全治不可能なまでに、
ぽすん、と軽い力で押し倒され、ベッドのスプリングがぎしりと音を立てる。
ふかふかの布団は優しく私の身体を包み込んでくれて、そのまま寝てしまいそうになる位寝心地が良かった。
覆い被さるイヴァンさんの瞳は深い紫色をしていて、その奥にはしっかりと熱が宿っている。
けどやはり最初はゆっくりとした手付きで服のボタンを外していくので、可愛いな、と思いつつ彼の髪を撫でた。
「あったかいね」
「貴方の手も温かいですよ」
「そうかな?」
ぺたりと頬に手が当てられて、じんわりとした熱がそこから伝わってくる。
もう一度温かいですよ、と呟いたら、イヴァンさんはふにゃりと嬉しそうに笑った。
服のボタンはあっという間に全て外され、シャツがするりと捲られる。いくら部屋の中が温かいと言っても、外気に触れるのは変わりないので、曝け出された上半身がふるりと震えた。
布が取り省かれた事により、シーツに肌が触れて不思議な感触が伝わる。フェリシアーノ君みたいに服を脱いで布団の中に潜り込む事が無い私は、その感覚が酷く新鮮に思えた。包み込まれている感覚は悪くは無い、けど普段からそれをするのは流石に無理だと思う(破廉恥な!)。
するすると胸から手が下りてきて脇腹に触れ、肩がびくりと跳ねる。その場所が弱い事を知っている彼は、いつも服を脱がした後、真っ先にそこに触れる。なんでもそこに触れた時の表情が可愛いらしいが、私には理解しがたい感想だった(彼に向かって可愛いと言うのは良いんですけど自分が可愛いとは到底思えません…)。
うう、とむずむずするお腹に口をへの字に曲がらせて目をぎゅっと瞑る。身体も曲げたかったけれど、覆い被さるイヴァンさんの身体が邪魔で上手く動く事が出来なかった。
「ねえ、どんな感じする?」
「…どんな、と言われても…。くすぐったいと言うか、ぞわぞわすると言うか、…っ」
「えへへ、可愛いなあ、その顔」
貴方のその笑顔の方がよっぽど可愛いですよ、と言う言葉はぞくりと走った感覚に飲み込まれる。うわああ、ちょっと、脇腹弱い事知っているのに何でそんな所舐めるんですか!ひいいい。
引き攣った声が出そうになって慌てて口元を押さえ、切羽詰まった息を吐き出す。身体を小刻みにくねらせると、追いかけるように舌が這いずって逆効果になっていた。
見てるだけでも辛いのに、触れられて、更には舐められるなんて、ダメージが大き過ぎて震えるしかない。弱点を攻撃されまくったのだから、今私のヒットポイントと言う奴は瀕死の状態なんじゃないでしょうか。文字が赤くなってませんか!
うひゃあ、と変な奇声も漏らしたくなるものですが、漏らしたら最後、彼は余計に調子に乗って益々私を追いこんでくる筈だ。それは何としても避けなければ、色んなものが溢れて爆発しちゃいそうになる。あああ、そんな事になったら切腹は免れません。
ふるふると頭を振って止めて欲しいと小声で呟いたら、イヴァンさんはまた満面の笑顔でふふふ、と脇腹にキスを落とした。ひいい、くすぐったい…!
「本田君ここ好きだねー。触ると直ぐにふやけた顔になっちゃう」
「そ、れは…弱いから、っで…、貴方も…知ってるでしょう…っ?」
「うん、だから声出しても良いのに、なんで我慢するの?感じてる証拠、僕に見せてよー」
「っ…、うぅ…っ…いや、ですよ…!はず、かし…っ」
首から下顎をつう、と指でなぞられて息が上がる。小さく息を吐いたら、思った以上に熱くて自分でもびっくりした。
口元を塞ぐ両手の隙間から否定する言葉を述べると、イヴァンさんは眉間に皺を寄らせて頬を膨らませる。ころころと表情が変わるのは自分と違って見ていて楽しい(今がそんな状況じゃ無い事は分かっていますけど)。
けれど声を出す事、こればっかりはいくら強請られても譲る事は出来ない。私のプライドってものがありますし、一応男ですから女子の様な嬌声を出すなど…いえ、本音を言うと自分の喘ぐ声なんか聞いても萌えないからと言うのが本当の所なんですけどね。
だって私の声でイヴァンさんの可愛らしい声が掻き消されでもしたら私、自己嫌悪で鎖国してしまいそうですよ!彼の嬌声を聞けるのはここでしかないんですから!一番萌え補給が出来るのもこれですし!…あ、勘違いしないで下さいね、萌え補給の為にこの様な行為をしている訳ではもちろんありませんから!あくまで一つの理由ですよ、理由!
「本田君、よだれ」
「…はっ」
いけません、ついいつもの癖で突っ走ってしまいました。うっかりうっかり、以後気を付けます。
じゅるりと顎を伝う唾液を手の甲で拭うと、その腕ががしりと掴まれる。首を傾げてイヴァンさんの方を見やると、私の腕を口元に持って行き、そのまま唾液の滴る手の甲を舐め取られた。…うわあ。
それだけで自分の顔の熱が急上昇したのが分かった。あつい、顔があつい。
何ですか、何なんですか、なんで舐めるんですか。しかも見せつけるように舌まで見せて、破廉恥ですよイヴァンさん。私そんな事をしろなんて一言も言ってませんよ!
見るのも恥ずかしくて視線を逸らす。けど脳裏に焼き付いたそれは目を閉じても目の前に現れる。息が上がる、身体があつい。
ずくり、と腰が重くなったのを自分でも感じて首を振る。嫌だ、なんて破廉恥な、あんな事で反応してしまったのですか、私の身体。
窮屈になるズボンはまだベルトもしっかりと締められたままだ。あつい、早く解放して欲しい…なんて、死んでも言えない。言いたくない、言ったら即切腹。
震える足を擦り合わせて、頭をシーツに埋める。ひんやりとした布は、少しだけ顔の熱を奪ってくれたけど、それ以上に顔が熱くて効果がないようだった。
「菊」
「っ」
こんな所で名前なんて呼ばないで下さい、恥ずかしい。滅多に下の名前で言わない癖に、なんで今になって言うんですか、そんな優しい声で。
かたかたと震える身体を抱き寄せられて、薄っすらと目を開ける。ぼやけた視界の中でイヴァンさんは情事の時にしか見せない顔で笑っていた。
白い肌が火照って赤く染まる色は、私の肌とは少し色が違う。マフラーの隙間からちらりと覗く首元は普段見えていない所為か酷く艶かしく感じた。
金属が擦れ合う音としゅるりと何かを引き抜く音がして、そこでベルトが外されたんだと分かる。ぎゅっと右手をイヴァンさんの首に掛けて抱きしめると、答えるように彼の身体がベッドに沈んだ。
「…っふ…ぅ」
下肢に纏っていた全ての布が引き抜かれ、熱の中心に手を添えられる。目にする事はしたくないので天井に目を向けて、左手は口元に。
ぐしゅ、と普段なら出る筈もない粘着音が響いて、耳を覆いたくなる。けど両手は既に塞がってしまっているので、どうする事も出来なかった。
ああ、なんて破廉恥で卑猥なんでしょう。こんな他人に扱われて感じてしまうなんて、ああ鎖国していた時にはこんな事するとは思わなかったのに、なんて淫らな、ああでも大切に想われているのだと思えば心地良い。
同性に惹かれた背徳感が無い訳じゃあない。そもそも国なのに恋情を抱くなんてどうかしている。けど好いてしまった、だからもう、後戻りなんか出来はしない。
与えられるあたたかい熱に溺れていく、深い所まで、どうにも出来ない所まで、深く、深く。
受け入れるのは大分慣れているみたいで、潤滑剤を纏った指を突き入れられてもそれほど痛みは感じなかった。
それどころかもっと奥に入れて欲しいと思うくらい、自分はどろどろにとけてしまっている。もちろん、口には出さないけれど。
いつもはゆっくり解かされるのに、今日はイヴァンさんも余裕が無いみたいで、直ぐにずぷり、と指が追加される。ああ、ふとい、きつい。
漏れそうになる声を手を噛んで必死に抑える。けれど荒い呼吸は彼の耳に届いているみたいで、ベッドに沈んでいた頭が上がると、かぷり、と首に噛みつかれた。ああ、やばい、です。
「っあ」
「ねえ、気持ち良い?良いよね、こんなにしてるし」
「…う…、ぅー」
「もう大丈夫かな?平気?挿れても、いい?」
「…っ、ど、うぞ」
ぎしりと音を立てて身体が動かされる。うつ伏せにされたのはせめて辛い姿勢にならないように、でしょうか。
下の方からはまだ水音が鳴っていて、入っている指が弱い所を掠るとびくり、と足が強張る。まるで自分の足じゃ無いみたいに勝手に震えて、貧乏揺すりしてるみたいだなあと何となく思った。
体勢が整えられて、ゆっくりと指が引き抜かれる。異物が中から出ていった事にほっとするけれど、指の変わりに直ぐに添えられたのは、焼けるほどあつい熱。
ああ、あああ、あつい、熱いです、凄く熱いです、そして指とは比べものにならないくらい―質量が、大きい。それが、私の中に、入って、はいって…はい…っ。
「ぁああぁあちょ、ま、痛い痛いです!いた…ひぎゃあああ!」
「えっ…あ、ごめん」
「―…ひぃい!う、ごいちゃ…駄目です…!…あふぅ」
…正直、私は同性同士の性交を舐めてしまっていたようです。い、痛みが…半端じゃありません…!
何ですか、何ですかこの痛み!さっきまでの心地良さが一瞬にして吹き飛びましたよ!気持ち良くて寝そうになってたのに一気に目が覚めてしまったじゃないですか!
女子はこんな痛みを経験するのですか…!ど、どれだけ打たれ強いんですか彼女達は…じじい痛すぎて一瞬綺麗な花畑と小川が見えましたよ!
慣らされたと言ってもこの痛みは尋常じゃありません、挿れられても、抜かれてもきっと痛い。かと言ってこのままの体勢を維持できる筈が無い。
中を抉られるような、指とは違う感触。痛い、痛い…じじい裂ける、裂けちゃう!
「っい、だ、…ああ、あぁ…」
「あ…ごめん、痛いよね、大丈夫?抜いたほうが良い?もう止めとく?」
「い、…だ、め…駄目、です。抜いちゃ…せっかく、いれれたのに、ぬいちゃ、…ひうッ」
「でも本田君辛そうだよ?ああえっと…なにか…なにか無いかな」
痛みで涙がぼろぼろとシーツに零れ落ちていく。快楽より痛みを先に感じてしまった為、勃っていた性器もだらりと萎えてしまっている。
けれど、抜く事はしたくなかった。だって、初めて慕っている方を受け入れたんですから。止めるなんて、出来っこない。
挿れて構わないと言ったのは私なんですから、痛くても自分の発言に責任を持たなくてはならない。
かたかたと小刻みに震える身体をなんとか落ち着かせようと、深呼吸を繰り返す。その間もイヴァンさんは何かを探していたようで、ごとりと音を立てて色んな物がベッドの上に落とされていた。
「…あ。…ねえ、本田君、これ飲んでみて。よくなるかもしれない」
「…?なん、…っんぐ!?」
何か良い物を見つけたのか、イヴァンさんが細いボトルの様な物を翳して蓋を開ける。ふわりとレモンの良い香りが鼻についた、と思ったら、行き成り口にボトルを突っ込まれた。
突然の事で目を見開いたが、流れ込んでくる液体にどうする事も出来ずに噎せながら飲み込んだ。瞬間、刺すような痛みと眩暈がして視界がぐらりと揺れる。なんですか、これ。
ぼっと腹の中で飲み込んだ液体が熱を持ったように熱くなる。あ、これは、何処かで飲んだ事があるような、気が―。
そこで私の記憶は、ぶっ飛んだ。
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[2010.01.14]