プラトニック・ラブ
直ぐに答えが返ってくるなんてそんな期待なんか全くしてない。
だって君はすっごく悩んで、その悩みで自分が押しつぶされても悩んでる人なんだから。
でもさ、少しだけ期待とかしちゃってもいいかな?
だって、嫌いならそんなに綺麗に泣かないと思うんだ。そんなに無防備に涙なんか流しちゃって、いつものプライドはどうしたんだい?
ねえ、アーサー。君は俺のこと、子供の頃しか愛してくれないのかい?(今の俺を見てよ、ねえ)
「…大丈夫かい?」
「…」
「アーサー?」
俺の声に全く反応しない背負われ人は俺の背中で静かに泣いていた。
声すら出さないそれに、行き成りの事でびっくりしちゃったけど、俺よりも涙を流している本人がびっくりしているようだった。
こんなアーサーの泣き顔にはどう対処していいのか全然分からない。時々見せるこの涙に小さい頃からずっとどうやったら泣き止むのか悩んでいたんだけれど、結局答えが見つかる事は無かった。
何を与えてあげればいいのか、俺はどうすればいいのか、アーサーはこう言う時なにも喋ってくれない。だから俺はおろおろと差し伸べようとした手を出そうとしたり引っ込めたりするんだ。
俺が出会った時から何も変わっていない泣き顔。あ、でも出会った時よりちょっとやつれてる感じがする。仕事のしすぎじゃないのかな。
ずっと背中で泣かれるとジャケットが濡れてしまうので(別に良いんだけどずっと後ろを向く俺の首が死にそうなんだぞ)、俺はゆっくりと背負っていたアーサーを地面に降ろした。
あれだけ逃げたいと意思表示していたのに、俺の手から解放されたアーサーは逃げる事無くその場で涙を流し続けた。
「ねえ、泣き止んでよアーサー」
「…ぅ」
「そんなに嫌だった?…でも本当に好きなんだよ、ずっと」
「…るせ、喋んな」
俺が慌てる訳にもいかないのでアーサーを落ち着かせるようにゆっくりと背を撫でる。
アーサーは手が触れた事にびくりと肩を震わせていたけれど、振り払う事はしなかった。きっとそこまで頭が回っていないんだろう。
ずびずびと鼻を啜る音だけが二人の間で鳴っていて、気まずいったらありゃしない。やっぱりそんなに泣くって事は嫌だったのかい?泣いてちゃ分からないよ、アーサー。
本当は泣き止むまで待とうと思ったけれど、そこまで待てるほど俺は気が長くないんだよ。
ぽこ、と頭から湯気を出して噤んでいた口を開く。喋るなと言われても、こんな気まずい空気、俺には耐えられないよ!
「…んで、そんな事言うんだよ…」
なんでも良いから何か言葉を発しようと息を吸い込んで、よし、と喋ろうとした瞬間、俺の声じゃない声が小さく呟いた。
声の主は言わずもかな、目の前で肩を震わせてる彼だ。まだぐすり、と鼻を鳴らしていたけれど、涙は止まっているようだった。
アーサーの言葉に俺は眉間に皺を寄せる。なんでそんな事、と言われても好きなんだから言ってるんだし、どうしてと聞かれても返答に困る。
俺が黙ったまま答えを言わないので、アーサーは顔をぐしゃぐしゃにしながらそのまま言葉を続けた。
「…お前、俺を…その、犯すとか言ってただろ、俺の事嫌いじゃなかったのかよ!」
「は?んな訳無いじゃないか!確かにセックスはしたいと思ったけどキスしたり抱きついたりしたいって言ったじゃないか!」
「街中でそんな事叫ぶなばかぁ!つかそんなの言ってないだろ!」
「言ったよ!」
「言ってねぇ!」
ぎゃー!と二人揃って言った言ってないの叫び合いが始まって自分自身なにしてるのか分からなくなる。あれ?さっきのしんみりとした雰囲気どこ行った。
俺もアーサーもぽこぽこと頭から湯気を出して半ばやけくそ状態だ。どうしてこうなった!
確かに俺は問題発言しちゃった時に抱きつきたいとかキスしたいって言ったはずだ。今でも一文字一句違わずに思い出せるのは今日何回も復唱した所為なんだろう。
それなのにアーサーはその言葉を言っていないって言うんだ。おいおい、おかしくないかい?一応告白まがいの発言とは言えその部分だけ聞いてないとか酷いにも程があるんだけど!
でもそれが本当だったらあの反応は納得出来るなあ。俺だって突拍子も無くセックスしたいなんて言われたら相手を殴り飛ばす自信あるよ!もしかしたら殴るだけじゃ足りないかもしれない!
…あー、もしかしてアーサーを引き取った時に菊が満面の笑みで「順序間違いにも程がある」とか言いつつハリセン噛ましてきたのはそう言う事だったのかな?今ようやく言われた言葉を理解したかもしれない。
未だに痛む左頬のハリセン痕を付けた張本人にもうちょっと分かりやすく話してくれたらいいのに、と心の中で思いながらぷす、と頬を膨らませる。まあ、彼は善処します、とか言って逃げちゃうと思うけどね!
「何笑ってんだ!とにかく俺はそんな事聞いてないからな!」
「…じゃあ今言うよ!俺はアーサーとキスしたりデートしたりイチャイチャしたいです!それほど大好きです!」
「っ!叫ぶなばかぁー!」
俺が菊に対してくすくすと笑っている間にも言った言ってないの争いが続いていたので俺は自棄になって叫んだ。
さっきから思いっきり叫び放題しているけれど、どうやらこの街の人は相当呑気なのか鈍感なのか、言い争いをしていても誰も様子を見に来る気配がない。
人通りが少ない場所に居る所為も多少はあるんだろうけど、それにしたってこちらを窺う事が無いのは相当鈍いのか、こう言った争い事は日常茶飯事で慣れているのか…。
まあ人目を気にしなくていいのは好都合だし、これ以上の深い詮索は止めておこう。それよりもアーサーの返答の方が大事なんだぞ!
顔を真っ赤にさせて目尻には涙の跡を残した彼にいつもの笑顔で笑ってあげる。やっぱり彼とは言い合いしてた方がほっとする。拒絶されるのはもう嫌なんだぞ!
「それで、君の返事はどうなんだい?」
「…嫌に決まってんだろ」
「うん、でも反対意見は聞かないんだぞ!」
「っお前!」
なんたって俺はヒーローだからね!と我ながら突拍子の無い事を言ってるなあと思いつつも胸を張って威張ってみる。
もちろんそんな事でアーサーが納得する訳が無い。君は俺の意見に反対するのが趣味な人だからね!
DDDDDと笑って俺はいつもの明るいテンションを取り戻し、膨らんだアーサーの頬にぷす、と軽く人差し指を刺した。
アーサーは行き成り俺がそんな事をしてびっくりしたのか、目を丸くした後に段々と特徴的な太い眉毛を眉間に寄せていった。
あ、これは怒ったな、と分かる位にいつもの不機嫌な顔をして、アーサーはもごもごと何かを呟いた後に口癖になってしまってる「ばかぁ!」を力一杯叫んだ。
そんな顔で怒っても全然怒られた感じはしないんだけどなあ、と俺は心の中で思って(口に出したらまた怒るんだろうな)へらり、と口を緩ませた。
「可愛いんだぞ」
「…お前が?」
「きみが!」
「…よっぽどその目は腐っているみたいだな」
頬を引き攣らせて指を鳴らし、人差し指と中指の第二関節を突き出す形で拳を握りしめるアーサーに、ひやりと嫌な汗が流れる。
あれ、それってもしかしてもしかしなくても目潰しの構えだったりする?え、だったら俺やばくない?
今にもその拳を俺に向かって振りかぶろうとしているアーサーにぎょっとして慌ててストップ!と両手を突き出す。
冗談なんだぞ、と冷や汗を垂らしながら乾いた笑いをして拳を下ろすように催促するけれど、アーサーは一向に拳を下ろす事はしなかった。むしろもう攻撃態勢に入ってる。
「いや、あの、アーサー、ちょっと」
「喰らえ目潰し!」
「Noooooooo!」
ガッ、と快音が鳴り響いて俺が地面に膝を付くのは、言うまでもないだろう。
テキサスが壊れていなければこんな攻撃喰らわずに済んだというのに!ああ、過去の自分、どうして俺のテキサスを壊してしまったんだい!
そんな事を思っても今この痛みが和らぐ事は全くもってないのだが、思わずにはいられない。
フランシスにやられた救急箱(角)の衝撃も凄かったけれど、今回の目潰しの衝撃もまた凄かった。
見事にクリーンヒットして俺が悶絶したのが嬉しいのか、アーサーは鼻を鳴らしてによによしていた。…目潰しでこんなに嬉しそうな顔をする人を見るのは初めてだよ(いや正直目潰しされたのはこれが初めてなんだけどさ)。
ぷすぷすと笑うアーサーとは対照的に、俺は両目を押さえて痛みに耐える。本当に今の目潰しは綺麗に決まったなあ!超痛いよ!
おおう、と涙目になりながら嗚咽を零してアーサーを下から睨みつける。ぷすぷす笑う彼の表情はいつも通り、自分の攻撃が成功して心底嬉しそうな顔だった。
(ああ、やっと笑ってくれた)
今日は一切見る事が出来なかった彼の笑みを半日以上経った今(下手したら日付変わりそうな時間帯だ)、やっと見る事が出来た。
頭に思い浮かべた笑顔より、やっぱりリアルに見た方が心の中があったかくなる。ぽかぽか、太陽みたいに。
こんなにあったかい気持ちになるんだったら、あれだけ制裁受けた甲斐もあったかな?いや、あってほしいな。
じゃないとこんな小さな笑顔じゃ見返りが全然、足りないんだぞ!(だからもっと笑って!)
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[2009.10.23]