Attention!

※ホストパロ。

Lollipop×××

 その姿を見て、どこぞの本に出てくる捨てられた子犬のようだと思った。
 実際に耳と尻尾が生えている訳でも無ければ、背格好も子供じゃあない。むしろ私よりも随分と頭の位置は高い。
 なのに子犬のような、と言う表現は些か自分でも疑問を抱く。けれど今まさに目の前に居座るこの姿は、子犬だろう。
 いつも見上げている筈の頭はいつもと逆で下の方にちょこんと出ている。ぴこぴこと頭の上で動くトレードマークは持ち主の意思に応じて左右に揺れていた。
 その下には真っ青な空色の瞳。青空なのに星が瞬いているみたいに煌めいて私を見上げている。それは所謂上目遣いと言う奴で、眼鏡越しのそれは一層私の心を揺さぶってくる。
 お願い、駄目?そんな視線をさっきからずうっと寄越されて頭痛さえしてくる始末。
 ああもう、こいつは、何度言えば私の言う事を聞いてくれるの。

「駄目ったら駄目なの。いい加減諦めて」
「嫌なんだぞ!が首を縦に振らない限り、俺は諦めないんだぞ」
「それじゃあ雇った意味がないじゃない!」

 ばん、と大きな音を立ててテーブルに手をつき目の前に居る奴に怒鳴りつける。ぴゃあっと見えない位置に頭を隠したそいつは私の顔を窺いつつ、それでいて堂々と変らない口調でぶつぶつと呟く。
 良いじゃないかとか、なんで入れ違いで中止にするんだいとか、事情の分かっていない人には理解出来ないような言葉の羅列が耳に入ってくる。
 もちろん私は当事者なのだから、その事情ってものを理解している訳なんだけど、だからと言ってこいつの言い分を聞いてやるつもりは毛頭なかった。
 上目遣いの青年、目の前のこいつ、アルフレッドは私の知人であり友人である。そして今は、部下の一人である。
 もっと簡潔に言ってしまえば、私の下で働くしがないバイト、と言った所か。まあ、彼が志願したんじゃなくて、私がその役割をお願いしたのだけれど。

 とある場所の片隅にひっそりと存在している小さなホストクラブ。それが私のお店であり、住居だ。
 初めの内は食べていければいいんじゃない、と気楽なものと考えていたけれど、いざ出店してみれば意外に面白い事に気付いて今では毎日が楽しくて仕方が無い。
 多分それなりに経営がうまく行っている所為なんだろう。借金まみれなら直ぐにでも田舎に逃げるか、なんて思うだろうし。
 と言う訳で懐は温かかったのだが、商売ってものはいつでも問題が付きものなんだ。
 その大きな原因の一つが、人手不足。特に接客業は人材の選出が大変で、更にホストとなればぐんと難易度も上がる。
 苦労の日々を重ねて何とか新入りも見つける事が出来たけれど、まだ人手が足りない。そこでこいつの登場である。
 アルフレッドは私の仕事も知っているし、ある程度の理解も示していたので話を持ちかける事については左程難しくは無かった。
 けれど、問題はその後、話を飲んでくれるかどうかだった。案の定、彼は乗り気では無くて、つまらなそうにお菓子を頬張っていた(太るのに)。
 まあ、結果はこの通り、なんとか特別待遇措置を取って言いくるめたんだけど。ちなみにその待遇措置と言う名のご褒美は彼の好きなハンバーガー一年分食べ放題、である。これで釣れるなんてちょろいものだわ。
 アルフレッドは大変よく働いてくれて普通の人よりも倍くらいの作業を一人でこなしたりもしてくれた。おかげで客の対応が追い付かないって事も彼が来てから起こっていない。
 ならどうして、今になって彼はストライキまがいな事をしているのか。きっかけは隠していた旧メニュー表をこいつが見つけてしまったから、である。

「お菓子の詰め合わせがあったなんて俺、聞いてないんだぞ!」
「だって貴方、そんなメニューがあったらそれしか頼まないじゃない」
「当たり前じゃないか!」

 ええ、分かっているとも。貴方はお菓子と聞けばそれにしか目が行かないのは百も承知している。だからこそ、アルフレッドには見つかって欲しく無かったのに。
 しゃがみながらもテーブルの上に置いてあるメニューを叩いてアルフレッドはぷくりと頬を膨らませる。ラミネートされたカードの中にははっきりと「お菓子の詰め合わせ」の文字がご丁寧に写真付きで掲載されていた。
 一体何処からこんな物を探してきたのやら。倉庫の大分奥の方に突っ込んで置いた筈なのに。ああ、でもこいつはその倉庫の掃除もしていたんだっけ。
 考えたら直ぐ分かる事なのに、なんでもっと身近な所に隠しておかなかったのかが悔やまれる。見つかってしまった今となっては意味が無いけど。
 一度こうなってしまったアルフレッドを説得する事は難しいだろう。こいつも私と同じように頑固で我が道を突っ走る奴だから、何を言ってもここを動くつもりは無さそうだ。
 しかし、私も折れる訳にはいかない。彼にこれ以上メタボになって貰っては困るからだ。少し位ならまだ許せるけど、相手は限度を知らない暴走ヒーローだもの、私の制止なんて軽く跳ね除けてしまうだろう。
 何かこいつが納得できるような、尚且つ諦めてくれるような提案を、と悪態吐く中悶々と考える。思考を巡らせるのはあまり得意じゃないんだけど、今は仕方ない。

「じゃあ一つだけ条件を出すから、それが出来たら復活してあげない事もない」
「そこは断言してほしいんだぞ!…条件は何だい?」
「復活させれば良いんでしょ、もう…。ミッション自体は簡単よ。アルフレッド、貴方が今月の指名数一番になれば良いだけ」
「……君が物凄くお菓子の詰め合わせを復活させたくない事はよく分かったよ」
「あらそう」

 だったら潔く諦めてくれると良いんだけど。ぼそりと呟いた言葉にアルフレッドはとんでもない、とぶるぶると首を横に振った。諦めるつもりは無いらしい、残念。
 けど、ここまで彼が嫌そうな反応をしていると言う事は我ながら結構良い案だったかもしれない。バイトし始めてまだ一月も経っていないこいつが指名数一番になるなんて、天職に恵まれた人以外有り得ない事だ。
 ついでの情報として、今月の残り日数はあと四日。例え身体をフル稼働させてもこの日数じゃ、結果は言うまでもない。実質的に不可能な条件だ。
 思わずにやついてしまう口元をきゅっと引き締めてしゃがみこむアルフレッドを覗きこむ。まだ表情は険しかったけれど、私にぱっと視線を寄越すと意思の強い瞳で見つめ返された。
 ああ、流石は合衆国。無理難題を押し付けられても諦める様子はまるで無い。むしろやる気に火が付いたみたい。

「後で後悔なんかさせてあげないよ」
「それはこっちの台詞よ」
「じゃあ、四日後が楽しみなんだぞ!」

 …それが、その日最後の奴の言葉だった。
 あれから日付は進み、今日がその四日目になる。アルフレッドはいつも通りのシフトで自分の仕事をこなし、既に店も営業時間は過ぎていた。
 そんな中、しっかりとした作りのノートを握り締め、私は暗示のように繰り返す。これは何かの間違いだ、これは何かの間違いだ、と。
 けれど前のページを捲ったとしても書かれている数字はさして変わらない。いや、少し位は値が少ないが、それでも差はごく僅かだった。
 毎日の確認を怠っていた訳じゃない。客の出入りもいつもと変わらなかったし、売り上げも右肩上がりとは言え劇的に変わってはいない。不正は、無い。
 ぶるぶると手が震える。やばい、これはやばい。この事実は多分もう、奴に伝わっている筈だ。だってこれの写しはさっき別のホストの子に渡してしまったから。
 直ぐに聞こえてくるであろう大きな足音に耳を塞ぎたくなってくる。ほら、もう、ばたばたとお店の方から、音が。

ー!ノート見たんだぞ!指名数一番だった!」
「わ、ちょ、ちょっと飛び込んでこないでよ!」
「俺の勝ちだぞ!」

 がばっと抱きついてくるアルフレッドの身体を押し返そうとするけれど、余程嬉しかったのか、中々奴の身体は剥がれそうになかった(この馬鹿力め!潰れちゃうじゃない!)。
 危うく倒れそうになって慌てて両足でバランスを取り、何とか転倒は免れたが、反動で近くのソファに凭れかかってしまった。
 背中に質の良いクッションの感触を確かめつつ、ハグを止めないアルフレッドを肩越しに見やる。そんなに嬉しかったの、と聞いたら、素直に頷かれた。
 たかがメニュー一つの為にこんなに喜ぶだなんて、どれだけお気楽な奴なんだか。まあ、それがアルフレッドなんだけどさ。

「嬉しいのは分かったから、退いて、重たい」
「やだ」
「…メニュー復活させてあげないわよ」
「それはもっと駄目なんだぞ」
「じゃあとっとと退く!」

 いつまでも子供みたいに抱きつかれるこっちの身にもなって欲しい。重いし動けないし、スタッフに見つかったら厄介な事になりそうだし。
 変な噂を立てられたらお店の経営にも響いてくるんだから、軽率な行動は慎んで貰いたいわ。聞いちゃいないだろうけど。
 すりすりと頬を寄せる彼の鼻をぴし、と人差し指で突いてそのまま押し返し、凭れていたソファに腰掛ける。アルフレッドはぷくりと頬を膨らませていたけれど、とりあえず軽く無視しておいた。
 だってきっとこいつは、私が次に言葉を発した時、ほぼ百パーセントの確率でまた抱きついてくるだろうから。
 それは出来れば阻止したい所なんだけれど、生憎現実と結果はひっくり返ってはくれないし、諦めるしかないんだろう。これも仕方ない事なんだ。…私はこいつとの勝負に負けてしまったんだから。
 はあ、と隣のアルフレッドに聞こえる位大きな溜め息を吐いて、いつの間にか落ちていたノートを拾ってテーブルに投げる。各ホストの指名数と売り上げが書かれたそれは言い逃れも出来ない何よりの証拠だ。

「…約束だもの、お菓子の詰め合わせは復活させるわ」
「DDD!、ありがとうなんだぞ!」
「あーはいはい」

 予想通り抱きついてくる大きな身体を受け止めて背中に手を回す。子供をあやす様にぽんぽんと軽く叩いてみたら、抱きしめてくる力が強くなった気がした。
 もう、そんなに嬉しそうにしてたら意地悪し難いじゃない。復活させる時期とか未定にしてやろうかとか思ってたのにさ。
 くすりと小さく苦笑しながら心の中で呟いていると、アルフレッドが首を傾げて疑問符を浮かべていた。眼鏡越しの空色は相変わらず濁りも無く艶めいている。
 飴玉みたいに綺麗なそれに何でも無い、と返して私はぎゅむっと彼の身体を抱きしめ返した。
 もう他人の目が気になるとか、そう言う面倒な事を考えるのは止めよう。見つかったらその時は適当な言い訳をするとして、とりあえず今日はもう仕事の話は終わり!
 さっさとご飯食べてお風呂に入ってぐっすり寝て、明日また頑張ろう。うん、そうしよう!
 …あ、でも最後に一つだけ。

「復活はさせるけど太るからオーダーは一日一回だけね」
「えっ」

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企画に提出させて頂いた物です。何だかんだ言って甘やかしちゃう夢主さんが好きです。

[2010.10.30]