ヤンデレ妹による英国紳士攻略記

 今日は彼に一生ついていくと宣言してから丁度二百日目の記念日の話をしよう。
 ああ、でもその前に私と彼の関係を説明しなければならない。
 まあ簡単に言えば、婚姻届にサインをした仲なんだけど。え?彼はその事実を否定してるって?そんなまさか。
 …よし、嘘だと思った奴今すぐ私の元に来なさい。埋めてあげるから。

 彼に出会ったのは一年前の春だった。あにーの勇洙がファンタジックな魔法でちび化された時にその場に居たのが彼だった。
 否、ぶっちゃけて言うとその魔法を使った張本人が彼だったのだが、その時の彼は神々しい程の白い翼の生えた天使だった。
 一目惚れしたのはその時だ。けどそれ以来出会う事は無くて、あにーの補佐しか仕事が無かった私は彼の素性さえ知る事が無かった。
 本当は秘密裏に調べたかったのだけど、あにーにその事が知れたら何故か胸を揉まれるので(本人談によると私に好きな人が出来るのが嫌らしい)調べる事も出来なかった。
 転機が訪れたのはそれから三か月程経った初夏の頃だった。風邪を引いたあにーの代わりに会議に出席した私は、再び彼と運命の再会を果たしたのだ。
 びりびりと伝わってきた電流は間違いなく恋の予感…いや、むしろその先にある結婚と言うフラグを見事に私の頭にぶっ刺したに違いない。
 思い切って彼に話しかけると、彼は素晴らしい程の紳士的な対応をしてくれて、更には私の手の甲にキスを落として下さったのだ。これはもう想いが繋がったとしか言いようがない。
 その日の内に婚姻届をぶつけてプロポーズの言葉である「貴方の起源は私」を恥じらいながらも呟けば、彼は簡単に私のものになった。
 途中知り合いが猛烈に首を振って拒否の言葉を叫んでいたみたいだけど、私の視界には入らなかったので誰が叫んでいたのかは知らない。
 まあそう言った事があって、彼と私はめでたく夫婦になったのでした。めでたしめでたし。

「じゃ、ないある!なにあるか今のナレーションは!我も流石にドン引きあるよ!」
「兄貴いいぃ!そう言って下さるんなら早くを止めて欲しいんだぜー!」
「いやある!お前の妹ならお前が何とかするよろし!」
「俺だって嫌なんだぜ!ああなったを止めるなんて俺には出来っこないんだぜー!」
「いつものセクハラでなんとかすればいいじゃねーあるか!」

 行くよろし、と背中を押されたあにーは私の元へと躓きながらてとてとと走ってくる。にーにの耀には敵わないのか、その表情は既に涙目だった。
 にーにの言う通り、いつものあにーなら私に対しては強気で接してくるのに、今日は攻めるより防戦一方と言った感じだった。
 それもその筈、今の私は普段とは一味違う、恋する乙女の状態だからだ。この状態になった私はステータスの補正が一回りほどプラスされていて、あにーよりも強くなっているのだ。
 更に追加装備として愛用のスコップとロープが手の中に存在している。え?これでなにをするかって?もちろん埋めるに決まってるじゃない。
 埋葬の起源はあにーじゃなくて私なんだから、邪魔なものをまとめて埋めるのは得意なのよ。何を埋めるのかはご想像にお任せするけれど。

「あにー?前にも言いましたよね、私とアーサーさんの仲に物言いするのであればアホ毛ごと埋めてやると」
「うっ…。で、でも兄貴としてやっぱり妹の恋路はちゃんと正しい方向に導かないといけない気がするんだぜー!」
「それはそれは、もう十分ゴールインすらしておりますのでご安心を」
「ゴールインって…それはが勝手にや」
「え?何か言いました?気の所為ですよね、にーに」

 くるりと振り向いてにこりとにーにに問いかける。けど明後日の方向を見ていた所為で、にーにと視線を合わせる事は出来なかった。
 仕方なく再びあにーの方へ視線を寄せると、振り向いた瞬間に何かがふにゅり、と触れた感触がした。胸に。
 ぴしりと固まった私を無視して、ふにふにと胸を揉む手は動き続け、少しだけ眉間に皺を寄せたあにーは私を見上げて首を傾げた。

「ん?また胸でかくなっ」
「あ、あ、あああにの、あにーの馬鹿!そこはもうアーサーさんしか触らせない場所と決めたのに!…埋める、埋めてやる!」
「ちょっ…やめるある!勇洙の頭にスコップ刺さってるあるー!」

 ざっくり刺さったスコップに、あにーの表情はアホ毛とリンクして安らかな眠りへと落ちていった。
 没、あにー。貴方の事はきっと今日の内に忘れている事でしょう。明日からの仕事が全部私の方にやってくるのは正直面倒なんですけど、アーサーさんと一緒にお仕事出来る機会が増えるので我慢します。
 ロープでぐるぐるとあにーの両手足を結んで、私は合掌した。横でにーにがあにーを起こそうとしてたけど軽く無視しておこう。


 余計な邪魔が入ってしまった。いけないいけない、それでは話を元に戻すことにしよう。
 二百日目の記念日、その日はとても綺麗な青空が広がっていた。まるで今日と言う日を祝福しているかのように鳥は囀り、私の目覚めは最高だった。
 これでお隣にアーサーさんが居たら良いのに、生憎とまだそこまでの距離には達していなかった。私的にはいつ飛び込んできても大歓迎なのだが、彼はまだ気持ちの整理がついていないのか、中々私に近付く事はしなかった。
 いっそ私が迎えに行った方が早いんじゃないかと思ってしまったけれど、流石に一人のレディとしてそんな野蛮な所を彼に見せる訳にはいかない。だからうずく手を必死に抑えて今まで耐えてきたのだ。
 けれどその日はどうも頭のネジが一本飛んでいたらしく、私はいつもより積極的にアーサーさんに詰め寄ってしまったのだ。ああ、はしたない。英国紳士に寄り添う者として、慎ましさを忘れてはならないと思っていたのに。
 でもアーサーさんが一向に手を出してこないんだから、不安になってしまったのだ。うん、私は悪くない。

「アーサーさん!これからお暇ですよね、一緒にご飯に行きませんか?」
「げ…、…。わ、悪いな、今から連合の奴等と会議があるんだ。また今度な」
「あ、安心してください。それなら既に欠席すると言っておきましたから」
「…は?」

 にこにこと笑ってアーサーさんの腕に抱きつくと、私に気付いたように彼もくるりと振り返る。
 ぱさりと揺れる金色の髪が綺麗でずっと見ていたいくらいだ。私のはあにー達と同じ焦げ茶混じりの黒だから、アーサーさんみたいな金色は少し羨ましい。
 きょとんと緑の目を瞬かせて、アーサーさんは短く息を吐いた。特徴的な眉毛も瞬きする度に動いて可愛い。
 疑問符を頭に浮かべる彼に、私はまた笑みを深くする。きゅっと腕を掴む力を強めたら、困ったような顔をされた。

「だってアーサーさんとの夫婦水入らずの時間をそんな無駄な話し合いに割く訳にはいかないじゃないですか」
「…あ、あのな、。俺は別にお前と夫婦になった覚えは無いんだが…」
「え?もう、アーサーさんったら何を仰ってるんです?婚姻届に名前書いたじゃないですかー」
「いやそれはお前が勝手に書いて…って言っても通じないんだろうな…」
「何か言いましたか?」

 何でもない、と首を振ったアーサーさんは、手に持っていた書類を抱え直して私の頭を撫でてくれた。手袋越しなのが少し癪に障ったけど、彼の方から触れてくれるだけでも良しとしよう。
 髪を梳くように優しい手付きで撫でた手は数十秒で名残惜しくも私から離れて行く。ずっと撫でてくれても良いのに、ぷくりと片方の頬を膨らませてそう拗ねると、やっぱりアーサーさんは困った表情をした。
 そして懐に手を突っ込んで私から視線を逸らす。回り込むように私も視線をそちらに移すと、彼の手には懐中時計が握られていた。
 アンティークの精巧な造りをしたそれはカチカチと音を鳴らして時を刻んでいく。一瞬綺麗だと思ったけど、それと同時に私から彼の瞳を奪った対象だと理解して、直ぐに嫌いになった。
 ああ、奪ってアーサーさんの目に映らない所に埋めたい。そうすれば彼の目に私が映るのに。手を伸ばそうと右手を上げる。けど、数秒遅かったみたいで私の手は時計を掴む事無く空を切った。

「そろそろ会議に行かねえとやばいな…。悪い、俺は行くぞ」
「だから欠席すると言いましたって!それに無駄話ばっかりなんですし私と居た方が…」
「仮にそうだとしても重要な会議なんだ、出ない訳にはいかねえんだよ」
「あっ…アーサーさん!」

 ひらりと私の拘束から抜け出した腕は、別れを告げる為に上げられる。bye、と短く呟かれた言葉は直ぐに空気に溶けて無くなってしまった。
 私が制止する声を上げても、アーサーさんはこちらを振り向く事無く駆け足で離れていく。珍しく音を立てて走っていったのはそれだけ時間に追われているからだろうか。
 行き場を無くした手が何かを掴もうと開閉する。彼の服を掴んで逃げられないようにしたかったのに、結局掴んだのは自分の服だった。

 なんで、なんで意味の無い会議に出るんだろう。結局別の誰かと喧嘩したり話し合いをしても妨害を受けてまともな案なんか出やしないのに。
 そんな時間を無駄にするものに出るのなら私と一緒に居た方が余程楽しめるのに。それとも私じゃ役不足だって言うのかしら。会議の出席者の方に魅力があるって事?そんな、まさか。
 私が彼等に劣るなんて有り得ない。だってアーサーさんが思う一番は私なのに、劣っているなんてある筈が無い。そうだ、きっと誰かが呪術的な何かでアーサーさんを誑かしているに違いない。
 だとしたら誰だろう。会議の出席者でアーサーさんと親しい人、そしてファンタジックな魔法が使えそうな奴。
 …ああ、全員疑いが捨てきれないじゃないか。だって皆仲良いし、全力を出せば魔法の一つや二つ、誰でも出せそうな気がする。
 逆の発想をすれば全員がグルで私をアーサーさんから引き離そうとしていると言う線もありそうだ。皆して私の勝手な思い込みだと指摘するし。
 そうだとすれば早々に手を打たなければならない。ああ、他の人の目にアーサーさんが映ってるなんて許せない。今からでもスコップを持って埋めにいかないと。
 早くしないとアーサーさんが私の手から離れて行ってしまう。それはなんとしても阻止しなければ、彼は私のものなのに。

「ああ、そうと決まれば邪魔者は早く埋めないと」

 袖の奥からいつものスコップとロープを取り出して、アーサーさんが消えて行った方向へ視線を向ける。
 待ってて下さいね、アーサーさん。貴方を惑わす輩は全て私が埋めて二度と日の光を見る事が出来ないようにしてあげますから。
 くすくすと目を細めて口を吊り上げ、私はその場から駆け出した。
 二百日目の記念日は、そんな笑い声で幕を閉じました。めでたしめでたし。

 え?邪魔者は全部埋めてしまったのかって?それは…貴方の心の中に答えはあると思いますよ。多分。
 と言うか先程にーにが居た時点で察して下さいよ。無理だったって。あーあ、アーサーさんと一緒に居られる時間がもっと増えるかと思ったのに、残念です。
 皆さんもくれぐれも、国の方々を敵に回しちゃいけませんよ。私もそうですけど、怒ったら何されるかわかりませんからね。
 私が怒ったら何をするかって?そんなのもうお分かりでしょう。埋葬の起源は私なんですから。あ、正解した方はもれなく土の中にご招待しますね。今ならロープで手足を縛るサービス付きです。悪くない話でしょう?

!それははんざ」
「え?あにー何か言いました?」
「あ、あいやー!勇洙しっかりするあるー!!」

BACK HOME NEXT

ヤンデ…レ…?アーサーも勇洙も不憫になってますけど二人とも大好きなんです…よ。
リクエストありがとうございました!

[2010.03.11]