H*Fから少女Aへ

 準備は既に出来ていた為、スムーズに話は進んで一足先に作戦タイムに入る。
 私達東側のメンバーは突拍子の無い無謀な作戦を立てる人が居ないので、一番ゲームに慣れているらしい菊さんに作戦を立ててもらう事にした。
 菊さんが立ててくれる作戦なら安心出来そうだなあ、とさり気にここに居ない人(主にアルフレッドさん)に対して酷い事を思ってしまうけれど、口には出さない。
 アルフレッドさんは派閥戦でもカオスな作戦立てるのかなあ。そう思うと西側のメンバーは纏まりがなさそうな気がする…ルートヴィッヒさんが頑張っていそうだけど。
 でも纏まっていない方がこちら側としては多分倒しやすいので雑談とかしててほしいな。それはそれで楽しそうだけど。

「それじゃあまずは火力から潰すと言う事で。狙いはフェリシアーノさんかアーサーさんです」
「Lv的にはフェリシアーノ君の方が低いけどアーサー君は防御低めだから近付ければ倒せそうだね」
「はい。その二人を潰す事が出来たら次にフランシスさんを。あの方は盾無しなので物理でも楽に倒せそうです」
「了解あるよ」

 菊さんがサクサクと作戦を説明していき、その間に私は相槌を打ちつつ装備とアイテムの確認を急ぐ。でも事前に準備は済ませていたので、直ぐに動かしていたマウスから手を離した。
 簡単に説明すると、まず相手との一定の距離を保ちつつ私達回復役はパーティ全員のHPが尽きないように回復魔法を連発。
 耀さんは暗器を使ったりして相手を攻撃。前衛の人に対しては接近攻撃をしないようにする。そうしないと前衛と言っても防御が低い耀さんは力負けしてしまうからだ。
 そしてイヴァンさんは後ろから確実に一人ずつ魔法で潰していく、と言う作戦。倒す順はフェリシアーノさん、アーサーさん、フランシスさん、アルフレッドさん、ルートヴィッヒさんだ。
 アルフレッドさんとルートヴィッヒさんの順番は入れ替えてもいいらしいけど、その二人を倒せるかどうかは分からないのでまずは三人を倒す事を目標に、と言う事だった。
 しかし三人を倒そうにしてもアルフレッドさんの火力は脅威に近い。HPも高いし強いし、範囲攻撃を得意とするガンスリンガーだし。
 装備も充実していて、いくら銃を持っている為盾が装備出来ない職業だとしてもその威力は圧倒的だ。Pvだから多少の防御補正などはする筈だろうけど、クリティカルとか出たら私一撃で倒されちゃいそうな気がする。

「この際アルフレッドさんは放置です。頑張って持ち堪えるしか手は無いですしね」
「オーバーヒール狙うしか無い的な?」
「そうですね。一人くらいは時々攻撃に回っても良いかもしれませんが基本的には回復連発しましょう」
「分かりました」

 オーバーヒールと言うのは過剰回復、つまりHPが満タンなのに回復魔法を掛ける事だ。普段の戦闘なら回復魔法はヘイトを大幅に稼ぐので連発するとターゲットが移ってしまうけれど、相手はプレイヤーだからヘイトと言う概念は無いに等しい。
 なので回復魔法を連発しても構わないと言う訳だ。否、連発しないと一度の攻撃でHPの大半が削られてしまうので回復が追いつかないのだ。
 攻撃が飛んでくる前は逆に攻撃していてもいいけれど、それも直ぐに回復に切り替えないとあっという間に戦闘不能になってしまう。正に死と隣り合わせの戦だ。

「イヴァンさん、リーダーを耀さんに。あちらの準備は整ってるみたいなのでリーダー変えたら転送しますね」
「うん、分かったー。待ってねー」

 イヴァンさんがパーティリーダーを耀さんに変えて(前衛がリーダーだと回復させる時にカーソルとかボタンを押すのが楽だからだ)十数秒も経たない内にダイアログが表示される。
 派閥戦の申し込みがなされた、と言うその表示には我々東側のメンバーと、相手の西側のメンバーの名前とLvが記されている。
 見知った名前がずらりと並ぶ中、西側のメンバーのLvを見てぎょっとする。明らかに前に出会った時よりLvが上がっている人が数人、居る。
 全員が二桁のLvなのだが、その中でずば抜けてLvが上がっていたのは最初に潰そうとしていた相手、フェリシアーノさんだった。
 初めて彼とダンジョンに行った時はLv1だったと言うのに、今のフェリシアーノさんのLvは何と45。当たり前のように三次転職を済ませているLvだった。
 後少しで私のLvにも追いつきそうなその成長ぶりはとんでもなく早い。一体どんな育て方したんだろう…スパルタの様な気がしてならない…。
 あんぐりと開いた口が塞がらない状態のまま、気がつけば画面が白くなって何処かへ転送されていた。

「ほああぁ…」

 ロード画面が切り替わって次に表示されたのは、柱が何本も立つ広い空間だった。壁も床も全て石造りで窮屈なイメージがあるけれど、その天井は見えない位に高かった。
 広い空間の至る所に立てられた柱はどうやら身を隠すためのものらしく、他にも横幅のある石壁があちこちに並んでおり、私はこのフィールドに来た事が無かったから、その重圧感と壮大なBGMに圧倒されて辺りを見回して驚嘆の声を漏らした。
 ここからはパーティチャットと一般チャットを使って話しても知り合い以外に聞かれる心配が無いので皆思い思いに喋り出し、ログがぽつぽつと流れていく。
 私の視界では見えなかったけれど、どうやら西側のメンバーもこのフィールドに居るようで、一般チャットの文字色でログが流れていた。

「ヴェー、ひっろいねー」
「HAHAHA!皆ヒーローの為に頑張ってくれよ!」
「お前は黙ってろ!」

 遠くの方で吹き出しが表示されて、その方向に西側のメンバーが居る事が分かる。相変わらずフェリシアーノさんはよく分からない単語を付けているみたいで、ログの名前を見なくても発言しているのが彼だと直ぐに分かった。
 アルフレッドさんはいつものテンションで楽しんでいるらしく、既にあちこち動いているようだった(吹き出しの位置が色んな所に移動しているし)。
 他の人もいつもと変わらない雰囲気で、これから派閥戦をするとは思えない位に皆東西関係無く談笑している。私も少しだけその中に入っていると、西側のメンバーの人達からぽつりぽつりと挨拶をしてくれる人が居たのでちょっと嬉しかった。
 けれどその談笑も束の間、フィールドに入ったからには戦わなければいけない。制限時間があるので次第に話題が派閥戦の事に切り替わっていき、菊さんとルートヴィッヒさんが東西のリーダーとして場を仕切り、ルールを決めていく。
 使用禁止のスキルはこれだとか、こう言う行為はしちゃいけないとか、最低限の事だけを話し合っていく。今回は初めて派閥戦に参加する人が私を含めて数人居るので違反をしてもペナルティなどはしない事になった。
 そう言っても大体の事はしていいから、マナーさえ守っていれば注意される心配は無いだろう。とりあえず一番注意するのは倒された後に復活する時に攻撃しない事、だ。これは復活直後だとHPが瀕死の状態で尚且つ補助スキルが解除されている為、掛け直しと回復をしないといけないから。
 とにかくこの最重要項目さえ注意していれば大丈夫な筈。まあどうせ復活地点は西側のメンバーが居る場所から大分離れた場所になるので気にしなくて良いかもしれないけど。

「それじゃあ皆さん準備はよろしいですか?」
「お互い全力で戦おう、行くぞ!」

 ふわふわと魔法陣と共に補助スキルが掛けられて、パーティメンバーの能力値が上がっていく。
 私も出来る限りの補助魔法を使ってメンバーをパワーアップさせる。こちら側のパーティには補助魔法が得意な香さんが居るから、補助スキルの豊富さはこちら側が上だろう。
 西側にはパーティ全体の能力を上げるスキルを持っている人がそれほど居ないから、補助と回復面ではこちらが有利だ。
 これで何とか五分になれば良いんだけれど…一番危険なアルフレッドさんの火力をなんとか出来ないかなあ。…うん、無理なのは分かっているけど言いたくなるんだよね。
 画面の外で大人しくしてて欲しいなあ、と祈りながら(絶対に叶わないだろうけど)私は先に走り出した耀さんの後を追いかけた。

「ヴェッヴェエエエェェエエ!助けてルートおおおお!」
「って言いながら連射スキル使わないで下さいフェリシアーノさあん!」
「菊!回復追いついてないある!」
「無茶言わないで下さい!アルフレッドさんの火力がチート過ぎます!」
「HAHAHA!ヒーローの前に敵は無しなんだぞ!」
「うふふー。そう言ってるのも今の内だと思うよー」
「ぎゃあああ!お兄さんに向かって魔法撃たないでえええ!」

 色んな場所から爆発音と回復するきらきらした音、何かを斬る金属音などが鳴り響いてカオスな状況を作り出す。
 チャットをしながら戦っていると言うのに、ログが流れる速さは今まで以上に速くて目が追いつかない位だった。
 私は回復魔法のショートカットを連打していたけど、予想以上にフェリシアーノさんの火力が高くて回復が追いついていなかった。そこにアルフレッドさんとアーサーさんのスキルが加われば尚更回復が追いつかない。
 三人掛かりで頑張っていても、徐々にHPが削られていって圧倒的にこちらが不利だった。
 その中でイヴァンさんは集中的にフランシスさんを潰そうとしているみたいで考えていた作戦がどうやら役に立っていない事が今になって分かる。
 火力から潰していくのは諦めた方が良いのかなあ、と思い始めて標的をフェリシアーノさんからイヴァンさんが攻撃しているフランシスさんに切り替えようとした瞬間、ばん、と豪快な電子音と共にシステムログが画面の真ん中に表示された。

 【イヴァンがフランシスを撃破しました】

「あは、フランシス君撃破ー」
「イヴァン強過ぎる…なにあれ…お兄さん勝てない…」
「あ、こら髭!お前なに勝手に沈んでんだよ!」
「そう思うなら補助とかしてよ坊ちゃん!」
「嫌に決まってるだろ馬鹿!」

 画面の端っこで力尽きたようにフランシスさんがうつ伏せに倒れ、イヴァンさんが顔文字を付けて嬉しそうに喜ぶ。その発言の裏にやっぱり初対面で感じた禍々しい何かが感じ取られて背筋に寒気が走る。
 心底イヴァンさんが同じ派閥で良かったと思う、本当に。アルフレッドさんが一緒の派閥じゃないのは火力面で辛い所だけど、イヴァンさんは別の意味で敵に回しちゃいけない人だ。
 ほっと胸を撫で下ろしてフランシスさんの屍から目を逸らして耀さんに視線を戻す。さっきと同じようにHPが徐々に減っていたけれど、それは西側も同じようで混戦状態が続いていた。
 回復魔法連打の所為でエーテルの消費が激しいけどそんな事は言っていられない。ストックはあるのだから、普段ケチっている分ここでどんどん使わないと。
 イヴァンさんが次の標的であるフェリシアーノさんに攻撃を始め、菊さんも数回に一度攻撃魔法を回復の中に織り交ぜていく。
 香さんは支援魔法が消えかかればそっちを優先して回復魔法をして、私は回復に専念。耀さんはルートヴィッヒさんの攻撃に耐えつつ遠くからフェリシアーノさんを攻撃。
 作戦としては悪くは無い。けど、やっぱり火力不足の所為か長期戦になってくるとじわじわと追い詰められてしまう。

 【アルフレッドがを撃破しました】

「アルフレッドさん強過ぎる…」
「HAHAHA!も西側になれば俺に倒されずに済んだんだぞー」
「ああぁさんが…!アルフレッドさん許しません!」
「DDD!菊の挑戦受けて立つんだぞ!」
「そんな事せずに回復するあるー!」

 数十分後、そこにはアルフレッドさんに撃破された東側のメンバーが死屍累々と横たわっていた。
 アルフレッドさん強過ぎる!なにあのチート、悔しい!でも楽しかった!

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書きたい物は書いたつもり。ここまでお付き合い下さってありがとうございました!

[2010.01.05]