H*Fから少女Aへ

 Lvが上がると受けれるクエストの数は増え、その報酬はアイテムであったりお金だったり、装備だったりする。
 大半のクエストはその報酬に加えて経験値も入る為、やっていて損は無いだろう。
 …と言う訳でLvが上がった私は遠出をして初期Lvで訪れる街にやってきていた。

(懐かしいなぁ)

 クエストが増えたかと思えば一番最初の街に居るNPCに報告するだなんて、遠過ぎるにも程がある。
 今まで冒険してきた道を逆戻りするのだから、低Lvの時の思い出に浸るのも良いかもしれない―そう思う人もいるけど、それまでの軌跡を辿るには移動が長過ぎた。
 アーサーさんみたいに一度行った場所にはテレポートして行く事が出来るスキルがあればいいのだけど、あのスキルはサモナーしか覚える事が出来ないスキルだから習得も不可能。
 街や入り口までなら転送してくれるNPCも居るけれど、ヘタを払わないと転送してくれないので唯でさえ貧乏な私がそれを利用するなんて出来なかった。
 仕方なく徒歩でフィールドを駆け、最短ルートである道を進んでいく。途中に居る敵は今のLvじゃあ一撃で倒せる敵なので梃子摺る事は無かった。
 そんな訳でここに到着するまでの時間の大半は移動で消費され、ログインしたばっかりなのに既に疲労感が溜まっていた。精神的に。
 クエストをクリアしたらまた来た道を逆戻りしなくちゃいけないのがなあ…もう雑魚でも良いから突っ込んで死に戻りしちゃおうかな。
 死に戻りはその名の通り、わざと死んで復活地点に戻る事を言い、移動が面倒臭い時にはよく使う帰還方法だ。
 次のアップデートで楽に転送出来る機能とか付いたらいいのに、と思うけど今でもヘタを使っての移動が存在するのでその願いは実現しないのだろう。
 またお金貯めないといけないなあと吐息を吐きながら画面に向かって呟いて、マウスをころころと動かす。
 視点をぐるぐる変えていると酔ってしまうけれど、移動の時にやる事がないのでたまにそうしているのだ。
 目的のNPCを見つけて報告を済ませて、クエスト完了。あとは拠点にしている街に戻るだけ、だけど。

(ん?)

 ぐるぐる変えていた視点の中でちらっと見かけた事のあるような姿が目に留まる。
 ネトゲなんだから同じ装備をしている人なんてごまんと居る筈なのに、何故か気になって通り過ぎた視点を元に戻した。
 ただの野良パーティで一緒に遊んだ人で、印象に残っている装備をしていたのかもしれない―そう思ったけれど、どうやらその考えは正解の様で不正解の様だった。
 ダンジョンで一緒になったことはあるけれど、野良ではなくお友達のお誘いで。そこからは見知らぬ人からちょっとしたお友達になった人。
 露店の集まる場所でお店を開いているその人に近寄ってみると、相手も気付いたのか、内緒チャットで話しかけてくれた。

「あいやー、こんばんはある」
「耀さんこんばんわです。露店してるんですか?」
「そうある。我の本業はダンジョンよりこっちあるからなー」
「あ、そっか。お疲れ様です」

 そう言って耀さんは座りながら、私にも商売を持ちかけてくる。けど今の所新しい装備の為にお金を貯めている最中なので丁重にお断りしておいた。
 耀さんのお店は安価でアイテムを売るのが特徴で、他の人の露店より一割か二割ほど安い値段で商品を売っている。
 その為お店はいつも繁盛しているようだ。でも以前売っていたアイテムが転売され、怒ってPv(プレイヤー同士が戦える場所)に行ったらしいけど、Lvが低過ぎて返り討ちにあったらしい。ご愁傷様としか言えない…。
 だから最近はそんなに安くないみたいだが、それでも安価なのは変わりない。買っていく人は多いみたいで、売れ行きが良い物は直ぐに完売してしまうらしい。
 彼はほぼ毎日露店をしていて街を転々としているらしく、今日はこの初心者が集まる街で商売しているようで、商品も初心者用の低Lvアイテムが中心だった。
 何処からそんなに沢山のアイテムが出てくるのだろうと思うけれど、耀さんの職業はアーチャー。弓士なのだが、その将来の職業はアサシンやレンジャーなどの素早さ重視職になる。
 しかもその職でしか覚える事が出来ない「盗み」のスキルがあり、それがアイテム収集の鍵となっていると言っていいだろう。
 まあ、ぶっちゃけて言うと盗みを覚えるのは三次職のアサシンからであり、二次職のアーチャーである耀さんが覚えている訳がないんだけど。
 更に言うと、普段から高Lvのアルフレッドさんやイヴァンさん、その他の人達とLv40や50のダンジョンに入り浸っていれば幾らでもアイテムは手に入るのだ。Lv35の耀さんなら尚更ドロップは沢山あるだろう。
 アイテムの底が尽きない理由は主に上記の通りだ。他にも要らないアイテムや倉庫の肥やしになってしまっているレアアイテムなどを引き取って販売しているのでいつでも商品のリストは全て埋まってしまっている。
 長時間ログインする事が出来ない人達の為に代理でアイテムを売っていたりもするので耀さんの露店はいつもバリエーション豊かなのだと言う。

も何か売りたいアイテムあったら我に寄越すよろし。一緒に売ってあげるあるよ」
「いいんですか?…あ、でも今の所自分の露店で収まってるのでまたアイテムがいっぱいになった時にお願い出来ますか?」
「もちろんあるよ!値段言ってくれればその値段で出品するあるよ〜」
「はい、その時はお願いします」

 内緒チャットで会話している間も耀さんのお店を覗いているとリアルタイムでアイテムが次々と売れていく。
 これだけ沢山の物が売れているのだから、耀さんの所持金は凄い事になっているんだろうな、きっと。
 今の段階から将来の事を見据えてヘタを貯めているらしい彼に凄いなあ、と感心して私も頑張らないと、とマウスを握っている手に力が入る。

「ああ、そうある。に紹介したい奴が居るあるけど今大丈夫あるか?」
「紹介したい人、ですか?…特にやる事決めてなかったので構いませんけど…」
「了解ある、一寸待つよろし!」

 露店中は暇なのか、耀さんは途切れかけた会話を繋いでくれる。更には私に誰かを紹介してくれるようだ。
 あのダンジョンでの出会いから今まで、少なからず行動を共にした事があるとは言え、この発言にはちょっとびっくりした。
 いや、だって、紹介って…相手の方に迷惑掛けそうでなんか怖いんですけど。何となく。
 でもそう簡単に断る訳にもいかず(断る理由も何となく、じゃあ失礼だし)、私ははっきりしない曖昧な言葉で返答した。
 それでも耀さんは嬉しそうに顔文字を語尾に付けて反応がぱたりと止まる。きっと紹介する人に説明しているんだろう。
 何もしないでただ待っているのは癪だったので周りの露店を覗いていると、耀さんの発言がログに流れる。
 パーティに入れるけど平気か、と言う問いに頷く。すると直ぐに耀さんがパーティリーダーのダイアログが表示された。

 【耀、香のパーティに参加しました】

 ぱっと表示された簡易ステータスと簡易マップによると、どうやら紹介したい人は私達の直ぐ近くに居たらしい。
 香、と言う方は耀さんの露店に混じって一緒に露店を開いていて、白のチャイナ服が印象的な人だった。Lvは40、三次職であるアルケミストになりたてのようだ。
 アルケミストは私と同じ回復職から派生する職業で、主に補助魔法を覚える支援職だ。四次職になれば味方に対するプラスの効果がある補助魔法を使うバッファーか、敵に対するマイナス効果の補助魔法役、デバッファーかに分かれる。
 スキルによってはステータスが大幅にアップするものもあるので、回復も出来る支援職としては断トツと言って良いほど性能が良い。
 その代わり攻撃魔法などが少ないのでパーティで遊ぶ事が必須になってくるのが辛いところ。特に私のようにソロで遊んでいると直ぐに大きな壁にぶち当たって積んでしまう職でもある。殴り魔と同様、少々育て難い職業なのだ。

「あー、こんばんはッス」
「初めまして、よろしくです〜」

 露店をしている為、香さんは座ったまま挨拶をし、それっきり黙り込んでしまった。何か悪い事でもしたかな?と首を傾げるけれど、発言していないので答えが返ってくるはずがない。
 その素っ気ないとも呼べる態度に耀さんはむっと来たのか、怒り気味で香さんにぶつぶつと言っているみたいだった。
 けど時々よく分からない漢字の羅列が続いていたので(中国語かな?)、私はそのログを追う事を早々に諦めた。フランシスさんが発言していたフランス語とは訳が違うので、しっかりと解読する事が出来なかったのだ。
 難しい漢字の中に見知った漢字を見つけて、何となく言いたい事は分かるけれど、その読みはまるでわからない。でも中国語の発音は可愛いなあ、とは思う。あ、また話ずれた。

「香!お前が気になるって言うから誘ったのに何あるかその態度はっ」
「えー、別に露店中じゃなくても良いじゃん的な?つーかぶっちゃけ露店中に誘うとは思ってませんでしたしー」
「香ー!」
(止めた方がいいのかな…でも楽しそうだしなあ)

 あはは、と苦笑しながら耀さんが叫ぶのを宥めて、香さんを見やる。相変わらずの素っ気ない態度だったけれど、どうやら話を聞いていると耀さんが紹介すると言うより香さんが私の事を紹介してほしいみたいだった。なんだろう、凄く嬉しいかもしれない。
 少し太い眉毛に誰かの面影を重ねながら、香さんに話しかけてみると、意外と早く返答が来たのでびっくりした。
 耀さんの場合は少し遅い発言するけど、香さんはどうやらタイピングが上手いみたいでログがすんなりと流れていく。

「と言う訳でどんな育て方してるのかぶっちゃけ気になったんっすよ」
「なるほど、そうでしたか…。でも香さんって殴り魔じゃなさそうですよね?」
「あー、はい。けど回復職なのは一緒ですから回復に専念する時はどんな立ち周りしてるのか知りたい的な」
「うーん…別に普通なんですけどね…」
「…我お前たちの会話に着いていけないあるよ…」

 何処か遠くを見るように耀さんはそう呟いてアイテムの補充をするべく露店を一旦閉じる。
 完売したアイテムが軒並み新しいアイテムに入れ替えられて、数分後にまた耀さんは商売を開始していた。
 香さんの露店も覗いてみるけれど、どうやら香さんも耀さんと似たような初心者用のアイテムを取り扱っているらしく、こちらも売れ行きは好調のようだった。
 そんな二人の露店を交互に見ながら、私も露店しようかと迷う。あーでも初心者用のアイテムなんかもう既に売り捌いちゃってるしなあ。
 どうせ高Lvのアイテムを売っても売れる気がしないし、それならいつもの街で売った方が必要としている人が居る可能性が高いし…。

 香さんにダンジョンでの回復職の立ち周りを自分なりに教えつつそう考えて、私は二人の隣に座った。

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香君はにーにの付き添いで露店してます。にーにはタイピング遅いけど顔文字とか使いそうだ。

[2009.12.23]