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「とりあえずこっち!」
「え、なに、ちょ…、え?」
腕の奥から声が聞こえて、それがさっき聞こえていた人達の声だと分かるのに少しだけ時間が必要だった。
けれどそれは今考えるべきことでは無くて、この幽霊的な(透明人間?)腕が私を何処に連れていくのかと言う方が優先事項だった。
逃げようとすれば逃げれるとは思うけれど、逃げても何処に行けばいいのか分からない。
その前に今の状況が飲み込めていなかった。何故私を連れていこうとするんだ、この腕は!
「ま、待って…どこに…!」
「説明は後!黙って走る!」
「は、はい」
ばたばたと複数の足音が聞こえる中、目に見えているのは私の姿だけ(もう一人?は腕だけ見えてるけど)。
それが奇妙過ぎて現実に起こっているものなのか疑問に思えてくる。やっぱり、これも魔法(神様が答えてくれないので確信は出来ない)?
夢を見ているんじゃないのか、と頬を抓ってみても、状況が変わる事は一切無かった。…夢じゃない事は確かなようだ。
通路を右へ左へと曲がり、本当に前に進んでいるのだろうかと思い始めた頃、漸く私を引っ張っていた力が緩くなる。
まだ走ってはいるけれど、どうやら減速したみたいだ。さっきまで全速力で走っていたからか、私は息切れ寸前だった(速すぎる…)。
この時になって周りの景色を見れるようになった(さっきは走る以外に視線をずらす事が出来なかった)が、相変わらず雰囲気は最初見た大きな扉の周りの風景と変わらない気がする。
まあ、同じ家(…じゃないよね、この広さって)の中なのだから、早々に雰囲気が変わる事は無いとは思うけれど。
記憶力が良いからって、流石に似たような景色では迷いそうな気がする。覚えておかないといけないと言う訳では無いけれど、視線は左右へと向かっていた。
「ねえ、何処に行くの?」
「せっかちだね、このお嬢さんは」
「仕方ないだろ、説明なしに引っ張ってきたんだし」
「そうだけどねー」
答えを返されていない気がするのだが(お嬢さんって…)、さっきから聞こえていた声と、また別の声が笑い合う。
声質からみて男なのは間違いないのだが(だから走るの速かったのかな)、姿が一向に見えない。目の前に居る気はするんだけど…やっぱり透明人間なのかな。
そこまで考えてふと壁際を見ると、風景が描かれた絵が飾られていた。
綺麗な風景画は大きな庭にティーセットが用意されていて、いかにも貴族がお茶をしている雰囲気を醸し出している。豪華な額縁に大きなキャンバス。これだけでもそれなりのお値段がしそうだ。
けれど、一番重要なものが、その絵には抜けていた。…人が、居ないのだ。
普通なら椅子に腰かけてカップを持ってこちらを向いている貴婦人が想像出来るのだが、そう言うのが全くと言っていいほど無い。それが返っておかしく見えた。
「よし、ここ。入って」
「え?…あ、はい…」
随分後ろの方に遠ざかってしまった絵を目で追っていたからか、目の前に扉が現れた事に気が付くのが遅れてしまった。
どうすれば良いのか悩むけれど、多分選択肢は無いんだと思う。
仕方なく先導されながら(透明人間の手が引っ張って)私は扉の向こうへと入っていった。
「ほわぁ…」
ドアの向こうは何の変哲も無い普通の部屋だった。
部屋にはアンティーク調の家具が一式揃っていて、壁際には何語で書かれているのか分からない本が敷き詰められている。
十数人入ればいっぱいになってしまいそうなこじんまりとした部屋だったけれど、窓から入り込む日差しがカーテンの色を取り込んで夕焼け色に輝いていた。
味わったことの無い中世の雰囲気を目の当たりにして、私は口をぽかん、と開けて呆けてしまった。
「あーあ、結局朝飯食いっぱぐれたな」
「ま、後で厨房に行ってちょちょっと拝借すればいいさ」
カラカラと笑い合う声が室内に響き渡る。さっきからずっとしていた声だ。
何処に居るのか、ときょろきょろしていると、直ぐ傍にあったソファの辺りから物音が鳴って一瞬どきりとした。
けれど、その後直ぐに何も無い所からぬっと生首が現れて声が出そうになるほどぎょっとした。
だって、生首!頭が、宙に、浮いてる!それも一つじゃなくて二つ!
何も無い所から腕が出てきた事も驚いたけれど、流石に生首は声が引き攣りそうになりました(実際に出たのは息を飲む声だけだったけど)。
「ぁ、う…あ…!」
「ちょっと、窮屈なんだからさっさと出てよ」
「へいへい」
「これ一応僕のなんだけどなー」
私が言葉にならない声を上げている間にも時は進んでいて、さっきとは違うまた新しい声が部屋に響く。
そして宙に浮いた生首が更に一つ追加された。今度も男だった!誰だ!
三人はごそごそと生首を動かしていたけれど、最初に出てきた二人が吐息を吐いて何かを取るように手を動かすと(また宙から腕が!)、何も無かった場所から身体が現れ、生首でも無く透明人間でも無く、普通の人がそこに居た。
三人目の人もまるで掛けていた布を取るようにごそごそとした後に、首から下の身体が現れた。
…すみません、今目の前に起きている事が理解できません。何これ、どう言う事?
何も無い所から…男の人が三人現れたんですけど。
「…ぁう、あ…!」
「ほらピーターもいつまでも被ってないでそれ取りなよ」
「う、うん…」
ああ、なんかまた新たな生首が現れた。
流石に四人目はもう…驚く事を通り過ぎてしまって、私は固まってしまっていた。
疾行の向こうのセカイ
最初に出た原作キャラの名前があの人でした。