pure white

 

12

 

 

さて、君は何処からやってきたのかな?
そう問われて、どう返答すれば良いのか分からず私は口を噤んだ。
何処からなんて、分からない。異世界?ナントカの狭間?それとも死んだ後の世界?
どれも当てはまるけど突拍子の無い答えで、言ってもきっと笑い飛ばされて終わってしまう。
かと言って嘘を吐いても直ぐにばれてしまうだろう。私はこの世界の事を何も知らないのだから。

「答えたくないのじゃな?」
「…、そう、ですね」

助け船を出してもらったけど、答えは視線を逸らして呟いた。なんだか、あの目を見つめて答える事が出来なかったから。
校長先生さんはそんな私の仕草を見て溜め息を漏らし、ふむ、と長くて白い髭を撫でる。
どうかこのまま何も聞かずに話題を変えて欲しい。じゃないと思わず口に出してしまいそうだ。これじゃあ折角伏せた意味が無くなってしまう。
きらきらと瞬く瞳は相変わらず私の事を凝視しているようで、痛い位視線がこっちに向いているのが分かる。居心地が悪いったらありゃしない。こんな時に神様は一体何処ほっつき歩いているんだろうか。今度反応してきたらたくさん文句言ってやろう。
でもその前にまずはこの目の前の尋問を何とかしないとどうにもならないだろう。さて、私はどうしたら良いんだろう。

「不思議な事もあると面白い、そうは思わんかね?」
「え?」
「この学校はそう簡単に侵入出来ぬと言っておるのじゃよ。それなのにこんなか弱いお嬢さんが忍びこめるとは思わんて。これも何かの導きじゃろうかのう?」
「あー…ははは、そ、そうですね」

強ち間違ってもいないから、どう返答すればいいのか分からない。それに、私ってか弱いお嬢さんって柄じゃないのにな…(さっきも思ったけどもっと可愛らしい子に言うべきだと思う)。
ああ、でもこの人はもしかしたら分かっているんじゃなかろうか、私が何処からきたのかを。勘繰っている台詞と言うよりも、既に分かったような口調で喋っている気がするし。
まさかそれすらもフェイクだとか?いや、それにしたってピンポイントに痛い所を突いてきている気がする、から、やっぱり分かっているのかしら。
うーん、確信は持てないけど仮にそうだとして、本当の事を話すかと聞かれれば答えは当然否、だ。感付かれていたとしても、もしもの事を考えると口外しない方が良いだろうから。
だって死んでいる筈の人間が生き返っちゃって、あまつさえ異世界にまでぶっ飛んできたのだから、人体実験に掛けられてもおかしくは無いだろう。
万一そんな事になってしまったら、なんて考えるとやはりここで話すのは躊躇われた。二度も人生終わらせたくないし。

相手が目の前に居るのに悶々と失礼なくらい悩んでいたら、校長先生さんがまたふむ、と笑うのを止めて呟く。行き成りの事だったので内心物凄くびっくりしたけど、肩がぴくりと跳ねただけで顔には出ていないようだった。
そう言えば、まだ重要な点が残っているんだった。本当の事を話す云々以前に、私は不審者なのだ。
警察に突き出される可能性だって無くは無いのだから、そちらの方も対処しなければならない。あれ、じゃあここに居ていいのかな、私。
逃げた方が捕まる確率も低くなる…けど、その前に目の前の人に魔法掛けられたらおしまいか。ん?もしかしてもしかしなくてもこれって詰んだ?
と言う事はゲームなら迷わずリセットボタンを押す状況になっているって事になるのかしら。だとしたらやっぱり私の人生ここで終わりじゃない?このゲームにはリセットボタンなんて存在しないのだから。
折角訳の分からない神様もどきの話に乗ってやったのに、これじゃあ拍子抜けだ。あーもう、神様のばかー、私はこれからどうしたらいいの。

(っていけない、あんな野郎に助けを求めるなんて私らしくもない)
「お取り込み中かの?」
「!?あ、ご、ごめんなさい!つい考え事を」
「ほっほっほ、そんなに硬くならんでも、取って食ったりはせぬよ」
「えっ、あ」

今度は思いっきり顔に出してしまっていたようで、校長先生さんは幾度目かの笑顔を見せる。髭の中でくぐもる笑い声は先程と同じようにほんわりと包み込んでくれるような温かさだった。
…どうやら敵視されている訳ではなさそうだ。むしろ興味津々と言った感じの方が正しいのかもしれない(まあ、当たり前か)。
私の方は逆に居心地が悪くなってしまい、なんだか顔を上げ辛くて視線を落とす。そわそわ、膝が音を立てる。それすらもちょっと恥ずかしかった。
もっと堂々としていればいいのに、どうにも環境に不慣れな所為かいつものように上手く行かない。じゃあ神様との会話はどうしてかって聞かれると、答えに困るけど。
更に言えば、そこまで自分の適応能力は高いわけでもない。行動力があると言っても、周りに慣れていないと中々思い通りにいかない場合が多い。
例を上げるとしたら、今日、この世界に来るまでから、今現在の状況と言った所か。
慣れない引っ越しをしたことがもしかすると最大のきっかけなのかもしれない。だとすれば引っ越ししなければよかった、なんてほんの少しだけ言いたくなる。ほんの少しだけ。
でも引っ越しする事はずっと前から決まっていたし、自分で決めた事なのだから今文句を言う筋合いは無い。
それに、しなければよかった、なんて思っちゃいけないんだ。…私は、あの家から決別しなければならなかったのだから。

「お嬢さん、君は帰るべき所がおありかね?」
「あ…えっと」
「無いのかね?…それは大変、何とかせねばならんの」
「え?あ、いえ別にそこまでして貰う訳には…と言うか私、帰りますんで!どうぞお構いなく!」
「だが帰る所が無いのじゃろう?」
「うぐ」

そ、それを言われたら何も言い返せない…。
校長先生さんはやわらかい物腰の見た目に反してばっさりと私の言葉を切り捨てた後、いつの間にかテーブルの上に置かれていたティーカップに口付けた。
なみなみと注がれた深い紅色は私の前にも置いてあって、僅かに白く湯気が立っていた。さっきまでは無かった筈なのに、一体何処から現れたんだ、この紅茶。
思わず目をぱちぱちと瞬かせていると、校長先生さんがゆるりと私の方を向いて微笑みかける。そこに言葉はなかったけれど、言いたい事は何となく分かった気がした。
結局、浅く腰かけていたソファに深々と沈み込む事になり、おまけに紅茶も頂く事になってしまった。ついでに付け足して添えられていたお菓子も。
口いっぱいに頬張ったジンジャーブレッドを失礼ながら紅茶で押し込んで(小腹が空いていたからついがっついてしまった)その美味しさにくふ、と吐息を漏らす。
美味しいかね、と聞かれたので素直に頷くと、校長先生さんは「それはよかった」と呟いてきらきらした瞳を輝かせた。
何度見ても綺麗な瞳はまるで夜空のようだ。いくつもの星が目の中で瞬いていて、そこに宇宙があるみたい。
こんな不思議な目をした人が世の中には居るんだなあ、と少々失礼かもしれない事を考えながら、また紅茶を一口飲み下す。
それを狙ったのか、はたまた偶然なのかは定かではないが、私にとってのタイミングは最悪である発言が投下されたのはまさにその瞬間だった。

「ならばここに住めば一件落着じゃな」
「ぶふっ」

思いっきり噎せたのはもちろん、言うまでもない。

 

 

不穏の向こうのセカイ