Attention!
いつも通りだけど菊さん視点なのでいつも以上に思考がひどい。
全治不可能なまでに、
「ねえ、駄目?」
そんな捨てられた子犬のような目で私を見つめないで下さい。首を傾げて上目遣いをしながらそんな可愛い声を出さないで下さい。
普段の貴方はどこに行ったというのですか。宇宙旅行にでも行ってしまわれたのですか?なら早く大気圏でも突破して元に戻しに行って下さいよ。
じゃないと私、頷く他ないじゃないですか…!
上司の外交に付いていくのは今回が初めてではなかった。むしろ何十、何百回以上も私は自分の国から飛び出して様々な国を行き来している。
昔は数百年程鎖国なんかして外国の人を遠ざけていたけれど、アルフレッドさんに連れ出されてからは徐々にオープンになってきた。
まだ文化の違いなどは多々あっていざこざは絶えないが、昔よりは随分と視野が広まったかのように思える。
そんな中隣国でもあるイヴァンさんと交流を持つのは避けられない事だろう。欧米の皆さんよりも近い事は確かだし、色々とその節ではお世話になっていたりもしたし。
けれどまさか、隣国と言うだけの枠に入りきらない程のお付き合いをさせていただくとは、開国した当時の私も全くと言っていいほど予想はしていなかったでしょう。
ええ、もちろん今でもじじいはこれは夢なんじゃないか、と時折思う事がありますとも。しかし寝ても起きても状況は変わらない。だったら諦めるしかないじゃないですか。
本当はこんな感情持つ筈じゃなかったのに、いつの間に惹かれてしまったんでしょうね、この人に。
「分かりましたから、今は会議に集中しましょう?その話はまた後で」
「じゃあ約束してよ。今夜一緒に寝るって」
「…。約束、しますから」
はあ、と盛大に溜め息を吐いてしゃがみ込む大きな子供を起き上がらせる。自分よりも頭幾つ分か高い身長の人を支える事なんて滅多にしないから、少し引っ張るだけでも腰にくる。
老体なんですから労わって欲しいものですよ、全く。まあこれ以上に腰に負担が掛かることをたった今約束してしまったのでやっぱり諦めるしかないんですけどね。
見上げられていた筈が今度は私が見上げる番になって、視線を上に持っていく。そして机の上に散らばっていた資料を手繰り寄せて渡すと、有難うと微笑まれた。
「早く終わらせなくちゃね」
「…はあ」
善処しますとは、言えなかった。言ってもどうせこの人には効果が無いですしね。
私が断ったとしてもきっとこの人は笑って受け流す。それか、無理矢理にでも事を運ぼうとするのだろう。彼がその気になればこんな会議室であっても、会議の真っ最中でもしてきそうな勢いだ。流石に事はしてないけどそれに繋がる話をしてきましたし。
結局頭が痛くなるのはいつも私の方で、折れるのも私の方。善処しても最後には流されてしまうから、仕方なく頷く。
甘やかしているのかは知らないけれど、強請られて断れないのだからきっと端から見ると甘やかしてるように見えるんだろう。普通の爺と孫だったらほのぼのした雰囲気になるのに、私とイヴァンさんじゃほのぼのと言うよりサディスティックなルートしか見えて来ないんですけど。なんですかこれ、死亡フラグって奴ですか?
今現在の状況が既に死亡フラグだとするのなら、イヴァンさんを選んだ時点で私の人生既にバッドエンド行きになってると思うんですけど。いやですねじじいまだ二次元に行くと言う夢が残っているのに…!
はっ…いけません、話が少しずつずれていってしまってます。修正しなければ。えーと、つまり、私は「はい」か「いいえ」、どちらを選んだとしても答えは同じになるルートを辿っていると言う訳ですね。
…ええ、ゲームにはリセットボタンがあっても私達にリセットボタンが無いのは既に周知しておりますとも。やっぱり私は死亡フラグと言う奴に出会ってしまっているんですね。
そして選択肢によってはイヴァンさんのヤンデレバッドエンドへと一直線と言う事ですか。これは選択肢を誤る訳にはいきませんね。
でも今のままの性格のイヴァンさんを維持出来れば、ヤンデレにならずにほのぼのとした爺と孫の関係になれるかもしれません。恋仲の時点で爺と孫じゃないんですがそこは敢えて無視して置きましょう。
私も今の状態のイヴァンさんには好感が持てますし、墓穴を掘らない限りガラスを扱うような優しい手付きでエスコートしてくださるのでハッピーエンドはそれ程難しくないかもしれませんね(その代わり一歩間違えればバッドエンドですが)!
よし、どん底に行きかけた気持ちが少しずつ浮上してきたようです。じじい頑張ります!
「本田君っていつも何考えてるか分かんないねー」
「そうですか?私は貴方の考えている事の方が分かりませんが」
「えーそうかなー?」
うふふふ、あははは。二人で笑い合うけれど目が笑ってないのはきっと気の所為です。ええそうですとも。間違えて突っ込む輩などこの場には居ません。なんたって今回のロシア訪問は我が国だけですから。
もしここに誰か別の方がいらっしゃったとすれば、それはご愁傷様としか言いようがないんでしょうね。今の頬笑みで室内の気温が若干下がったと思われますから。
私の笑みには温度を下げる効果など無いので原因はどう見ても目の前の方ですけど、もちろん声には出しません。出したらバットエンド行きですから。
資料に視線を戻してにこやかにこちらの提案を伝えると、イヴァンさんも笑ってすっぱりと却下してくださいました。
少しは譲歩してくださいと言ったら、善処するね、と微笑まれる。答えはいいえと言う事ですね、分かっていますとも。まあ私達の話が平行線を辿っても、決めるのは上司なので構わないんですけどね。
いつも通りのやり取りを繰り返して数時間、上司に呼ばれるまで資料や情報交換を繰り返し、私は今日の仕事を終わらせた。
大分寒くなってきているハバロフスクの夜空は薄い雲に覆われて星が雲の隙間から見え隠れしていた。
そろそろ雪が降りそうな季節になる事ですし、炬燵を出さないといけませんねえ。今年はどれだけ雪が降るんでしょうか、ちょっと楽しみです。
空を見上げるだけでこんな事を思ってしまうのはやはりこの場所は自分の国じゃないからですかね?それとも単に歳を重ねた故の事でしょうか。
少しだけほっこりとした気分で窓の外を見つめていたら、身体を束縛している腕の力が強くなって息が詰まる。ああ、いけません、ついうっかり。
「すみません、空が綺麗でしたので」
「むー。寝る時は僕の事考えてって言ったのに」
「ええ、そうでしたね。すみません」
ぷす、と肩口から頬を膨らました音が聞こえて、口元を緩める。空に嫉妬するなんて可愛いものじゃないですか。独占欲が強いのはアレですけど。
後ろから被さるようにイヴァンさんは私の身体を抱え、両腕を前で留めている。体格が違い過ぎるので、小さな私は彼の腕の中にすっぽりと収まってしまっていた。
よしよしと拗ねる彼の頭を腕を回して優しく撫でる。柔らかくてふわふわなイヴァンさんの髪は撫でていて心地良かった。
肌はまだ布で覆われていたけれど、互いにそれほど着こんでいる訳ではない。いつもの軍服は二人とも脱いでしまっていて、今はラフな格好をしている。
まあ、イヴァンさんのチャームポイントでもあるマフラーはいくら頼んでも外してもらえないのでそのままなんですが。
「ねえ本田君」
「なんですか?」
「まだ受け入れるの辛いかな…?もっと解かした方が良いかな…」
「…さあ、どうでしょうね。私も初めてなので聞かれても分かりませんよ」
頬が赤くなった彼の額に頬を擦り寄らせ、目を細める。イヴァンさんは困ったように眉尻を下げてどうしよう、と呟いたけど、答えは返さなかった。
だって本当に聞かれても分からないから。こんな、同性と繋がる行為なんて、自分で描いた事はあるけど実際にした事なんて無いし、見た事も無いから。
だから解く解かないの話をされても困る。足を開くのは私ですけど、挿れるのは彼なんですから、イヴァンさんが十分だと思えば挿れてくれて良いんですけどね…。私の方では違和感と痛みしか分からないから、どんな風になっているのかも知りませんし。
日本男児として、受け入れると決めてから潔く女子の立ち位置に就いたのですから、いっそ一思いに貫いてくれれば良いのに(いや痛いのは勘弁してほしいですけど)。
それなのにイヴァンさんは直ぐに挿れるでもなくゆっくりと時間を掛けて解いていくんですから、じじいちょっときゅんと来てしまいましたよ。これがギャップ萌えと言う奴なんですかねえ。
最初は指一本受け入れるのにも違和感があったのに、最近では随分と違和感を快感へと切り替える事が出来るようになりましたから、そろそろ頃合いなのかもしれません。
ああ、ペンで書くよりずっと大変な事なんですね、同性同士の恋愛とは。こればっかりは実際になってみないと分かりませんので、今のこの状況も貴重な体験なんですよね。後でしっかりメモしとかなければ。
でも自分が体験するなんて毛頭も思っていませんでしたけど、これはこれで良いものですねえ、ふふふ。
「うー…」
「イヴァンさんはどうしたいんですか?」
「…出来ればいれたい…でも本田君を傷付けたくないよ。痛いの嫌でしょ?」
「まあそりゃあ、痛いのは嫌ですけど。しかし痛みを伴わずに行為に及ぶ事は出来ないんですから、そこは踏ん切り付いてるつもりですよ」
「うー」
ああもう、本当に可愛らしい仕草をしてくれますね、この人は。これじゃあどちらが攻めか分からないじゃないですか。
くすくす笑って身体を少し捻らせる。私が動こうとしているのに気付いたイヴァンさんは腕の力を抜いて、拘束を緩めさせた。
くるりと横向きになると、さっきよりイヴァンさんの顔が見えやすくなる。それでもやはり体格の差で彼の顔を見上げる形になった。
「私は初めて貴方に身体を許した時から覚悟は出来てますよ。貴方がしたいなら、してください」
「…酷くしちゃうかもしれないよ?それでも怒らない?」
「それは時と場合によりますけど…少なくとも今の状況では怒りませんよ。怒る要素がありませんから」
「…じゃあ、良い?」
前髪を掻き分けられて、額にちゅっとキスが落とされる。良いと言っているのに再三聞くとは、何処まで私をきゅんとさせるつもりですか、貴方は。
これじゃあ私が強請っているようじゃないですか。もう、初めの威勢は何処へ行ったんでしょうか、全く。
ぽん、と頭を軽く撫でると、イヴァンさんはふにゃりと顔を綻ばせてくすぐったそうに笑う。彼は頭を撫でられるのが好きなのか、私が撫でると直ぐに気分を良くしたように喜ぶ。ぽち君みたいに尻尾が付いてたらぱたぱたと揺れている事だろう。
想像しただけでも可愛い姿にまた胸がきゅんとして、私もふにゃりと顔を緩ませる(ただし自分で思うよりは顔に出てないみたいだ)。
そしてお返しとばかりに立て膝になってイヴァンさんの頬にちゅっと触れるだけのキスをする。
「…お手柔らかにお願いしますね?」
ぽこ、と頬に熱が溜まり始めた事を感じながら、イヴァンさんの耳元で囁く。
それが、合図だった。
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[2010.01.12]