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「誰?」「あの服って…もしかしてマグル?」「変な奴だった」「なんでホグワーツに…」
扉が閉まったと同時に、そう言った等々の囁きとざわめきの声が部屋を駆け巡る。
ぽかん、と扉を見つめていた者達が一斉に騒ぎ始めたのだ。
特に長い長い四つの縦テーブルに座っていた多くの子供たちが。
「…びっくり、した」
『キミの事皆が見てたねー』
「他人事みたいに…。恥ずかしかった…」
どくどくと脈打つ心臓を押さえて、私は扉の直ぐ横の壁に背を付いた。
ずるずるとそのまま崩れ落ちるように座り込み、顔を両手で覆う。
まさか、あんなに人が居るなんて思わなかった。多分、五百くらいは居た気がする。
その全員の視線が私一点に向けられて、固まる以外に何が出来よう。
通っていた学校の全校生徒が私を見ているような感覚で、扉を閉めた瞬間に顔が真っ赤に染まってしまった。
普段、注目を集める事が無かった私にとって、あれだけの多くの視線は毒すぎる。
人見知りとか、対人症とか、そう言うのではないんだけれど…流石に見知らぬ人からの視線(大量)はひるんでしまう。
しかも相手は日本人じゃない。肌も赤みがかった色だったし、髪の色は金髪や明るい茶髪など、西洋の雰囲気がありありと醸し出されていた(外人!あんなにたくさん!)。
まるで外国に留学した気分だ。あながち間違ってはいないのかもしれないけれど(外国じゃなくて異世界で、留学じゃなくて…なんだろう?観光?)。
『シャイだねー青春だねー』
「…なんか親父臭いよ、神様」
『うそ、心はまだ十代後半から二十代前半なのに』
じゃあ見た目は凄く親父臭がするのか、と一瞬問い掛けそうになったが、寸での所で踏み留まる。変な想像したら…それが、私の中に居る訳だから…、その。
…だったらやっぱり神様って変態じゃない?親父が十代半ばの女の中に居るって…、うわ、想像したらまた鳥肌が。
ぞわぞわ、と全身の毛が逆立つような感覚がして、またさっきと同じように腕を擦った。
神様はやっぱりそこで機嫌を悪くしたのか、それから喋る事はなかった。五月蠅くないだけまだマシなのでとりあえずは放置しておこう。
「…と言うか、この場合…。どうすればいいんだろう」
やっぱりさっきのリベンジの如く、もう一度扉を開けてみるべきなのだろうか?
それでなんて話そう。「ここは何処でしょうか、貴方達はどなたでしょうか」と直球で聞いてみようか。
でも答えてくれるかどうか分からないし…。…あ?ちょっと待って、その前に日本語が通じない筈だ。
あれだけ外人しか居なかった(ぱっと見はそうだった)のだから、日本語を喋っても首を傾げられるだけで通じるとは思わない。
ああもう、こうなるんだったら英語の授業ちゃんと受けとくんだった。毎回受け流していたからまともに聞き取りも喋りも書く事も出来ないよ!
「そうだ、神様が居るんだから神様になんとかしてもらえば―「おい早くしろよ!」
「…?」
黙ってしまった神様を呼びだそうと声を掛ける…前に、誰かによって私の声が遮られる。
首を傾げて声がした方に視線を向ける。ばたばたと何かがこちらに向かってくる音が聞こえるけれど、人影は無かった。
音の数からして複数なのは確か。近付いてきているのも確か。けれど、姿が無かった。
まるで透明人間のようだ。神様とはちょっと違う気もする。と言うか神様は足音すらなかったし(床が無かったから音がしなかっただけ?)。
ばたばたと駆ける音がどんどん大きくなり、直ぐ傍まで音が近付いてくる。
「やばっ、誰か居る!」
「まじかよ!今日の運勢最悪だな」
「うぅ〜…」
ぴたり、とそこで足音が止み、ぼそぼそと誰かが喋る声が響く。
けれど、私には扉の向こうの雑音の方が大きすぎて何を喋っているのか分からなかった。
多分、「誰か」と言うのは私の事だろう。…ここに居たらまずかったかな。
でも目を開けたらこの場所に居たんだし、目の前に扉があったら開ける以外に選択肢は無い。
そこまで考えてはた、と気付く。
「…あれ?…日本語?」
喋っていたのが良く分からない言語では無くて、私には馴染み深い言葉だった事に、今更ながら気付く。
私の言葉を遮ったのも日本語だった。それに、さっき聞こえた驚きの声も…日本語、だった。
もしかしたら日本語に聞こえただけかな?とも一瞬思ってしまったけれど、ちゃんと文章にもなっていたし、意味を成していたので日本語とみて間違いない。
…日本人かな?…でも何処に居るんだろう(近くに居るのは確かだけど…隠れているのかな)。
うーん、と唸り声を上げて利き手を口元に持っていく。
神様なら何か知っているだろうか?さっきからずっと無言だけど、呼んだら出てくるかな…。
「(おーいかみさ…)まっ!?」
神様を呼ぼうと心の中で問い掛けた瞬間、急に腕が引っ張られる感覚がした。けれど、そこには誰も居ないし何もない。
まさかポルターガイストか何かだろうか、そう背筋に冷や汗が垂れそうになった瞬間、私は信じられないものを見た。
手が、何もない所から、のびてた。
神様!神様!これなんですか!これも魔法!?
無の向こうのセカイ
何も無い所から手が伸びるってホラーですよね。