H*Fから少女Aへ

 ビショップは一般的に言うと回復職。
 そして私はその回復職のビショップなのでありますが―…回復魔法以外の、攻撃魔法は覚えていない。
 もちろん覚えていなくてもソロでの狩りが難しいだけで特に支障はない。でも覚えていて損はない。
 けれど私がそれを覚えていないのは、単に魔法を覚える時のお金節約と―。

「殴り魔…ですか。珍しいですね」
「俺も見るのは初めてだ。と言う事は前衛か?」
「まあ…多分そうですけど今はルートヴィッヒさんが居るので回復に専念しましょうか?」

 殴り魔だから、である。
 普通に魔法職を育てるよりも難しくて根気のいる殴り魔は初めて作ったキャラよりは二キャラ目、三キャラ目のサブキャラとして育てる方が効率が良いと言う。何故かと言うとそっちの方が装備も揃えやすいし、吸う事(自分のキャラ同士パーティを組んで両方に経験値を与える方法)でLvを簡単に上がらせれるからだ。
 でも私はそんな邪道な方法よりもソロで、そして初めてのキャラで真の殴り魔を育てたかった。だから私の操作しているこのキャラはこのゲームを始めてから最初に作ったキャラである。
 ちなみに殴り魔と言うのは魔法職なのに攻撃魔法を使わずに敵を剣で殴って殴って殴りまくるキャラの事。
 ただし回復魔法はポーションでHPを回復するよりも効率が良いので使ったりできる。補助魔法とかも使えるけど、基本的に相手を攻撃する魔法は使わないのだ。それが殴り魔のモットー。
 それならルートヴィッヒさんのように前衛職を選択すればよかったんじゃ、と思われてしまうが、物理攻撃スキル無しで殴る魔法使いって、ちょっとロマンを感じたりしませんか!
 人と同じように魔法攻撃したり、回復したりよりかは、魔法職なのに殴って前衛職と同じ位のダメージ出す方が楽しいと思うんだよね!
 ゲームによってはLvアップ時のステータスの振り分け(ポイント制で好きな能力を育てる事が出来る。攻撃力とか防御力とか)が無かったりするけれど、この「ヘタリアファンタジア」はそれも可能なので自由な育て方が出来るのだ。
 これはもう殴り魔を作ってくださいって言ってるようなものじゃないですか!どんどんネタキャラ作っていこうよ!面白いよ!きっと!(実用性はともかく)

「ヴェー、さんって面白いひとだね」
「え、あれ?文字打ってました?」
「ええ、それはもう凄い勢いでログが流れてますよ」

 フェリシアーノさんと菊さんが語尾に可愛らしい顔文字を付けてログが表示される。
 ちょっと冷や汗を流しつつログを辿ってみると、言われた通り、ほぼ全ての文字が綺麗にパーティチャット(パーティを組んでいる人だけに表示される文字)の文字色で表示されていた。うわあ、ちょう恥ずかしい。
 ログ流しごめんなさいと何回も謝って(許してもらえたけど優しい人達だ)画面外でもテーブルにガンッと音を立てて額をぶつける。
 あああ、もう本当に何やってるんだ私。見ず知らずの人、しかも初対面の人につい熱くなって誤爆してしまうなんて…恥ずかしいにも程がある…!
 恥ずかしすぎて暫くログイン回数減っちゃいそうだわ!のめり込むほどやってるから無理だけど。
 一歩一歩廃人の道を確実に歩んでいるなあ、と自分でも自覚して、めそめそと心に流れる涙を拭った。

「でも俺殴り魔?っていうのどんなのかしらなかったからさんがせつめいしてくれて良かったとおもうよ!」
「うう…ありがとうございます…」
「俺達はそれほど気にはしないから打つならどんどん打ってくれて構わないぞ」
「…それはちょっと恥ずかし過ぎるので遠慮しときます…たぶん…」

 ルートヴィッヒさんの言葉に断言出来ないのは、もしかしたらまたやらかしてしまうかもしれないから、だ。
 出来れば無いように願っているんだけど、たがが外れたらまた一種の荒らし紛いの事をしてしまいそうだ。それだけは何としても避けなければ。
 ソロで頑張っているとは言え、拒否リストなどに入れられたりしたらそれこそログイン回数減ってしまう。いやそれ以上に迷惑行為として運営側に通報されそうだし。そうなったらログイン出来ないし、ならないとは思うけど最悪アカウント停止…。うわあ…想像したくない。
 ログ流しはアカウント停止まで重い迷惑行為ではないけれど、通報されたら数日間はログイン出来なくなるかもしれない。毎日ログインしている身にとっては非常に困る。
 そう思うと許してくれたこのパーティの人達はなんと優しいことやら。初対面なのに少し胸がじーんとしました。

 ダンジョンの入り口は街の中やフィールドの端の方やド真ん中にぽつりと存在している事が多い。
 フィールドにあるダンジョンはアクティブの敵を避けながら進まなければ辿りつけないので、キャラを放置したりしてご飯を食べたり離席したりすると、帰って来た時にキャラが死んでる可能性が高かったりする。
 そんな時は街中のダンジョンを利用するんだけれど、行くLvによって街中のとフィールドのダンジョンの難しさに大分バラつきがあるのだ。
 街中のダンジョンはフィールドのダンジョンよりもマップが狭く、比較的楽にクリアする事が出来る。その分経験値はフィールドの方より少し低い。
 フィールド内のダンジョンはマップが広く、道順が分かれて同じマップでも何度も楽しむ事が出来るようになっている。経験値も倒す敵が多いのでその分街中のダンジョンより多い。
 高Lvになってくるとそのバラつきの差は無くなっていくけれど、まだLv45辺りでは少しだけフィールドのダンジョンの方が経験値が美味しかった。
 と言う訳で、私達一向が訪れたのはフィールドの端に存在している遺跡のような建物―ダンジョンの入り口だった。
 誘われた場所から程近いこのダンジョンはルート的にそれほど難しくはない。前衛も居るし、回復は二人も居るからクリアするのに時間は掛からない筈だ(と言っても一時間くらいは普通に掛かる)。
 ウィザードやアーチャーなどの火力さんが居ないのがちょっと気にかかるけれど、回復の私と菊さんが火力を兼ねて頑張ればなんとかなる。
 …でも問題はフェリシアーノさんだ。吸わせるつもりなのは分かるけれど、流石にLv1だと敵に突っ込んでいったら即死間違いなしだ。
 私達の後ろを付いていく事だけしてくれれば良いんだけれど、それだとあまりにも退屈だ。やる事無いとか悲しい。でも安易に突っ込んでいかれると回復するこちらが困る。
 むむう、と悩んでいたらルートヴィッヒさんがフェリシアーノさんに余計な事はするなよ、とチャットで釘を刺しているようだった。なんてナイスタイミング。発言しかけたチャットの文章を消さないと。
BackSpaceのボタンを押している間もルートヴィッヒさんはフェリシアーノさんに敵は釣ってくるなとか、前には絶対出るなとか、攻撃は出来るだけするなとか、私が気にしていた事を全て発言していく。
 一方のフェリシアーノさんは少し遅れて「わかったー」と一言だけ発言してぐるぐるとその場で走り回っていた。

「それでは行きましょうか」
「はーい」

 菊さんがルートヴィッヒさん達の話が終わってからそう切り出して、ダンジョンが開かれるエフェクトが表示される。
 何度もそのエフェクトは見たけれど、きらきらした光が画面上に飛び回るのは綺麗だなあと思う。その後に表示されるのはダンジョンの名前とLvだ。
 どこかの遺跡を感じさせる石造りの構造と物々しいBGMは格好良くてフィールドを駆けまわっている時よりやる気が出る。
 最初の通路には敵も居ないから、そこで最初の作戦会議をするのがプレイヤー同士の暗黙のルールになっている。しない人も居るけど。

「まずルートヴィッヒさんが敵を釣ってきますから、さんは回復をお願いできますか?」
「了解です。こまめに回復した方がいいですか?」
「いや、半分ほどHPが減ったら回復してくれたら良い。それ位の分なら直ぐに回復出来るはずだ」
「ですね、分かりました」

 作戦を話している間にショートカットに入っている補助スキルを自分やパーティメンバーに使い、装備やアイテムを確かめる。準備はダンジョンに入る前に済ませているのでバッチリだ。
 菊さんもルートヴィッヒさんに補助魔法を掛けて更に魔法を使う時に発生する詠唱を短くするアイテムや攻撃力がアップするアイテムなどを使っていた。
 作戦によれば主に私が回復、ルートヴィッヒさんが前衛で敵のヘイト(敵意のこと。これが高くなるとそのキャラに攻撃するようになる)を稼いで攻撃。
 菊さんは攻撃魔法を主に使って、私が追いつかない回復を助ける。敵よりLvが低いとヘイトが高くなるのでフェリシアーノさんは敵との距離を一定に保ちつつ待機、と言う事になった。
 私が暇になったら敵を殴っても良いと言ってくれたのでショートカットには魔力が高い杖と物理攻撃力が高い剣を押しやすい位置にセット済みだ。
 このLvになるまでにダンジョンは何度も行ったし、装備の変更は慌てずに素早く出来る地味なスキルをマスターしている。たまに杖のまま殴ったりする事はあるけど、注意していればどうって事ないはず、だ。

 補助魔法もアイテムも時間制なので切れるとまた使わなければいけないから、作戦は手短に終わらせ、ルートヴィッヒさんを先頭にダンジョンを進む。
 敵はパターン行動をしているので、敵を誤って釣ってこなければ大変な事にはならないはずだ。ちなみに敵も一体ではなく複数行動(パーティ)をしているので間違って別のパーティの敵に攻撃してしまうと大変な事になる。釣ってくるのは前衛の役なのでルートヴィッヒさんは少々責任重大と言う事だ(たまに前衛と一緒に行って後衛の人が間違って釣ってしまう事もあるけど)。
 初めの敵が徘徊している道に辿りつくと、ルートヴィッヒさんが自分の防御力を高めるスキルを使う。前衛でも防御力が圧倒的に高いクルセイダーの特徴は自分に対する補助スキルの豊富さにある。その大半が防御や攻撃速度の速さ、クリティカル率を上げるスキルだ。
 攻撃力を上げるスキルは別の前衛職が覚えるので無いけれど、クルセイダーが一番安定した前衛職だと私は思う。
 ここで待っていろ、とルートヴィッヒさんは敵の来ない場所で発言して、一人で敵の居る場所へ走っていく。
 フェリシアーノさんはまだ少し操作に慣れていないのか後ろの方を走っていたけれど、どうやら旗を振るエモーションが気に入ったみたいで何回もそのエモだけを繰り返していた。

「さて頑張りましょうか」
「了解です」
「ヴェー、三人ともがんばってー」

 ルートヴィッヒさんのキャラが画面の端に見えて、その後ろにフィールドの敵とは種類の違う、少し大きい敵が追いかけてくる。
 徐々に近付いてくるそれにカーソルを合わせて敵がどのキャラを標的にしているか確認する。今はまだ最初に攻撃したルートヴィッヒさんにターゲットが行っているようだ。
 菊さんはルートヴィッヒさんが攻撃を始めた直後に詠唱に入り、きらきらとした魔法のエフェクトと共に透き通るような鈴の音を立てて魔法を使う。キャラの下に浮かび上がるのは光魔法の魔法陣だ。
 私はルートヴィッヒさんのHPを確認しつつ剣を装備して二人が攻撃している敵にターゲットを合わせる。
 そして剣を振り上げて―、思いっきりぶった斬る!


「おつかれさま〜」

 ヴェッヴェと語尾に謎の言葉を付けてフェリシアーノさんが発言する。
 途中、危ない場面が何度かあったけれど、誰も死ぬ事無くクリアできたのは良かった。経験値も沢山入ってもうすぐLvが上がりそうだ。
 私は上がらなかったけど、Lv1のフェリシアーノさんはそれはもう凄まじいLvアップぶりだった。敵を一体倒す毎にLvが上がっていくのは気持ちの良い事だろう。私もLvアップの効果音をあんなに聞いたのは初めてだった。
 と言う訳で、ダンジョンをクリアした頃には一次転職も軽く出来るようなLvになったフェリシアーノさんは喜んで旗を振るエモを繰り返していた。
 菊さんやルートヴィッヒさんにはお礼を言われ、私もこちらこそ、とお辞儀をするエモをする。

 久しぶりのパーティはとっても充実したものでした!ああ言う人達とまたパーティ組みたいなー。

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ちなみに枢軸組は基本三人なのでフェリちゃんは火力役志望。

[2009.12.01]