く。
 フランシスが言いたかったのはつまり、アーサーがセックスすると言う事を嫌う純潔者で、俺は逆にアーサーと一緒になりたいと思う純愛者ってこと。
 反対の感情を持っている二人が一緒になるなんて絶対に何かよろしくない事が起きるはず。
 で、結局それが現実になってしまって、反発し合った感情が爆発して言い出しっぺの俺が自滅。
 と言う事になるから注意したかったんだろうな、フランシスは。彼の言葉を借りるけど、今となってはもう遅い。
 なっちゃったものは仕方ないんだけれど…ちょっと俺にだってささやかな言い訳をさせてくれたっていいんじゃないかい?
 俺はアーサーがそんなに世の中のチェリーボーイもびっくりな純潔者だとは全くと言っていいほど思っていなかったんだ!
 いや、だって見た目が二十そこらだと言っても中身は四桁越えてるんだし、そんな人が自分で慰めた事も無いって尋常じゃないよ!普通ならあり得ないと思うんだけど!
 NO!と頭を掻き毟っても事態は変わらないけれどやらずにはいられない。本当にアーサー、君って奴は常識から外れてるね!ぶっちゃけ俺も人の事言えないけどさ!

「それで、お前は諦めんの?あいつの事」
「そんなのある訳無いじゃないか!生まれてからずっとアーサーの事は大好きだし、絶対諦めるつもりはないんだぞ!」
「あー、はいはいお熱いですことー」
「…ぶー、馬鹿にしないでくれよ」

 ぷす、と頬を膨らませてそっぽを向くと、フランシスは笑って「してないよばーか」と呟いた。むう、やっぱり馬鹿にしてるじゃないか!
 でも諦めるつもりはないと思っていても現実に上手くいくとは限らない。
 アーサーには全力で拒絶されてしまったし、明日からどう顔を向ければいいのかもさっぱりだ。むしろ会ってくれるかすら分からないし。
 ジーザス、お願いだから奇跡でも起こしてほしいよ全く!今日だけで何回神様に祈りを捧げて何回貶した事か!

「しかし…お前も浮き沈み激しいとは言え頑張るなぁ。その熱心にちょっと尊敬しちゃうわ」
「君に尊敬されても嬉しくないけどね。俺はアーサー命だから!」
「…あっそ。…あいつも愛されてるなぁ、全く」

 腰に手を添えてHAHAHA!と笑って目尻に利き手を持っていった。けれどその手は空を切って何かを掴む事はない。
 そう言えばテキサスは壊れたままだった。ついいつもの癖でフレームを直そうとしちゃうんだよな…。
 この国での会議は今日と明日、二日間行われる筈だから、明日はもしかしたら裸眼で会議に出ないといけないかもしれない。
 テキサスを取ると子供っぽく見えるので気が進まないけれど…仕方ないか。それとも朝一で本国からスペア送ってもらおうかな?
 そうじゃないと他国がびっくりしちゃうかもしれないし。誰だお前って言われそうだ!マシューじゃないのにさ!
 ぷすりと明日の会議について悩んでいると、急にフランシスが俺の頭をぽん、と軽く叩く。
 行き成りの事だったので目を丸くしてフランシスを見上げると、緩く髪を撫でられた。

「…なんだい?」
「あんまり根詰め過ぎんなよ。お前らしくないぞ」
「一言多いよ」
「へいへい。さてお前も落ち着いた事だし、廊下の掃除しないとな」
「…あー」

 そう言えばそんな事もあったような無かったような。
 何の事かなぁ、としらばっくれて口笛を吹いたら頭を撫でる力が強くなる。
 ぐしゃぐしゃに掻き回されてナンツケッツがぴょんぴょん跳ねていたけれどフランシスは気にしていないようだった(俺は気にするんだけどね!)。
 マシューくらいにふわふわしてない俺の髪は寝癖がついたように色んな方向にぴょんぴょん跳ねる。
 髪は短いから絡まる事は無いんだけれど、いつも整えている分、ぐしゃぐしゃにさせれると気分が悪い。
 ぺしぺしと頭を掻き回すフランシスの手を払い除けて手櫛で跳ねた髪を元に戻す。子供扱いされるのはもう十分だと言うのに、周りは全く俺の意見を聞いてくれないようだ。
 こうなったら何を言われても廊下の掃除はしないんだからな!全部フランシスの所為にしてやるんだぞ!
 ぽこぽこと頭から湯気を出して口を尖らせ、ぎゅっと目を瞑って悪態をつく。我ながら子供っぽいとは思っているけれど、こう言う怒り方しか出来ないんだから仕方ない(その所為で子供扱いされちゃうんだけどさ…)。

「駄々っ子かお前は…」
「全ては君の所為なのさ」
「なんで俺なんだよ!ったくお前はほんとうに」

 とフランシスが説教を始めようとした所で甲高い電子音が部屋に響いた。
 明るいメロディに合わせてたどたどしい女の子の声が歌っているそれは俺の携帯から発せられていた。
 俺は個別に人からの着信音を変えるタイプなので、その独特の曲が流れた途端に誰から電話が来たのか理解する。
 場に似合わないポップメロディを響かせた携帯を開けると、ディスプレイには「本田 菊」と書かれていた。

「やあ菊!ナイスタイミングなんだぞー」
『こんばんわ、アルフレッドさん。随分明るい声ですね』
「今からフランシスの説教が飛んでくる所だったからね!」
『なるほど』

 俺の大きな声に動じた様子も無く電話越しの菊の声は落ち着いていた。
 フランシスも流石に電話中に説教するのは失礼だと思ったのか、大きな溜め息を吐いて口を噤んでいる。
 それを好機とばかりにそろりとシーツを除けて逃げる準備をし、菊にわざと大きな声で話しかける。
 そう言えば菊とは会議室でアーサーに叱られたきり会っていない。あの時の俺は明らかに沈んでいたのに、急にハイテンションになって驚かないんだろうか?
 菊の声は相変わらずいつものトーンを保っているし…実は驚いていても俺には分からない些細な変化なのかもしれないなあ。

『ではアルフレッドさん、手短に用件を伝えますね』
「急いでいるのかい?」
『いえ急ぐのは貴方の方です』
「え?」

 何か菊と約束なんかしたっけ?と問い掛けるとそうじゃないと返される。
 では何かと首を傾げた所で、菊は手短に、そして簡潔に用件を述べた。

『…と言う訳ですから』
「―…え、いや、でも俺」
『貴方の意思は変わらないのでしょう?なら早く来てください』
「なんで知って」
『本気で沈んで這い上がってこられない程に絶望しているのなら、あんな明るい声出ませんよ。アルフレッドさん』

 うわあ、やっぱり菊には隠し事なんか出来ないようだ。
 どうしようかとおろおろ迷っていても、きっと俺には選択肢なんか残されていないんだろう。
 もしかしたらラストチャンスかもしれない機会を菊は俺に与えてくれたんだ。
 なら例えそれがバットエンドのルート一直線だとしても、今度はちゃんと君に愛を伝えようじゃないか!
 どれだけ君の事が大好きかを、真っ白で純粋な君の前で全部ぶちまけてあげようじゃないか!
 それで拒絶されたって構わない、後悔は無いからね!君が嫌だと言っても俺は諦めるつもりは全くないんだぞ。
 毎日大好きって言ってあげよう。セックスしたいって言ったらシャイな君は殴ってきそうだから追々言う事にするとして、少しずつ愛を呟いてみようかな?

 巡って来たチャンスにネガティブな思考は一気に取り払われて、顔が綻ぶ。
 頑張ってみる!とベッドの上ではしゃいだらフランシスが落ち着け、と思いっきり脳天に拳を振り下ろした。
 その痛みに悶絶していたら、電話越しに菊が笑っていた。むう、笑いどころじゃないぞ。
 頭を擦ってぷすりと頬を膨らませ、二、三言と菊と話して電話を切って医務室を逃げるように飛び出す。シーツは既に取り払っていたから躓く事無く簡単に脱出する事が出来た。
 扉の後ろからフランシスが何か言っていたけれど、もちろんそれはスルーなんだぞ!
 だって片付けなんかヒーローには似合わないからね!HAHAHA!


 

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後半が…凄く駆け足気味です…。気持ちだけが先に行っちゃうとこんな文章しか書けない…精進します。

[2009.10.04]