13
「…え?あの、え?」
「そうと決まれば部屋の準備をせねばのう」
「いや、いやいや、あの、え?」
ちょっと待って、状況が飲み込めない。意味が分からない、何が、どうなってるの?
このお爺さん、私の話を聞いてたんだろうか。私、帰るって言ったよね(帰る場所は未定だけど)?なのにどうして行き着いた答えがそこになるんだ。訳が分からない。
一人呆然としている状態で次々進んで行く物事にどうしていいのか分からなくて、てきぱきと動く校長先生を目で追うことしか出来ない。
机と色んな本棚、道具を行き来する校長先生さんは心底楽しそうな笑顔をしていて、やっぱり帰ります、なんて告げる事は戸惑われた。
だってあんなに楽しそうにされたら、拒否出来る訳ないじゃないか…。嫌だって言ったら絶対こちらが悪いみたいな涙目してくるに違いない。老人でも破壊力は抜群なんだから、下手する訳にはいかない。
かと言って好意に甘えるって言うのも…ねえ。そもそも私ってこの世界で何をすればいいのか分からないし、言い出しっぺの奴は相変わらず無言だし。
自分の好きにしたらいいのかも知れないけれど、やはり手を取ることは躊躇ってしまう。
後でなにかされないかとか、莫大な恩返しを迫らせるとか、考えてしまう。
そこまで綺麗な世界で育った覚えはないし、汚い世界で育った覚えもない。けれど心の内ってものを考えてしまうのは至極当たり前のことだと思う。初対面で不審者と言うレッテルが貼られている今なら、尚更。
どうしてそこまで親切にしてくれるのか、分からない。何が目的なのかも分からないし、それでいて楽しそうにしている意味も私には理解出来なかった。
「不満かね?」
「え…いや、あの…。…私なんかが、良いんでしょうか?その、お世話になるとか」
「嫌なのかね?」
「…そ、そう言う訳ではないんですけど…えと」
「じゃあ良かろうて。遠慮はいらぬよ」
そう言われても納得できない。はいそうですか、ではお言葉に甘えてお世話になります、なんて私には、言える訳がなかった。
喋れば喋るほど疑問ばかり増えていく。きっともうたくさんのクエスチョンマークが頭に浮かんでいることだろう。
それなのに何一つアンサーを寄越される事はなくて、益々訳が分からなくなっていく。
校長先生さんは微笑んだまま机の上に溜まった書類を何枚か抜き出してさらさらとペンを動かし、慣れた手付きで仕事をこなしていく。
次の書類に取り掛かる間に寄越された視線は変わらず、楽しそうに見えた。ふと、その瞳にデジャヴを感じる。
…否、同じ雰囲気を感じたんだと思う。たぶん、それは今沈黙状態の神様と同じもの、だった。
ああ、もしかしてこの人は。
「…校長先生さんは、お茶目さんなんですか?」
「ほっほっほ、そう見えるかね?」
「まあ、第一印象と言動からして、多少は」
「ではそうなのかもしれんのう」
なるほど、だからこの人は純粋なまでの嬉々とした表情を止めないのか。なんだかまるで子供みたい。
ゆったりとした、それでいてしっかりした変わらない口調のまま、校長先生さんは笑って髭を弄ぶ。
わしゃわしゃした髭の中に小さなリボンを見つけて、やっぱりちょっと子供っぽいな、と思った。
それで気が抜けたと言う訳ではないのだけれど、少しだけ気張って肩の力が緩くなる。すとん、と重い物が無くなった気がして、無意識の内に緊張していた事が分かった。
まあ、全く知らない環境に放り出されたのだから緊張しない方がおかしいか。こう言うのは順応していくことが普通なんだから、最初から平常心を貫いていたら逆に驚いちゃうしね(そりゃあ、慣れていないと一人だけ疎外された気になって悲しいけど)。
そもそもこんな経験する人が他に居るかどうか、怪しい所だけどさ。むしろ居ない方がいい気がするけど(神様の気まぐれなんて罰ゲーム以外の何物でもないし)。
って、違う違う。また過去にしたような話をするところだった、危ない。いい加減、起こった事に関しての愚痴は慎むことにしよう。
どうせ私は神様に不運にも選ばれてしまった駒なんだから。大人しく、盤上で遊ぶしかないのだろう。あの神様の手の上でって言うのが物凄くいけ好かないけれど(ああ、また話が脱線しかけてる!)。
「おっといけない、重大なことを忘れておった。お嬢さん、名前は何と言うのかね?」
「え?あっ…えっと、、…です」
「、良い名前じゃな。わしはアルバス・ダンブルドア。承知の通り、このホグワーツ魔法魔術学校の校長をしておる。よろしく、お嬢さん」
「…こちらこそ、よろしくお願いします」
今更な自己紹介はこの世界にきて多分初めてまともな会話だった、んじゃないだろうか(初対面と言う立場からして)。
ただ二言三言の会話なのに、それが物凄く安心するのはやっとこの場に私の居場所が出来たからとか、よく分からない専門用語を交えた意味不明な言葉じゃなくて世間一般的に私がよく知る会話だったから、とかじゃあなければ良いんだけれど。
だってもしそうだとしたら、きっと私は今後の展開に耐えられないと思う。今までの事を振り返ってみてもよく耐えたな、私。なんて褒めるくらいだもの。
これからどんな出来事が待ち受けているのか、考えようにもある事全てがぶっ飛び過ぎていて考えられない。
なるようになる、が一番なんだけれど…うん、不安だ。物凄く。
「さて出来た。あとはこれを書いてくれれば、君は晴れてホグワーツ生じゃよ」
「本当に良いんですか?そんな簡単に…」
「なぁに、魔法の素質があれば、誰でもこの学校には入学の資格がある」
もちろん、君にも。
にこりとダンブルドア、校長先生さんは笑って一枚の薄茶色の紙を差し出し、私に向かってそう言った。
ちょっと待って、魔法の素質があるって?誰が?私が?…そんな、馬鹿な話があるわけがない。
生まれてこの方十五年と半分くらい、空を飛んだ事も物を動かしたり炎を噴いたり目からビームを出したことなんて一度もない。
そりゃあ、死んで生き返った事はあるにしても、それは私の力じゃ無くて神様という存在が勝手にやった事であって、私が何か呪文を唱えたり、なんてことは全くと言っていい程無い。
それなのに何故、魔法の素質があると判断したんだこの人は。なんか、やっぱり怪しくなってきた。
「まさか…新手の勧誘…」
「ほっほっほ、何処までも面白いお嬢さんじゃのう。なら確かめるかの?」
「え?」
「これを振ってみなされ。それで分かることじゃ」
そうやって一本の木の枝を取り出した校長先生さんは、瞳の奥の星空を煌めかせて笑みを深めた。