ギル氏と、

 ああ、どうして私は大の成人男性を膝枕してるんでしょうか。
 おかしいなあ、私はただ上司に言われてルート氏に書類届けに来ただけなのに。
 事は三十分くらい前に遡る。

「こんにちはー、ルート氏いらっしゃいますかー」

 コンコン、と控えめにノックをして数秒。
 返事が返ってくる気配はなく、不在と言う事が分かる。
 いつもなら一度でそのごっつい身体が見えるのだけど、生憎今日は居ないらしい。何処かに出かけたのかな。
 念のためにもう一度ノックをしてみるけれど、反応はさっきと同じ。
 畜生、上司に言われてきたとはいえ、移動時間が長い分無駄足は辛い。
 と言うか上司に届け物があるなら届ける相手が家に居る時に言ってほしい。こう無駄足だと飛行機ぶっ飛ばした意味がなくなるじゃないか。
 何処か寄り道して帰ろうかな…それ位は大丈夫だよね、きっと…。

「ふぁーい、今ルッツは居ないぜー…っと?」
「…おや?」

 居ないと思われていた家から誰かがひょこりと顔を出した。
 肌色に近い銀髪、真っ赤な兎みたいな目。…ルート氏では無い様ですが…誰だろう。
 相手も私を見て首を傾げ、誰だろう、と言う表情をしていた。

「えっと、ルート氏の親戚の方ですか?」
「ん、ルッツは俺の弟だぜ」
「弟…。…ああ、なるほど。もしかしてギルベルト氏ですか」
「お?俺の事知ってるのか?」
「はい、ルート氏からお伺いしております」

 それはもう、会えば毎回のように聞いておりますとも。
 ルート氏のお兄様ですから、前々からお会いしたいなーと思ってたのですが…こんな人だったんだ。
 しかし頭にひよこが乗っているのはどうしてだろう。なついているのか全然暴れないし…か、可愛い。
 そわそわと手が動きそうになるけれど、そこは我慢しておく。

「ケセセ、俺も有名だからなー。で、お前は誰だ?」
「あ、私、枢軸メンバーの日本で働いてる と申します」
「菊ちゃんとこの?道理でちっさいと思ったぜ」
「…褒め言葉として受け止めておきます…」

 そりゃあルート氏達と比べられると大分小さく見えると思いますが…。
 私…平均的にはまだ身長高い方なのになあ…。やっぱりもっと牛乳飲んだ方がいいのかなぁ。
 あ、ちなみに菊ちゃんと言うのは私の自国である本田 菊さんの事です。
 いつもお世話になっている方で、見た目に寄らず歳食ってるらしい。まあ生まれてから大分経ちますしね…。

「それで…その、ちゃん?がルッツに何か用でもあったのか?」
「(ちゃん付け…何年振りだろう)あ、上司に言われて書類渡しにきたんです」
「重要な奴か?」
「んー…多分そうですね」
「なら手渡しの方がいいな。今ルッツはフェリちゃんとこだし…どうする?」

 この発言が後々重要になるとは今の私には全く想像出来ず、二人の邪魔をしたくなかったので待たせて貰う事を選択してしまった。
 ちなみにフェリちゃんとはフェリシアーノさんの事だったらしい。私もお世話になっている枢軸メンバーの一人だ。
 その話は追々するとして…、ギル氏は私を喜んで家の中へと案内してくれた。どうやら暇だったらしい。
 一人楽し過ぎるぜー!と言っている辺り、矛盾してるなあ、とツッコミを入れたかったけど仮にも初対面だったので止めておいた。
 流石にアーサー氏みたいに鋭い毒吐きをするつもりも無いけれど…第一印象は私でも良く思われたい訳で。
 それよりもさっきから頭の上に乗っているひよこが気になる。すごく、気になる。

「あの、そのひよこ…」
「ん?こいつ?かわいいだろー」
「そう、ですね。とても可愛いです…ふわふわしてて」

 ギル氏に撫でられて嬉しかったのか、ひよこは頭に乗ったままぴ、と小さく鳴き声を上げた。
 なんだこの和む雰囲気。菊さんの飼っているぽちくん同様に可愛い…。やっぱり小動物かわいい…。

「部屋にもっと居るけど来るか?」
「え、是非!」
「ケセセ、ちゃんはやっぱり菊ちゃんとこの子だなあ。似てるぜ」
「え?そんな事無いですよ…趣味は少し似てるかもしれませんが」

 そう言って私が否定しても、ギル氏は私の頭を撫でて似てるぜーと笑った。
 むう、背が低いから撫でやすいのかなあ。外国に行くと直ぐに子供みたいによく撫でられるから照れてしまう。
 国内ならそれほど撫でられないのに…やっぱり背が低いからか…。…牛乳飲もう。
 目を細めて頭を撫でられる私、にこにこと笑って撫でるギル氏、そして時折ぴ、と鳴くひよこ。
 …ああ、なんだかとっても居心地が良いです。たまにはこう言うのもいいなあ。


「おお…ひよこがいっぱい」
「ケセセ、可愛いだろー」
「とっても…見てるだけで癒されます」

 ギル氏に案内された部屋には沢山のひよこが放し飼いをされていて、色んな所で可愛らしい鳴き声を上げていた。
 そのどれもが小さくてふわふわ。ぺたぺたと歩く様は見ていて飽きない。
 飼い主が帰って来たことに気が付いたのか、数匹がギル氏の元に寄ってきてぴ、と鳴いた。
 ギル氏はそのひよこ達を自分の頭に乗せて、一匹を私の頭に乗せた。

「…落ちそうです」
「そいつは大人しいからきっと大丈夫だろ。もっと触ってもいいぜ」
「なんと…。ではお言葉に甘えて」

 恐る恐る近くにいたひよこにそっと手を伸ばしてみると、直ぐにぴ、と鳴いて近寄ってきてくれた。
 そのふわふわとした触り心地が堪らない。うわああ…一匹ほしい…。
 思わず頬ずりしてしまいそうになって踏みとどまるけれど、更に数匹寄ってきて結局頬ずりしてしまった。ふわふわ…。
 十分ほどそうやってひよこと戯れて、ふわふわにも慣れてきた頃、ギル氏が何故か突然私の膝に倒れ掛かってきた。
 私はソファの上に座っていたので寝ころぶには丁度良かったのかもしれない。しれない、けど。

「…あの…ギル氏?」
「眠いから寝るぜー…」
「あの、ちょ」

 ぐすー、と直ぐに聞こえてきた寝息に言い掛けた言葉を飲み込んだ。
 そして今現在に至る。あれー、どうしてこうなっちゃったんだろう。
 ひよこが歩きまわる部屋の中、膝枕をしている男女二人。これほど奇怪な構図はないだろう。
 膝枕をされてどうとは思わないけれど、流石にギル氏が起きるまで出来る自信はない。その前に膝が重さで死にそうだ。
 そんな私の不安を余所に、ひよこはギル氏の上に乗っかって丸くなっていた。
 …まあ、なってしまったものは仕方ない。ひよこの観察でもしつつギル氏の寝顔を拝む事にしよう…。

 そして弟が帰ってきて二人とも寝ている事に気が付くまで、あと数時間。

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ルートが帰ってきたら何してるんだこいつらとか思いそう。やっぱりルッツよりヴェストの方が良かったかしら。

[2009.07.11]