アルさんと、

 某国国会議事堂で行われている会議は長々と続き、今も延々と議論を繰り返していた。
 何の話をしているのかは重要機密の為、私は隣の控え室でゆっくりと会議が終わるのを待っていた。
 会議に連れ出されるのも最近になって多くなってきた。それもこれも、各国の人達と交流している所為なのだろう。
 来てもすれ違った時の挨拶と会釈しかしないと言うのに。菊さんに付いてきた意味は私にはあるのだろうか。

「…はー…だるい」

 誰も居ない部屋で一人ぽつりと本音を漏らす。
 所詮聞いている者は居ないのだから、独り言だって一つや二つ言っても大丈夫だろう。
 やる事も無いので暇だ、と大きく背伸びをして、私はコツリ、と窓ガラスに額をぶつけた。
 会議が始まって早数時間、一体いつになったら帰れるのやら…。
 もう慣れてしまった長距離移動に溜め息を吐きたくなったけれど、今後もこんな生活が続くので溜め息も吐きたくても吐けない。
 先行きがとても不安だ…。どうしてこうなった、私の人生。
 悶々とネガティブ思考に走り始めようとしたその時、バタンと大きな音を立てて部屋の扉が開いた。
 行き成りの事だったので私は何が起こったのかが全く分からなくてびくりと肩を震わせた。

「やあ!もしゃもしゃてくんぐんぐ!さっんぎゅんぐた事がもしゃ下されんぐてさ」
「…。アルさんでしたか…、落ちついて下さい、何言ってるかまるで分かりません」

 むしろハンバーガー食いながら喋るなメタボ。
 まさか会議中でも食べてたんじゃ…と思う位にアルさんの口は食べカスだらけで、もっと綺麗に食べれないのかとつっこみたくなるくらいだった。
 もそもそと小さくなったハンバーガーを口に放り込んで包み紙をぐしゃぐしゃにしたアルさんは備え付けのごみ箱にそれを投げ入れる。
 それから紙コップの飲み物を大きな音を立てて飲み始めた。流石にマナーがなっていないと呆れてしまうけれど、いつもの事なので私もいつも通りに懐に手を突っ込んでハンカチを取り出した。

「んんんーじゅこー」
「ぐちゃぐちゃにし過ぎですよアルさん…これで口拭いて下さい」
「んんあ!いつもすまないね!」
「いえお気になさらず」

 私の方が物凄く気になるので私の好きにしているだけなんですけどね、と言い掛けた言葉をごくりと飲み込んでアルさん用に使っているハンカチを渡した。
 大体の登場の仕方がこんな感じなので、私は少し前からアルさん専用にハンカチを用意している。
 刺繍柄の無いシンプルなそれは見る間に無残な姿になってしまうのだが、もうそれも慣れてしまった。…最初に渡したハンカチはまだシミが消えないんだけど。
 くしゃくしゃになったハンカチを綺麗に折りたたんで元のポケットに仕舞い込み、再びジュースを飲み始めたアルさんに眩暈しそうになったが何とか踏みとどまる。
 やはりアーサー氏が育てた人だからか、毎回毒舌吐きたくなるなあ、この人も。
 言ってもきっと聞く耳を持たないだろうから意味は無いのだが。仮に本気で怒らせたりしたら逆に私の方が上司に怒られる。相手が相手なので首切りとか十分にありえるのだ。
 滅多に怒らないとは思うけれど…、でも無理難題を押し付けられるのはいつもの事ながら頭が痛いです。

「それよりもアルさん、今まだ会議中なんじゃないですか?」
「ん?ああ、そうだよ」

 まだ隣の部屋から人が出てくる気配が無いので疑問をぶつけてみるが、あっさりとその答えが返ってくる。
 いや、あっさりとそう言われても困るのはこっちなのだが。一応この人は会議の中心的人物な訳ですし。
 そんな人がのこのこと会議中に下っ端の私に会いに来るとはどう言う事なのだろう。
 低確率で呼ばれる可能性は無くは無いのだが、その時は普通にアルさんでは無く自国の菊さんが呼びに来てくれるはずだ。
 …ではどうしてアルさんが?

「…あー…無いとは思うんですけど…サボり?」
「進展がまるで無いからちょっと気分転換にきたんだよ!何時間かくらい」
「そう言うのをサボりと言うんですよ。しかも何時間単位ですか…」

 数分で戻るのならまだしも、何時間も気分転換とは…この人まるで会議をする気が無いらしい。
 今度こそ深いため息を吐いて、私はコツリとアルさんの額を軽く叩いた。

「駄目ですよ、皆さん真面目に議論してるんですから」
「さっきアーサーとフランシスが飯マズについて殴り合ってたぞ」
「……あの眉毛と髭」

 そうだった。きっと隣での会議はスムーズに進行はしていないのだろう。
 沢山の国が自分の主張を言い合い議論するのだから小競り合いが起きるのはいつもの事。
 スムーズに行く方がむしろ珍しい方だ。一度そう言う事があって夏なのに雪降るかと思ってしまった位に。
 大体本題に軌道修正してくれる人がルート氏しか居ないので、彼が修正してくれないと永遠に会議は進まないだろう。
 最初の火付けとなる小言はいつも連合の何方からかから発せられる。
 そこから爆発的に広がって言い争いをし始めたり今アルさんが言ったように取っ組み合いさえ起こることがある。
 よくこんな状態で纏まっていたものだ。ルート氏の力はそれだけ偉大なんだろうなぁ。

「それよりも!、俺とデートしにいかないかい?」
「…は?」
「会議が終わるまで君も暇だろう!こんな所でジメジメしてないで空飛ばないかい!」
「いや、あのですね…ぶっちゃけて言うとデートする暇あるんだったら会議出て下さい」

 その方が私にとっても、アルさんにとっても良い事だと思います、と続けようとした言葉はぷす、と怒ったアルさんによって遮られてしまった。
 子供のように片方の頬をぷくりと膨らませて眉間に皺が寄る。そしてその表情のまま、私は何故かアルさんに抱きしめられていた。
 …あれ?これは一体どう言う状況なのでしょうか、全く分からないのですが。
 怒っているのは理解出来るのだが、抱きしめられるような事をした覚えが全くと言っていいほど無い。どう言うこと?

「アルさん?放して下さい暑いです」
「…、君って大が付く程鈍感?この状態にドキドキとかしない?普通」
「いえ全く」
「むぅ…君はとっても鈍感だね!」

 ふにふにと頬を抓られて背の高いアルさんを見上げる。だって、そんな事を言われてもこんな状態にドキドキするなんて自分には考えられない。
 自分以外の人がそうなっていたら全速力で物陰に隠れつつシャッターを切る自信はあるけれど。
 自分がいざその立場に立っても基本的に萌えない。こう言うのは見る方が断然良いと私は思う。
 そう言う事をさらりと言ってのければ良いのだが、相手はそんな事を全く知らない人だ。菊さんの前では普通に言える事も、流石にこの人の前では言い難い。
 なので曖昧な相槌を打って、抓られた頬を両手で押さえた。痛い。

「とにかくはこれから俺とデートするんだぞ!もちろん拒否は認めないからな!」
「いやでも私一応菊さんの安全のためにここに居るんですけど」
「菊なら一人でも大丈夫さ!さあ行くぞ!」
「え、あの」

 ぐいぐいと腕を引っ張られて断る事も出来ないまま、私は控え室から連れ出される。
 菊さんの護衛の為にやってきていたので、菊さん宛に書き置きしたい、と言ったら一瞬悩んだアルさんは予備に置いてあったホワイトボードにすらすらと走り書きをしてこちらに笑顔を向けた。
 『は借りていくんだぞ!』と書かれた読みにくい英語に本当にこれで良いんだろうかと頭を抱えるが、引っ張られる力は圧倒的で私は引きずられる一方だった。
 名前も書かれていないホワイトボードの走り書きは誰のものか、関係者以外の者は分からないだろう。
 でもきっと国々の人達はあいつか、と溜め息を吐く筈だ。会議中に一人居なくなっている者と考えれば尚更。

 出来るだけ早く帰ってこられるようにと天に祈りつつ、私はアルさんが愛用している戦闘機に乗り込んだ。
 きっと後で上司にこっ酷く叱られるんだろうな。菊さんにも何か言われるんだろうな。
 そう思うととても陰鬱な気分になってしまうが、乱暴なアルさんの操縦に数分後にはその思考も空に消えていた。

 でも案外楽しかったのは、また別の話。

BACK HOME NEXT

アル→夢主ちゃんな感じを醸し出しつつ、きっとアルは夢主ちゃんの事を妹的な立場に置いていると思います。…まあ外見年齢から言うと夢主ちゃんの方が年上ですが。

[2009.08.08]