でも嘘と冗談が言える関係

「素敵な嘘は好きですか」
「なんだよ突然」
「良いからアンサーお願いしますよ、眉毛」

 一言余計だ馬鹿、と怒った台詞は軽く無視して、その後の答えを催促する。
 突拍子の無い質問に対して、目の前の眉毛(あ、また睨まれた)…失礼、自称英国紳士は鼻で笑い飛ばして軽くあしらった。
 答えは返ってこなくて、ただ、鼻で笑うだけ。こんな返答をしてくる癖に、この人はまだ紳士と言い張るのだから困る。
 酒に酔えば脱ぎ出すし、会議ではエロ本読むし、誇り高き英国紳士と言うより、変態紳士の方が似合っているとさえ思ってしまう始末だ。
 それを本人に告げたとしても、彼はその事実を一切認めようとはしない。変態はむしろ隣国のあいつの方だろ、とか、言っちゃうし。
 まあ、その反論に異議を唱えるつもりはないけれど(だって事実、隣国のフランシスさんは変態だ。よく全裸になっている姿を見るし)、だからと言って貴方は違う、とも言える筈がなかった。だってこっちも紛れもない、事実なんだもの。
 何度も指摘しているのだから、いい加減認めてほしい所なんだけれど、やっぱりこの眉毛は自分が変態なんだってことを認めたくないらしい。
 そのくせ醜態を見せてしまったらお酒はもう飲まないとか一人で塞ぎこんじゃうし。その醜態が変態行為だって言ってるようなものなのに、どうして改めて指摘されると否定しちゃうかなあ。訳が分からない。
 いっそ変態であることを認めさせるには塞ぎこんでいる時に聞いてみるしかないのかもしれない。自分が何をしたのか分かっている状態だし、素直に頷きそうだし。
 でもあんまり弱い者いじめみたいな事はしたくないんだよなあ。心の傷を抉る行為とか、見てて可哀想だし。
 …まあ、それでずっと放置してきた結果が、今のこれなんだけど。

「とりあえずそんな話はさて置いて、私は好きか嫌いか聞いてみたのだけれど、どうして答えてくれないのかしら」
「胡散臭ぇから」
「それは今に始まったことじゃあ無いでしょうよ」
「自分で言うのかよ…」

 だって事実だもの。こんな所で嘘を吐いても、誰も得しないだろうし。
 ふふふ、と自分でも胡散臭い含み笑いをしながら掛けていたソファの刺繍をなぞる。細やかで豪華なそれは一見しただけでも価値があるものだと分かる程美しい。
 大層値が張る物なんだろうな。でも、似たようなものがそこら中にある所為で慎重に扱うなんて事は随分前にしなくなった。
 どうせ壊れたら修理すれば良いんだし、一般的な家具との違いなんて素材云々くらいだろう。別に展示されている訳ではないのだから、座るだけで一々びくつくなんておかしいしね。
 それに、周りの彼等が普通に生活しているのに、一人だけ過剰反応するわけにもいかないし。だから今となってはまるで自分の家のように寛いでいたりする。客人だけど。

「あんまり引っ張るなよ、糸が切れる」
「えー」
「えー、じゃねえ。お前は子供か」

 彼は―アーサーは私の言葉に若干の呆れと疲れた表情を返し、慣れた手付きでカップの中の紅茶をこくりと飲んだ。今日はアッサムらしい。
 ふわふわと私の所まで紅茶の良い香りが漂ってくるけれど、生憎と私は珈琲派なのでテーブルの前にはソーサーすら置かれていなかった。
 最初の頃はちゃんと私の分も淹れてくれていたんだけどね、必ずと言っていい程付け合わせに彼の手作りお菓子が出てくるので私の方からお断りしたのだ。流石に、命の危険を感じてまで紅茶を飲みたい訳じゃないし。
 もちろん彼にはお決まりのツンデレ台詞で泣きつかれそうになったけど。でも決して折れる訳にはいかないのだ。折れたらもれなく生死の境を彷徨わなければならなくなるしね…。
 つい浮かんできてしまう黒い物体をなんとか頭の引き出しに押し込んで溜め息を吐いていると、アーサーがカップを下ろして私の方をじいっと見つめてきた。

「…なに?」
「まあ、中身によるな」
「何が…、ああ、さっきの」

 唐突に答えが返されたから、一瞬何の事を言っているのか理解出来なかった。
 ん?でもそれならどうして私の事を凝視する必要があるんだ。意味が分からない。
 彼の不可解な行動に疑問符を浮かべて逆に見つめ返してみるけれど、アーサーは既に私から目を離していて、先程と同じようにカップに口付けていた。
 どうやら私の視線は完全に無視されているらしい。もう、聞きたい事がまた増えてしまったじゃない。
 ぷう、と片方の頬を膨らませて頭から湯気を出してみるけれど、アーサーは動じた様子もなく優雅にティータイムを楽しんでいる。
 …仕方ない、新しい疑問のことは横に置いておくことにして、答えが出た方に思考を巡らせる事にしよう。

 ええと、彼の答えはつまり、内容によって変わる、と言う事か。なんと曖昧な、もうちょっとはっきり答えて欲しかったんだけどなあ。
 そりゃあ、アンサーを頂けただけでもさっきよりは進歩したとは思うけれど…うーん、でもやっぱりこう曖昧だとどうしていいか悩む。
 頭を捻ったとしても良い案が出ることなんて滅多にないけど、それでも口をへの字にして腕を組む。ついでに足を組もうとしたらテーブルに脛をぶつけて痛かった。
 いっそのこと全部打ち明けてしまおうか?どうせ今日、ここにきた理由はそれなんだし。

「ねー、アーサー」
「…なんだよ」
「私と結婚しないかね」
「ない」

 あ、即答された。しかも嫌とかじゃなくて、無いってなにそれ。思わず北欧の子の台詞を拝借しちゃうところだったよ(さっき言っちゃったけど)。
 ちょっと位間を置いて返答してくれてもいいのに、即答されちゃうと傷付くじゃないか。
 私の僅かばかりの傷心を微塵にも思っていないであろう目の前の紳士に一言「ばかぁ」と呟いてそっぽを向く。
 するといつもの口癖を取られた彼はぶっとい眉毛をぴくりと吊り上げて如何にも不機嫌そうな顔をした。

「お前、今日なんの日か知っててそれ言ってんだろ。どんな返答期待してんだ」
「聞きたい?」
「どうせろくな事じゃないだろ」
「…違うって言ったらどうする?」
「…は?」

 きっと笑い飛ばされるだろうな、と思っていたのに、むしろ目を真ん丸にされてしまって言った自分も少し驚いてしまった。
 そりゃあ、割と真面目に言ったつもりだけど、何もそこまで驚くことないじゃないの。
 逆に言い訳するタイミングを逃してしまって非常に気まずい雰囲気が辺りに流れていく。ああ、こんな時に限って空気の読めない子が居ないだなんて、この話は失敗だったかもしれない。
 浮かんだ時が良いアイデアだと思ったんだけどなあ、まさか真顔で返されるとか思わなくて…その、凄く、恥ずかしい。
 別に本当の意味で言った訳ではないのに、今日は、一年で嘘を吐いても怒られない、エイプリルフールの筈なのに。
 これじゃあ、怒られるより酷い展開じゃない。

、お前」
「もういい、お黙り。それ以上言わないで、なんでもない。凝視するな眉毛」
「だから最後余計だ馬鹿…じゃ、ねえ。何がしたいんだよお前は」
「いや、だから、本気にしないでよ!ただの、嘘だから、べつに何でも、ない!」

 ぶああっと急に熱くなってきた頬を押さえて叫ぶ。けれどアーサーには効果が無くて、飲んでいた紅茶さえもそっちのけで話に食いついてくる。
 本当に何もないって言ってるのに、なんでそう掘り下げようとするかなあ!これ以上追求されたら私、恥ずかしくて爆発しそうだよ!
 寄越される視線は目を瞑っていても痛い位突き刺さっているのが分かる。薄目を開けてみたら、宝石みたいに綺麗な緑とばっちり目があった。
 けれどそれは思っていたよりもずっと近い位置にあって、睫毛もはっきり見えるくらいの近距離だった。

「…え?ちょ、っとなに」
「じゃあお前にも聞くけどな、俺と結婚するか?」
「…アーサー…それ反則じゃない?」

 それに、眉間に皺を寄せながら言う台詞じゃない。ぷす、と小さく噴き出して目の前の彼にそう言うと、五月蠅い、と額を指で弾かれた。地味に痛い。
 でも、アーサーのおかげで気まずかった空気は何処かに消えて、最初と変わらないいつも通りの日常が戻ってきた気がする。
 頬の熱も徐々に治まってきているし、数分経てば元の赤みに戻るはずだろう。熱が覚めればどうってこと無い、先程のパニックとは一体何だったのかとさえ思えてくる。うう、無駄に疲れが溜まったみたい。
 悶々と自分の醜態に対して愚痴を零していき、ソファの上で膝を丸めて蹲る。お酒を飲んだ後のアーサーの気持ちが今なら何となく分かりそうだった(出来れば願い下げたいけれど)。
 そうして溜め息が増えていく中、向かいのソファに座りなおしたアーサーは新しい紅茶を入れた後、私の方を見上げてぽつりと呟いた。

「で、答えはどうなんだよ」
「え?ああさっきの?…ないね」
「だろ」

 だって私達ってそもそも結婚出来ないじゃない。国と人間だし。恋人でもないし。ただの友人だし。

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変にらぶいちゃしたらきっとこの二人は直ぐに別れてしまいそう。そんな関係。

[2011.04.01]