生徒会長さんと密会。


「ん、んー!んん…ぅ」

 無理矢理口唇を割って入りこんでくる相手の舌に、同じものを押し付けて逆に追い出そうとする。
 けど器用に絡め取られてしまって、押し返す事は出来なかった。
 ざらりとする感触に肩が震えて鳥肌が立つ。うわあ、お前、ちょっと、ここ生徒会室だぞ、何してんだよ。
 咄嗟に瞑った目を薄っすらと開けてキスに溺れるアルの頬を軽く抓ると、ぱっと深い海の青が目の前に現れた。
 少し潤んだガラス玉のような瞳には俺が映り込んでいたけれど、今はそんな事気にしている場合じゃない。
 離せとばかりに眉を顰めて意思表示をしたら、頬を抓っていた腕を取られてアル自身の腰に回された。お前本当に何してんだよ。そんな事するんだったら腹掴むぞ、腹。最近太ったとか言って掴ませてくれなかったから思う存分触ってやるぞ。
 身体を起き上がらせて体勢を立て直すと、アルはここぞとばかりに深いキスをしてくる。ちゅく、と水音が耳に届いて一気に顔の熱が上がったが、掴みやすくなった奴のお腹周りを思いっきり掴んでやると、ぴゃっと頭のナンツケッツを飛び上がらせてアルは漸く口唇を離した。

「な、なんて事するんだい!」
「それはこっちの台詞だ馬鹿!ここを何処だと思ってやがる!」
「生徒会室だろう?知ってるよそんな事!」
「ならキスなんかするな馬鹿ぁ!」

 耳元で叫ばれて五月蠅かったが、俺もお返しとばかりにアルの間近で叫んでやる。甲高い耳鳴りが頭の中をぐるぐる駆け巡って耳を塞ぎたかったけど、それ以上に羞恥心が勝って怒る事しか出来なかった。
 アルは掴まれたお腹の辺りを押さえて眉間に皺を寄せていたけど、それは自業自得なのでもちろん俺から謝るなんて事はしない。むしろ俺に謝って欲しい。仕事場で何てことしてくれたんだ、こいつは。
 まだ俺達しか居なかったから良かったものの、フランシスの野郎とかセーシェルなんかが居たら恥ずかしさで死ぬぞ、俺。まあアルはあいつらの目の前でキスなんかしない…と思うけど。多分。
 けどこんな場所でした事には変わりないのだから、俺はごしごしと手の甲で唇を拭った。

「あ、酷い。いつもは強請ってくるのに」
「馬鹿、ここはまだ学園内だぞ?誰かに見られたらどうすんだよ」
「え?付き合ってるって言えば良いんじゃないのかい?」
「…あのなあ」

 なんでそんな平然とした顔で言うんだよそんな事。いやそりゃあ、言っている事が間違っている訳では無いんだけども、そんなに自信たっぷりに言われると調子が狂う。
 そもそも俺らは男同士で、更には血は繋がっていないけど元兄弟と言う立場であって、人間じゃなくて国と言う存在だ。
 同性愛なんて、異性愛とは違って嫌悪される対象になりえるし、俺達の国も決して同性愛に対して歓迎ムードと言う訳じゃあない。
 だから本来こんな関係を他人に知られてはならないし、俺達も隠していかなければならないのだ。だと言うのにこいつは、この空気を読もうとしないメタボは。

「元々ばれたらいけないんだぞ、俺達が付き合ってる事。お前のとこの上司も怒るだろ」
「えー。だって我慢出来ないんだもん」
「男が「もん」とか言うな!駄目なものは駄目だ馬鹿!」

 ぽこぽこと頭から湯気を出して声を荒げる。アルは口を尖らせて文句を言っていたけれど、それ以上言い返してくる事は無かった。
 その事にほっとして傍にあった鞄に持って帰る書類を入れていく。ぱちん、と音を立てて鞄を閉めればもうこの部屋に用は無い。
 部屋の鍵はポケットの中に入っているから、あとはアルと一緒に部屋を出て施錠すれば、俺も帰宅の途に就ける。
 空の色は綺麗な夕焼けから薄暗い夜の兆しも出始めてきていて、今から帰ったとしても寮に着くのは日が暮れてからになりそうだった。

「あー、もうお前の所為でまた夜になっちまうじゃねえか」
「…ごめん、でもほんとに我慢出来ないんだぞ」
「じゃあ帰ってから、って…!?ちょ、っと、お前!馬鹿、なに、触っ、て、…ぅあ」
「…ん?あれ?」

 椅子の後ろから、がばっと抱きすくめられてびっくりした俺は目を見開いて頭を傾ける。
 後ろを向けば直ぐ近くにアルの顔があって、吐息が掛かりそうな距離にまたびっくりした。いや、問題はそこじゃなくて。
 抱きすくめられるのはまだ許せる。さっきはキスまでされたのだから。でもこれは、アルの手の位置が、どう見ても上着より下の方を触ってる。俺の。
 いや、いやいや、待てよ。ちょっと待てよ。お前本当に何してるんだよ。我慢出来ないからとか言ってなんで触るんだよ馬鹿。触んな馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿。アルの馬鹿。
 お前の所為で変な声出たじゃないか。どうしてくれるんだ、こんな、学園の中でこんな声出すなんて。ああもう死にたい、恥ずかしくて死にそう。なんでキスなんかで反応した、俺の身体。
 これじゃあ髭野郎にエロ大使と言われても言い返せねえ。くそ、馬鹿、触んな、離せよ!こら!お前変なとこ撫でんな!ぐりぐりすんな馬鹿あ!

「ふ、ぁ…っ!」
「…アーサー、それって満更でもないって反応なんだぞ」
「うるせえ離せよ馬鹿ぁっ!」
「やーなこったー。アーサーもやる気になってくれたんだから溜まってた分すっきりさせてもらうんだぞ!」

 DDDDと笑うアルの手は確実に俺の下肢を弄っていた。するり、と太腿を撫でられるだけでも、その動きがやらしく見えてきて感じてしまう。
 横暴な理由に言い返そうと口を開けるが、声を出そうとした所で弱い所を突かれたので、出たのは引き攣った高い声だった。
 やばい、この展開は非常にやばい。流される。こんな所でするなんて出来るか、馬鹿。馬鹿馬鹿、アルの馬鹿。
 ふるふると首を振って拒絶しても、アルは手の動きを止めようとしない。むしろさっきよりヒートアップしてる。うん、こいつ後で呪ってやる。
 俺が感じているのを見て調子に乗りやがって、後で覚えてろよこのメタボ。あ、うわ、だからそこぐりぐりすんなよ馬鹿!

「君、今変な事考えただろ」
「ひ、ぁあ!…ぁふ、しらね、えよ馬鹿ぁ…」
「嘘だー、今によによしてたんだぞー?」
「や、ぅ…そこ、や、あ」

 執拗に弱い所を撫でられて、顔がどんどん熱くなっていく。その熱を吐き出すように肩で息をすると、アルがちゅっと音を立てて頬にキスをしてくる。あー、やばい…アルの顔近い。
 眉尻を下げて与えられる刺激に耐えるけれど、徐々に追い詰められていってそれもままならないようになる。
 直に触られていない所為か、熱が籠っていてもどかしい。…ああやべえ、色んな意味できっつい。もうやばい、流される、あ、あぁあ。
 かたかた震える足がだらしなく開かれて、仕事している時とは真逆の状態に倒錯的なイメージが頭を過ぎる。
 普段からずっと座ってる場所なのに、こんな所で行為をするなんて、なんて卑猥なんだろう。ああでもそのシチュエーションいいかも、なんて思う時点で俺は流されてるんだろうなあ。ああ俺の馬鹿。アルはもっと馬鹿。馬鹿馬鹿。
 仕方なく口唇を寄せてくるアルに答えるように同じものを押し付けると、アルはふにゃりと嬉しそうに笑った。本当にこいつの笑顔って子供っぽいよなあ、可愛いからいいけどさ。

「服脱ぐかい?」
「…当たり前だ、ばかぁ…っ!」
「ん、じゃあちょっと我慢してくれよー」

 汗が滲み始めてきた身体をゆっくりと傾けて、アルがボタンを外していく。それをぼんやりと見ながら、俺は心の中で自分自身を叱った。
 ああもう、結局流された。絶対にしたくないと思ってたのに、なんでこうなったんだよ、ちくしょう。溜まってたんだったらもっと前に言えよ馬鹿。なんで学園内で我慢出来なくなるんだよ、寮まで待てねえのかよ。
 ここじゃあ色々事後処理とか面倒なのに。シャワーだってないし、ベッドだってないから体勢きついし。ソファでやれと?…その後にそこに誰が座ると思ってんだ、馬鹿。んな所で出来るかよ。
 だからと言ってこの机の上でやるのは勘弁してほしい。仕事してる最中に思い出してしまうからだ。…まあ、今の状態からしてもうこれは手遅れな感じがするけど。
 さっきも思った通り、シチュエーション的には悪くない。いつもと違って官能的であるのは間違いないし、いつも以上に危ない橋を渡っている気がして余計に人の気配に敏感になってるし。
 でもこの一回の過ちで今後の仕事を全て台無しにしてしまうのは…ちょっと、いや、かなり駄目な気がする。ここで仕事をしているのは俺だから、精神的にダメージを受けるのは主に俺だし(アルは別に何も感じないんじゃないのか…?これだから能天気な奴は)。
 だから止めたかったのに。したくなかったのに、身体は言う事を聞いてくれないみたいだ。ああくそ、正直な身体め、もっと我慢しろよばかあ。俺も最近仕事ばっかりで溜まってたのは溜まってたけどさあ、これは無いだろ。前はもっと我慢出来ただろ、なんで止まらないんだよ、ちくしょう。

「アー、サーっ!」
「わぁっ!?な、なんだよいきなり…」
「考え事は後にして欲しいんだぞ!ほら腰上げて、ズボン脱がすから」
「ひっ…嫌だ、やだ、やだ!やめろ変態!」
「脱ぐって言ったの君じゃないか!もう大人しくするんだぞ!」

 出来るか馬鹿!とべしり、と音を立ててアルの脳天に平手をお見舞いする。けど効果は今一つみたいで、アルの身体は微動だにしていなかった。
 否、逆にその所為で彼の闘争心に火がついたらしく、絶対に脱がしてやると意気込んでいるようだった。
 しまった、と思った時には全てが手遅れで、太腿の裏を持ち上げられてそのまま身体ごと宙に浮かされた。そしてベルトを外したズボンは下着共々摺り下ろされていく。

「って、ぎゃああ!見える!ばか、外から見えるだろ!」
「もう暗くなってるし誰もこの部屋なんて見ないさ!」
「そう言う問題じゃねええ!…っひぁ、あ、ん…っ」
「そうそう、君はそうやって可愛い声でも出してれば良いんだぞ!」

 いや良くねえよ馬鹿。俺もなんでこんな女みたいな声出してんだよ馬鹿。
 ああもう、明日すっげえ休みたい。羞恥心で死にそう。いっそ誰か俺を殺してくれ。あ、でもまずアルを呪ってからな。そこだけは譲れねえ。


 

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なにこれ終わらない。終わり所が分からない。なにこれ。

[2010.01.22]