pure white

 

10

 

 

「えっと、あの、すみません。名前は…」
「あ、僕はジェームズ。こっちはシリウスでー、リーマスとピーターだよ。これで良い?」
「え、や、…はあ」

手を引かれながらの自己紹介。それは豪く簡素で分かりにくかった。
何しろ指がぶれて誰に指さしているのか分からないからだ!
…それでも何となく分かったから良しとしよう(分かった私凄い!とか少しだけ思ったり…うん、しなくてもよかった)。

「で、すみません、何処へ行くんですか?」
「聞いてなかったのか?」
「…まあ…考え事してたので」

気が付けば眼鏡のジェームズ?さんに手を引かれてデジャヴを感じて、廊下を走っていたのだ。
何故走っているのかも分からない。さっきの全力疾走とまではいかないけれど、それでも走っている為スピードはそれなりに出ている。
これで急ブレーキとか掛けられると後ろを走っている私は高確率でジェームズさんの背中にぶつかるだろう。そのまた更に高確率で顔面直撃。
想像しただけで鼻が痛くなった…。想像しなきゃよかった…想像しなきゃ―

「あ、忘れてた」
「ぶふっ!」
「いてっ」

うん、本当にね。想像だけで終わったら最高でした。悪い予感って当たるんですね神様!
想像しなければよかったジェームズさんとの衝突が現実に起こってしまい、顔面直撃した私は乙女に有るまじき奇声を上げてしまった(自分で乙女って言ってしまった…)。
そこはもう少し「きゃっ」とか「はわっ」とか可愛い叫び声を上げれなかったのだろうか…。…、いや、別に可愛くなくていいや。
とにかく奇声を上げるのだけは…したくなかった。や、だってなんだか恥ずかしいし。こんな格好良い人達に囲まれて奇声とか…ね。
でも上げてしまったのは仕方ない。未だに痛む鼻を涙目になりながら押さえ、私はジェームズさんを見上げた。

「…あー、、大丈夫?」
「だいじょーぶじゃありまぜん…」
「ごめんごめん」

にこにこと笑いながらジェームズさんが頭を撫でてくれる。けれど全然反省していないような謝り方をされて、私は恨めしそうにジェームズさんを睨みつけた。
ん?と言うか今、ナチュラルに名前で呼ばれなかっただろうか。私の気の所為?まあ…別に呼ばれてもどうと言う事ではないので特に気にしないけれど。
それよりも今はズキズキと痛む鼻の方が気になってしょうがない。鼻血が出ないだけまだマシかなぁ…。

「それは置いといて、ジェームズ、何忘れたんだ?」

うう、と鼻を擦っていると、私の痛みを知ってか知らずか(多分知らない)ジェームズさんの横を走っていた黒髪の人―確かシリウスさん?が脱線した話を元に戻した。
置いておける問題でも無いような…と言う私の心のツッコミは当然シリウスさんには届かない。うう、痛いのに。
でもそう言えば、ジェームズさんは急ブレーキを掛ける直前に「忘れてた」と言っていた気がする。
痛みに気を取られてそっちに意識が全く行っていなかったので私は記憶を掘り起こすのに少し時間が掛かった。
一体ジェームズさんは何を忘れていたんだろう?些細なことだったら怒ってやる…鼻の痛みがまだ引かない…。

「あー、うん、マント持ってくるの忘れたんだ」
「部屋に置いてきたのか?」
「そう。だからちょっと取ってくるよ」

直ぐに追い付くから先に行ってて、とジェームズさんは言い残してまるで嵐の様にさっと来た道を駆けていった。
何かを言おうとした私の口は開いたまま、声を出す事無くぽっかりと開いていた。
答えを聞かないと言うのは正にこの事。少しは相槌くらいさせて下さいジェームズさん。
私以外の三人はいつもの事なのか、吐息を吐いて(ピーターさんはそわそわしてたけど)腰に手を添えて如何にも呆れたようだった。

「と言う事だから、ミス・。先に行こうか」
「え?は、ふぁい…」
「ふぁ?…変な奴だなー」

リーマスさんに先導されてこくりと頷くと、横に居たシリウスさんがからかう様に頭を撫でた(のか?ジェームズさんとは全然違う乱暴な手付きだった)。
こう、頭を撫でられるのはあまり慣れていないのでちょっと離れたかったのだが、拒絶するのも気が引けてそのまま身を任せる。
結局がしがしと髪の毛がぐちゃぐちゃになりそうな位に掻き回され、やっぱり拒絶した方が良かったのかもしれないなあ、と思ったのは後の話。

変な奴呼ばわりされたのも少しだけかちんと来て、シリウスさんに恨めしそうに睨みつけたけれど効果はあまりなかった。
背が高すぎてまるで大人を相手にしているみたいだ。そしてシリウスさんは私を子供として見ているのだろう。これでも今年高校生なのに。
いつか見返してやる!と捨て台詞を吐く訳にもいかず、仕方なくこの場は大人しくしておくことにした(悔しいけど)。
だっていつか見返してやる、と言っても、それほど長く接する相手では無い訳だし。結局何処に行くのか分からないのだけど、その用事が終わればこの人達ともおさらばだ。
…だったら少しでもこの世界の情報をこの人達から得た方が良いのだろうか。神様は教えてくれないだろうし…と言うか反応ないし。
うーん、神様はとりあえず放っておいても大丈夫だと思うけど、この世界の知識が無いまま放り出されるのは聊か不安だ。
何をどうすればいいのか分からないし、この世界の常識も私は一切知らない。題材がファンタジーなんだから何でもありなのかもしれないし…。
とにかく悩んでいても何も進展しない訳だし、聞ける所まで聞いてみよう。悩むのはその後だ。

「えーと、あの…」
「着いたぜ」

ああ何と言うタイミング。間が悪いとはこういう事を言うんですね、神様。

 

 

懊悩の向こうのセカイ