生徒会長さんと密会。


 授業が終わって寮へ帰宅する者達をガラス越しに追って、俺はふっと息を吐いた。
 今日もごたごたが絶えず発生して学内を歩き回る散々な一日だった。
 朝はイタリアの兄弟がフランシスに絡まれてたので助ける名目で髭を毟ろうとして逃げられたり、イヴァンが珍しく怯えていると思ったら部屋のドアを妹に壊されたと弁償するよう求められたり…。
 あとはクラウツの野郎が兄と喧嘩して、またイタリア兄弟を巻き込んでいたのを大変だな、と同情してスコーン食べさせようとしたら喧嘩していた兄弟に怒られたり(なんだよちくしょう)、セーシェルはセーシェルでいつまで経っても俺の言う事を聞かなくて、今日も逃げられた。
 仕方なく教師に渡す書類は髭に押し付けて、俺はいつものように生徒会の仕事。
 授業は昼までしか出ていない為、レポートの提出は他の生徒よりも少し多い。それも仕事の片手間に早めに終わらせて、喉が渇いたとふと思ったらこんな時間だ。もう日は落ち始めていて、空は少しずつ色を変えている。
 ずっと同じ姿勢で作業していたので首と肩をゆっくり回すと、ごき、と鈍い音がなってすっきりした。

「ふー…」

 そろそろ季節は冬に差し掛かるこの時期、生徒会の仕事も段々と忙しくなってきていた。
 秋は文化祭があるし、この時期になってくるとテストの数も一段と増える。冬休みが終わった後は生徒達が怠けてしまっているから、きちんと勉強させる為にもスケジュールなんかは綿密に計画しなければ。
 もう生徒会長の仕事じゃない事まで首を突っ込んでいるからか、毎日が忙しくて仕方ない。生活がつまらないと言う訳では無いので日々充実しているんだろうけれど、働き詰めなのはやはり疲れる。
 睡眠時間を削ってまでしてる訳ではないのでいつも目覚めはすっきりなんだけど…最近肩凝りが酷くなってきている気がしないでもない。
 帰ったらマッサージでもしてみるか、と肩に手を添えて腕をぐるぐる回して腰も曲げる。けど、楽になるのは一瞬だけで、やっぱり肩が少し重いように感じた。あー、くそ。こんな時にセーシェルが居たら肩揉ませるのに…あいつ何処行きやがったんだ、全く。

「明日は今日の分まで徹底的にこき使ってやる」
「なにをだい?」
「セーシェルをだよ。あいつ俺の植民地なのに髭の所に行ったりして…って、おま、なんでここに」
「居ちゃいけないのかい?だってここソファあるし居心地良いんだぞ!」
「お前なあ…一応ここ生徒会専用なんだぞ…」

 ぽふ、と後ろから頭を軽く叩かれてちらりと頭を傾けると、そこには満面の笑みで笑う奴が居た。
 アルフレッド、そうぽつりと呟くと、目の前の奴は口を尖らせてぱちりとウィンクする。それは俺が怒ったとしても出て行かないと言う意思表示。仕方なくいつものように顔を背けると、後ろからやった、と呟く声が聞こえた。

 本当は一般の生徒が居座ってほしくないこの部屋は、俺が会長をしている生徒会の本拠地だ。学園のトップと言っても良いほどの権力を持っている生徒会は、活動する部屋も他の部屋より豪華な造りになっている。
 この部屋は元々生活出来るようにと造られていて、空調機が備えられていたり、簡易のキッチンなども存在している。普段は紅茶を飲む事にしか使わないキッチンだが、生徒が学園内で使う事が出来るキッチンはこの生徒会室と調理室位で、自由に使用して良いのはこの生徒会室のみだ。
 それ以外は寮から持ち寄るか教師に頼んで調理室を借りなければならないので、一般の生徒(特に部活動をしている奴)にとっては、この生徒会室が羨ましいらしい。部室はただの部屋だし、こんなソファやテーブル、きちんとしたデスクなどは置かれていないしな。
 だからアルフレッドがこの部屋に居座りたい気持ちも分からなくはない。学園内でここまで寛げるのはこの部屋しか無いし、生徒の出入りも滅多にないし。
 けどアルフレッドは生徒会の者じゃなく一般の生徒だ。本来ならば俺は立ち入り禁止だ、と追い出さなければならない身なのだが…それはもう、諦めてしまった。
 毎回、毎日のようにこの部屋に押し掛けてきて、ソファに寝転んだり勝手にコーヒー淹れたり。入ってくるな、と怒っても嫌だと首を振って居座られる。
 一度鍵を閉めた事があったけれど、突進されてドアごと破壊されたので(弁償は何故か生徒会持ちだったし)、拒む事も出来ない。なら、諦めるしか方法が無いじゃないか。
 そんな訳で仕方なく、こいつは俺が部屋に居る時だけ生徒会室の出入りが自由になっているのだ。俺の迷惑になるような真似をしたら追い出すと言う条件付きだけど。

「ねえねえアーサー、教えて欲しい所あるんだけどさー」
「またかよ…お前もっと自分で努力するとかしねえのか。後ろの本棚見えねえのかよ」
「だってあんな文字の羅列…寝てくれと言ってるようなもんじゃないか…」
「なんでそんなので北米クラス主席になれるんだよ…」
「HAHAHA!それは俺がヒーローだからさ!」

 いや意味分かんねえし。ぺし、とソファに腰掛けるアルフレッドの頭を近くにあった書類で叩いて腕を組む。
 アルフレッドは痛そうに叩かれた頭を両手で押さえていたけれど、俺はそれを軽く無視して紅茶を淹れる為にキッチンに向かった。
 いつもの場所に置かれたティーセットは年季の入ったものだが、手入れをしているので今でも綺麗に輝きを保っている。
 セーシェルが植民地になった時にこのポットで紅茶の淹れ方を教えてやったけど、見事に失敗してくれたのは良い思い出だ(いや悪いか)。まあ、まさか茶葉じゃなくてティーバッグを使われるとは予想もしなかったが…つかなんで場所知ってたんだよ、茶葉の缶しか出してなかったのに。
 棚に入ってあるカップとアッサム缶を取り出してヤカンを火に掛けてそんな事を思い出していたら、後ろから名前を呼ばれた。

「なんだよ」
「俺コーヒーが飲みたいんだぞー」
「はあ?だったら自分で淹れろ。俺は紅茶しか淹れねえ」
「ええーついでで良いからさ、ほらその棚にお湯注ぐだけで出来るパックあるから」

 くるりと振り返って眉間に皺を寄せると、アルフレッドが持ってきたノートを片手に俺の近くを指差す。
 視線をそちらに移してみたら、茶葉の缶が入っていた隣に、見慣れないインスタントの箱が置かれていた。その近くには奴が気に入っているコーヒー豆の袋も置いてあって、まるで常連のような雰囲気で当たり前のようにそこに存在していた。
 ああ、くそ、勝手に変な物持ち込みやがって。俺の茶葉と一緒にするなよ、間違えて取りそうになるだろ馬鹿。
 ぽこぽこ頭から湯気を出してミルクが入ったカップに紅茶を注いでいく。ふわりと漂う良い香りはいつも通り、美味しそうだった。
 アルフレッドは俺が追加のお湯を沸かさない事に気付いて頬を膨らませていたけれど、仕方なさそうにソファから腰を上げてこちらに向かってくる。台のど真ん中に陣取っていた俺は邪魔になると思って横にずれると、口を尖らせたアルフレッドが小さくケチ、と呟いた。

「これ位淹れてくれたって良いじゃないか、これだから友達少ない人は」
「ケチ言うな!ったく、それは余計だろ。つーかお前も居ないだろ」
「君ほど少なくはないんだぞ!」

 ずん、と鼻の頭を人差し指で押されて身体が仰け反る。うるせ、と一言だけ吐き捨ててそっぽを向くと、横で笑われた。ちくしょう、悪かったな、友達居なくて。
 そりゃあ植民地の奴は沢山居るけど、それは主従の関係であって対等に話し合える関係じゃあない。植民地の奴は両手足の指じゃ足りない位居るけど、友達と呼べる者は片手で数えられる程しか居ないのは、自分でも自覚しているつもりだ。
 だから友達になってやろうかと努力した事もあった…ような気がするけど、成果はこの通り、何処かの一人楽し過ぎる奴みたいとまではいかないが、栄光ある孤立は今も少々継続中だった。うう、俺は別に寂しくなんか無いんだからな…!
 思わず鼻がツンとなったのを紅茶を飲む事でなんとか紛わせて首を軽く振る。アルフレッドはもう笑ってはいなかったけど、しゅんしゅん鳴り始めたヤカンをぼうっと見つめて目を細めていた。
 こいつのそう言った表情はあまり見た事が無くて俺は首を傾げたけれど、ヤカンの方に視線をずらした一瞬の間にいつもの表情に戻っていたので、どうかしたのか、と問う事は止めておいた。

「で、教えて欲しい所って何処だよ」
「ぅえ?…良いのかい?」
「息抜き程度なら付き合ってやる。…勘違いすんなよ、別にお前の為じゃなくて俺の為だからな!」

 語尾が荒くなってしまった事に気恥かしさを感じて、残りの紅茶を一気に呷る。カップをシンクに置いて息を吐くと、飲んだ紅茶の味が外に抜けていった。
 アルフレッドはそんな俺の仕草を横目で見つつ苦笑しながらテーブルに置いてあったノートを持ってくる。ぱらぱらとページが捲られて示された場所を見ると、彼の苦手な教科である事が分かった。
 乱雑な文字が並んでいるページを眉を歪めながら目で追っていく。もっと綺麗に字書けないのかよこいつは。
 アルフレッドは俺より一つ下の学年なので問題は簡単に解く事が出来たけれど、その答えを直ぐに教えることはしない。答えだけを教えても、どうしてその答えに行きつくのかが理解出来なければ意味が無いからだ。
 ポケットに差していたペンを取り出してインクを付けないようにノートを叩くと、アルフレッドはコーヒーの入ったコップを片手にノートを覗きこむ。

「ここはどうすればいいんだい?」
「ほら、これはこの二つの問題を応用したやつだろ?この文字がここに入るなら答えは…」
「…ああ、なるほど!じゃあこの問題も一緒なのかい?」
「ん…そうだな」

 ペンで文字を辿ってヒントとなる場所を円を描くように示すと、アルフレッドは難しそうな顔をぱっと明るくさせる。
 その顔を見てほっとした俺は、ノートをアルフレッドに返して元居たデスクの方に足を向けた。
 今日の仕事は大分片付いたけれど、まだ少し書類の整理が残っていてそれを帰るまでに終わらせなければいけない。少し長めの休憩を取ったから手早く終わらせないと日が暮れてしまう。
 皮張りの椅子に腰かけて、デスクに積み上げられた紙の山に目を通しながら順番に分けて行く。後ろから差し込む陽光が弱くなってきていて文字が読み辛かったけど、俺は気にせず作業を進めた。

「ねーアーサー、そんなに暗い所で読むと目悪くなるよ?」
「じゃあお前がライト点けろ。スイッチ何処か知ってるだろ」
「…あーもう君って奴は…俺と仕事どっちが大事なんだい?」
「仕事」
「…ぶー」

 アルフレッドの方を一切見ずに即答する。なにを今更、とばかりに鼻で笑ってやると、ブーイングが飛んできた。けど無視してやった。
 この部屋に居る時は俺が仕事をしている時なんだから、そんな時にそんな質問をされても答えは決まっている。目の前の書類が大事。
 そりゃあ、自室に戻ったら逆の答えを返してやらなくもない…ような気がしないでもないけれど、少なくとも仕事場でお前、とのたまう事はしてやらない。つかこいつもそれは百も承知の筈だ。俺が条件を出して頷いたのはこいつ本人なのだから。
 纏まった書類をクリップで留め、間違った書類が紛れ込んでいないか確かめて、それが終わって両手を頭の上に伸ばすと仕事は一段落だ。
 残りの細かな仕事などは部屋でやる事にして、ペンを机の上に放り出す。そのまま机に突っ伏して大きい深呼吸をすると、ふいに椅子がぎしりと音を立てた。
 重みで少し沈んだ椅子に疑問符を浮かべながらゆっくりと顔を上げると、そこには目を細めたアルフレッドが立っていた。

「…アル?」
「君は馬鹿だね、そして鈍感なんだぞ」
「は?なに、…っ?」

 疲れた思考の中、アルの顔がいつもより近かった事に気付かなかった俺は、彼の為すがまま唇を奪われた。
 …え、なんだこれ。なんでキスされてんだよ、俺。


 

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設定しか考えてなくて書き始めた結果がこれだよ!

[2010.01.20]