魔力的な嫉妬対象

「もうアーサーさんの馬鹿!くたばってしまえ!」
「は?お、おい!」

 ぴゃっとその場から逃げだした私を呼び止めようとしてももう遅い。
 大きな音を立てて扉が閉まり、肩で息をした私はそのまま走って彼の家を出た。

 端から見れば何てことない、軽い嫉妬。今の私の頭の中を支配しているのはその感情で、消し去ろうとしても中々身体から出て行ってくれない、それ。
 誰にだって意中の人を独り占めしたい気持ちはあって、自分以外のもの全てに抱いてしまう感情。
 独り占めになんか出来はしないのに嫉妬してしまうのは、私がまだ子供だからなのだろうか。
 彼くらい歳を重ねればそんな醜い感情も心の中で押し殺す事が出来る?じゃあ、私は一生この感情から逃れる事は出来ないね。なんたって彼は人の何倍、何十倍もの年月を生きているのだから。
 国に恋をするなんて、私の頭はいつからおかしくなったのかしら。生まれた時は多分正常だった筈なのに。
 人じゃない彼にこんな想いをするなんてさ。愛国心と言われればそうなのかもしれないけど、自分の中ではまたそれとは少し違う、恋。
 一緒に居たい、話したい、触れ合っていたい、すきって言われたい。愛国心じゃあこんな事、思わない。これじゃあまるで本当の人間に恋をしているみたいじゃない。まあ、そうなんだけど。
 私とは違う存在なのだと心の端っこでは分かっているんだけど、やっぱり好きな想いは変える事が出来なくて、気付けば彼の家に足を運んでいる。
 仕事で居ない時だって、毎日毎日。おかげで先週、学校から留年を告げられた。まあテストでちょちょいと満点を数回取れば直ぐに卒業出来るから特に気にしては無い。
 親だってのんびりとした性格だから留年に関してはどうでも良いみたいだし、好きに生きていけば良いじゃないと楽観視すらしているのだ。
 だから周りに囚われずに私は毎日、彼の、アーサーさんの家に足を運ぶ。

「それなのに…それなのに」

 ぎゅっと拳を握りしめて、じんわりと滲み始める視界を乱暴に擦る。
 指先は白くなっていて爪が食い込んでいる個所が痛かったけど、そんな事を気にするより先にぶわっと感情が溢れだしてくる。
 分かってるんだ、独り占めなんか出来ないって。でも自分の中の欲が自制よりも勝って爆発してしまう。
 なんで、なんでなんで。そんなに私より大切なの?来客より重要な事なの?いつもの紅茶は出してくれたけど、それっきりこっちを見ないなんてさ。
 ねえ、自称英国紳士なんでしょう、それはあまりにもレディに対して失礼じゃない?ねえ、アーサーさん。

「なんでゲームの方を優先するのかなあ!もうあの眉毛!くたばってしまえばいいのに!馬鹿!うわあああん」

 辺りに誰も居ない事を良い事に盛大に私は叫んだ。仮に誰かに見られたって、不審がられるのは眉毛の方だからどうってこと無い(あの人の家から出てきたんだし)。
 ぶわりと溢れ出す涙を拭おうともせず、ばたばたと音を立てて自分の家までの道のりを走る。
 元々郊外に住んでいる所為で幾らか距離がある道のりでも、すれ違う人は疎らだった。
 見間違う筈のない自宅のドアを乱暴に開けて、その足で階段を駆け上がる。向かう先は自分の部屋だ。
 ドアに掛けられてあるネームプレートが割れるんじゃないか、と思う位にそのドアも大きな音を立てて開け、ばたん、と閉める。部屋の外でからからと音が聞したけど無視。
 靴は適当に脱ぎ捨てて愛用のベッドにダイブすると、ふかふかの布団が優しく私を包み込んでくれた。
 そしてそのまま数秒ほど足をじたばたさせて、枕に頭を押し付ける。布団と同じくらい触り心地が良い枕はいくら顔を沈めても全然痛くなかった。

「はぁ…ちょっと落ち着いたかも」

 むぐぐ、とまだ未練足らずに眉をぎゅっと寄せるけど、さっきよりか気持ちは落ち着いていた。
 アーサーさんの性格なら、普段はあんな娯楽を趣味にするとは思えない。きっと国の誰かに誘われたんだろう。
 その所為で私が遊びにいっても構って貰える時間が少なくなり、今ではさっきの通り、出会った時とは大違いののめり込みようだった。
 お茶を出した後は適当に寛いでいってくれ、とパソコンにつきっきり。まるでどこぞの引きこもりみたいだ。
 ねえアーサーさん。紳士だった昔の貴方は何処行ったの。貴方の性格を変える位に凄いの、そのゲームは。
 たかがゲーム一つなのに、それにすら嫉妬してしまう自分が嫌になる。でもだって、ゲームに負けるなんて、…ううう。
 所詮無機物なんだから嫉妬したってどうにかなる訳じゃあない。ネットゲームなんだからサービスが終了すればそこで終わりなんだろうけど、まだサービスが開始されてからそれほど時間が経ってないらしいから期待するだけ無駄だ。
 それよりもゲームに夢中な彼の姿を見て嫉妬しかしない自分の方がどうかしてる。あんな姿を見せられても好きなのか、と思ってしまう。
 冷めるどころか悪化してる気がする、恋の病気。うわあ、恋愛小説でよく見る描写を自分で使うとは思わなかった。でも本当にここまで来れば病気と言っても良いくらいだ。

「どうやっても治らない不治の病って?ははは、笑えない」

 けらけらと空笑いをした先に見えたのは机の上に置かれた黒塗りのノートパソコン。今は視界すら入れたくない物。
 インターネットが普及している現代では一家に一台と言わず、一人一台持っていてもいいくらいのその家電は、もちろん私の家にも存在していた。
 机の上にあるのは私のパソコンで、去年新調したばかりの新しい物だ。そんなに長時間使わないのに、無駄に性能が良いのは親が選んだ所為だけど。
 それほどネットに興味もなく、起動したとしても調べ物をする程度で終わるのだから良い物を買わなくても良かったのに、と言っても親は聞かないんだけどね。むしろまた新しいパソコンを買ってきそうな気がする。
 変な所で無駄遣いして欲しくないんだけど、と枕を持ったまま上半身だけ起き上がらせて、また一つ吐息を落とす。
 そして素足のまま机に向かい、ノートパソコンを開いてぱちり、と電源を入れた。
 がりがりと音を立ててディスプレイに色が映し出される。反射が少し気になったけど、カーテンを引けばどうってこと無かった。

「えーっと…名前なんて言ったっけ。へ、た…ファン?見つかるかな…」

 確かそこそこ大規模なゲームだと言っていた気がするから、おぼろげなキーワードでもヒットする筈だ。
 たどたどしい操作で文字を打ち込んでマウスを動かす。確かネットゲームって奴はインストールを済ませないと出来なかった筈だから、アーサーさんがしていたゲームもその類に含まれる筈だ。
 インストールにどれだけの時間が掛かるのかは分からないけど、検索したページを開いてざっと目を通す。見た事あるような画面のスクリーンショットが公開されていて、このゲームなんだと一目で分かった。
 ヘタリアファンタジア、と書かれた公式サイトにはちまちまと可愛らしいキャラクターとゲームの概要が載せられていて、初心者でも簡単に操作可能とも記されていた。

「…。よし、あれだけ構って貰えなかった分、これで見返してやろう」

 口元をにやりと吊り上げて早速登録を済ませ、ゲーム本体のインストールを開始する。
 インストールする時間は結構長かったけれど、その間に操作説明などを読んでいたらあっと言う間に時間は過ぎて行った。パソコンのゲームなんて一度もした事の無い者にとっては操作説明を読むだけでも一苦労だ。
 何となく分かった気にはなれたが、ゲームの用語などはまだ全然頭に入ってないから、それは徐々に慣れて行く事にしよう。
 えっと、確か一番最初はキャラクターを作るんだっけ。職業は何が良いのかな。最初のキャラだしエフェクトが派手な職で良いか。
 公式サイトを行ったり来たりして書かれている文章をじっくり読んで、画面に表示されているボタンをクリックする。
 きらきらと星のエフェクトと共にグラフィックが表示され、画面にゲームのロゴがBGMと共に流れ出す。まるで映画を見ているような気になる映像に、私はほわあ、と驚嘆の声を漏らした。
 はっ、いけないいけない。一応このゲームは嫉妬の対象なんだから、映像だけで驚く訳にはいかない。肝心なのは中身なんだから、うん!
 さくさくとチュートリアルに沿ってボタンをクリックしていき、キャラクター作成の画面を表示させる。どうせ長い間やるつもりは無いのでパラメータも適当に決めると、一番上に表示されていた枠でキーボードを叩く手が止まった。

「…名前、どうしよ」

 あれだけインストールに時間が掛かったんだから、その間に考えておけばよかったと思っても、今更遅い。
 うーん、と頭を捻らせて何かないかと辺りを見回すけれど、中々良いと思う名前は浮かんでこなかった。
 …。アーサーさんは名前、どうしたのかな?聞いておいた方が…良い、よね?アーサーさんを見返す事を目標にするんだからレベルとかとついでに…なんて。
 変な別れ方をしてしまったのは自分なんだから、こちらから連絡を取るのは気が引けると言うか何と言うか。でも情報を得るためには致し方ないか。
 ポケットの中に入ったままだった携帯電話を取り出して、電話帳から彼の名前を探す。と言っても、アルファベット順だから一番最初に彼の名前があるんだけど。
 ディスプレイに映し出された番号にダイヤルすると、呼び出しの無機質な電子音が耳の奥へ響いていく。ワン、ツー、スリー。

『ハロー、…?』
「こんにちは、アーサーさん。さっきぶりです」
『あ、ああ。…じゃなくてだな、さっきは』
「あー、その話はまた後日って事で。ちょっと聞きたい事があるだけなんで。えっとですね、ゲーム内のアーサーさんのキャラ名教えてくれません?あとレベルと職業も」
『は?なんで…、お前怒ってんじゃ』
「良いから答えて下さい。じゃないと先に進まないので」

 呼び出されて早々に有無を言わさず言葉を重ねる私に、アーサーさんは声をぐ、と詰まらせる。
 電話越しの威圧感が伝わったのか、数秒の無言の後にぼそりと彼のキャラクターの情報が告げられる。名前はどうやら自分の名前だったみたいで、安直ですねと感想を述べたら怒られた。どうやら誘ってくれた国の人達も自分の名前だったので、それに合わせたらしい。
 職業は聞いても正直良く分からなかったんだけど、レベルを聞く限りまあまあな強さなんだと思う。多分。

『それで、、さっきは』
「はいはい、聞きたい事は分かったんで切りますねー」
『お、おい!ちょっ…話聞けよ!』
「三日後なら聞いてあげますんで、それでは」
『おま』

 アーサーさんが何か言い掛けている間に、容赦なくぶちっと電源ボタンを押す。だって私は話す事なんてもう何もないんだもの。
 今更私に何か言おうとしても遅いんだし、分かったらちょっとは反省して、今度遊びに行く時は刺繍の一つ位教えてくれればいいな。
 それでとびっきり美味しい紅茶を淹れさせて、それから薔薇の花束も作って貰って。
 によによと浮かんでくるアーサーさんの表情に笑って三日後が楽しみだ、とマウスを動かす。沢山嫉妬させて貰った分、この三日間思いっきりストレス発散させてもらうんだから!
 出来上がったキャラクターを選択し、私は煌びやかな画面の端にあったログインのボタンを押した。

 第一目標はアーサーさんのレベルを超えること!徹夜してでも成し遂げて、見返してやるんだから!

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三日後、そこには元気にアーサーさん以上に廃人になった主人公の姿が!
リクエストありがとうございました!

[2010.03.09]