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ひどいなー、と自称神様の不審者は声だけで笑った。
その笑い声が落ち込んでいる様には聞こえない為、酷いと言うのは本心では無いのだろう。
なんか、気に障る。
『ほら、警察って言う手もあるんじゃないかな。警察だと色々調べたりするでしょ?』
「でも違うんでしょ?」
『うん。神様だもん』
そんなに軽々しく神様、と言われても、不審者極まりないのだが…。
そんな冗談、誰が信じると言うのだろうか。変な勧誘はお断りだ。
『信じてとは言わないけどさ、話だけでも聞いて』
「やだ」
『それじゃあいつまで経ってもこの世界から抜け出せないって』
むむう、と唸るように不審者(自称神様)は言った。
…。別に居心地も良いし、変な声は聞こえるけれど、この場所は快適だ。
留まっていても私は文句は言わない。むしろここに居たい。
この世界がどんな世界なのかは知らないけれど、居心地が良い事ははっきりしているのだから。
わざわざ抜け出そうとしなくなって…私は良い。
『じゃあ存在が消滅してもいいの?』
「…は?」
『あんまりこの世界に居続けると、身体も意識も全部砕け散るんだよ。それでも良いなら僕は居なくなるけど』
「え、なにそれ」
さっきまで受け流していた言葉に反応したのか、ぼんやりとしていた思考が一瞬でハッキリと覚醒した。
ゆらゆらと漂っていた身体を起こして立ち上がり(と言うより、平衡感覚が狂っているので立っているかどうかさえ分からない。さっきは寝転んでいた感じなので、そこから姿勢を変えたと言った方が良い)、何処に居るのか分からない声の主を探すように空を見上げた。
神様(自称)はさっきと同じ言葉を繰り返し、更に私に追い討ちを掛けるように声を上げた。
『だから、このままだとキミは消えるの。もう随分時間が経っちゃったから早くしないと大変なんだけど』
「ぜんっぜん、慌てた様には聞こえないんだけど」
『だって他人事だもん』
そうですか、ええ、そうですよね。そりゃあそうですよね、他人事ですよね。
でも今更そんな事を言われても困るんですが。そう言う重要な事はもっと早くに言って頂きたいものです。
仮にも神様(自称)ならそれ位分かってくれてもいいと思うのですが。仮にも私の心が分かるのなら(…そう言えば今気が付いた。なに人の心読んでいるんだこの不審者)。
『仕方ないよ、勝手に流れ込んでくるんだから。あと、(自称)じゃなくて本物の神様なんだけど…』
「…そんなの今はどうだって良い。プライバシーの保護もあったものじゃない…。警察につき出したい…」
『犯罪者じゃないってば。…本当に時間が無いから本題行くけど、良い?』
「うう…」
どうせ何を言っても意味は無いのだから、仕方なく話を聞くことにする。
こんな不審者の話など聞きたくは無かったのだが、自分が消えることは流石に嫌なので出来るだけ大人しく耳を傾けようと努力した。
『簡単に言うと、キミは死んじゃってこの世界に来ちゃったんだ。で、今から僕の気まぐれにより異世界へご招待しようかと』
「ちょっとストップ、初っ端から意味不明なんですけど」
『え?出来るだけ簡単で簡潔にまとめたつもりなんだけど』
「いやいや、だって、死んだって、わたしが」
神様(自称)の言葉は言われた通り凄く簡単で、私より年下の子供でも分かるくらい簡潔に纏められていた。
けれど、それは文章として理解するという事で、私にはその言葉の意味を本質的に理解する事が出来なかった。
…否、理解する事を拒んでいたのかもしれない。
『死んだよ。覚えてない?走って路地を曲がろうとして車とぶつかったの』
「…え?」
『それで全身を強く打っちゃって、救急車が来た時はもう心肺停止状態だったみたい』
「…なに、それ」
まるで「明日の天気は晴れだね」と言っているくらいにすらすらと神様(自称)は言ってのける。
実際には事故現場の状況を述べていると言うのに、声色が日常会話をしているように平然としていた。
そのギャップがリアリティに欠けているというのに、その話を否定する事が、私には出来なかった。
…ほんの少し、思い出してしまったから。
『で、死んじゃったキミはこの空間の狭間に来たって訳。それで、あまりにも不憫な感じがしたのと、気が向いたので異世界にご招待でもしようかなって思ったんだ』
「…話は、一応理解出来た。不憫とも思ってない事も分かった」
『思ってるって』
「どの位?」
『…えー…』
その間が非常に(それはもう、気まずい雰囲気になるくらいに)長かった事だけは言って置こう。
神様(自称だけど)って結構アバウトな存在なんですね。
あと簡単に言うとむかつく存在だわ。
幻想の向こうのセカイ