Attention!

※国章・国璽ネタ。間違ってる可能性があるので本気にしないよう。

 

Crest monopoly possession


 不意に投げかけられた言葉にどきり、とした。
 顔を上げると向かいの椅子に座って本を読んでいる奴が一人。顔を上げないままに問いかけるなんてマナーがなってねえ。
 ぷす、と口を噤んでティースタンドに載せられたスコーンを手に取る。
 もさもさとしたそれを食べながら(今日も良い出来だと我ながら思う)向かいの奴の質問は軽くスルーしてやった。
 俺の返事が返ってこない事に気付いて奴―アルフレッドは視線だけをちらり、とこちらに寄越す。
 けれど俺はそれも無視して、ティーカップになみなみと注がれたミルクティーを一口こくり、と飲んだ。

「ねえ聞いてるのかい?」
「…聞いてるが礼儀のなってない奴に答えたくない」
「なんだいそれ。君もよくやってるじゃないか」
「…うるせ」

 言われた言葉にほんのちょっとだけう、と言葉を濁らせながらもぼそりと呟く。
 自分は自分、他人は他人と心の中で無理矢理言い訳してこくこくと頷く。うん、俺は悪くない。
 アルは頬を膨らませてぶー、と口を尖らせ吐息を吐くと、読んでいた本をぱたりと閉じた。

「ちゃんと聞けばいいんだろ聞けばー」
「ん、偉い偉い」
「子供扱いするんじゃないぞ、くたばれ☆」

 何回も言われるその言葉をDDDDDと笑いながらアルはウィンクしながら言う。毎回思うが言葉と仕草が合ってないように思えるのは気の所為か、気の所為だよな。
 人差し指で俺の頭を突く大きな子供に話の続きを催促して、持っていたティーカップをソーサーごとテーブルに置いた。
 何が聞きたいんだ、と首を傾げたら、アルは俺と同じように首を傾げた。その仕草が過去の小さな子供時代のアルと重なってやっぱり子供っぽい、と思う。
 背は俺よりも随分高くなって、外見的には二十歳前後と呼ばれる年齢だと言うのに、時々見せる仕草が年相応に感じられない。
 それは中身がまだ子供のあどけなさを持っていると言う事で、可愛いのは可愛いのだが、変な方向に歳を取っている分厄介だ。可愛い顔して脅したりするのは正直止めてほしかったりする。
 子供の時は純粋に笑ってくれたと言うのに、今は笑顔の裏にありありと何かやましい事が感じられて頭を抱えたくなる。あー、育て方間違えたかな…。
 そんな俺の悶々とした気持ちをこいつは空気も読まずにぶった切る。いや、今は俺が催促したんだから構わないんだけれども。

「君の国って紋章の国って呼ばれてたりするんでしょ?」
「ん、ああ。…今じゃヨーロッパで紋章院があるのは俺の所だけだしなぁ」
「気になったんだけど君も自分の紋章とか持ってるのかい?」
「んー…どうだろう」
「なにそれ、分かんないんだぞ」

 むう、と唸るアルの頭を撫でて苦笑する。意地悪をしている訳じゃないんだけれども、その質問は返答に困る。
 俺達にとって、アルの言う個人の紋章は簡単に言えば国章だ。変わる所もあれば、アルの国であるアメリカは何百年も変わってない(まあ、アルの場合国章と言うより国璽らしいが)。
 そして俺の国は逆に王が変わる度に国章は変わる。いや、王の紋章が俺の国の国章になっていると言った方が正しいかもしれない。
 デザインの変更は微々たるものだが、それが俺個人の紋章と言っていいのかと言われれば、そうじゃない。国章と言われていても王個人の紋章なのだから、それを俺の紋章にしてしまう事は俺自身が許さない。
 では俺個人としての紋章があるのかと言われれば、答えはとても曖昧だった。

「ある、にはあるのかもしれないが…正式には俺の紋章じゃあ、ないな」
「…余計に分かんないんだぞ…」
「まあ俺もそれほど使う機会が無いからな。デザインとしては国章とほぼ同じなんだ」
「じゃあ国章なんじゃ?」
「いや、国章は今の女王の個人の紋章だから俺のじゃない。強いて言えば…それの元になった、紋章かもな」

 一般の者が簡単に個人の紋章を使えない俺の国では、ほとんど貴族以上の者しか紋章は持っていない。
 俺は国と言う特別枠で爵位は持っているのだが、個人の紋章を正式に登録している訳じゃあない。何故なら表舞台に立つ事が無いから、イコール紋章を使う機会が無いから、だ。
 国として軍の一員として仕事をしている。けどそれは国の根底を変える大仕事ではなくあくまでそのサポート。大半が書類整理で、貴族などが参列する大きな行事には堂々と同席はしない。
 裏でこっそりと見ていたりするだけで、参列などしてしまえば何年も外見の変わらない事が分かってしまい、かえって怪しまれるからだ。
 そんな事情があるから、俺個人の紋章はない。けれど、使うのであれば、国章の元になった紋章、だ。

「なんかややこしいんだね」
「その分お前の所は簡単で良いな」
「俺のは国章じゃないけどね!」

 HAHAHA!と陽気に笑うアルはテーブルに置いてあった自分のカップを手に取った。
 俺のカップと同じ柄のそれを手の中で揺らすと、辺りに紅茶の香りがふんわりと漂う。
 いつもはコーヒーは無いのか、と騒ぐ癖に、時々アルはこうして文句も言わず自分から紅茶を注いで欲しいと頼む時がある。
 なんでも昔の味が恋しくなるのだと言っていたけれど、奴にとって俺の紅茶が過去の物になっているのが少しだけ悲しかったりする。もちろん口には出さないけれど。
 独立してからすっぱりと俺と過ごした時間が過去の事にされて(いや無かった事にされているのかもしれない)悔しいけれど、俺がなにを言ってもこいつはケロリとしているんだろう。ちくしょう、俺はずるずる何十年も引き摺ったのに。
 …まあ、それでもこうして嫌がらずに紅茶を飲んでくれるのは嬉しい限りだ。一時は話もしたくない、出来ない状態だったから、今のこの向かい合ってティータイム、と言う状況が奇跡にさえ思えてくる。
 すっと目を細めて懐かしい思い出に浸り、俺もまたティーカップを手に取った。

「…そういや、なんで急にそんな、紋章の事なんて聞いたんだ?」
「ん?ああ、これだよこれ」

 首を傾げて指し示された物を目で追うと、先程アルが読んでいた本に辿りつく。
 こいつが漫画以外の本を読むなんて珍しいなんて思っていたけれど、その本のタイトルを見て更にびっくりした。
 紋章学、なんて縁が無いような顔をしているのに(と言うと酷いか)、なんでまたそんな本を読んでいるのだろう。
 どうしてあんな質問をしたのかは理解したけれど、別の意味でまた疑問符が浮かんできょとん、と目を丸くした。
 俺の表情に訝しんだアルはぐにゃりと眉を曲げて何か文句でもあるのかい、と呟いた。

「あ、いや。なんでまたそんな本を読んでるのかと思って」
「ぶー、読んじゃいけないのかい?だって面白いじゃないか」
「別に読むなとは言ってないが…ただ珍しいなあと」
「そーかな?遺跡の模様とかから入ったら案外直ぐに辿りついたんだぞ!」
「…あーなるほど」

 普段から書類に向かって仕事なんて面倒だと身体を動かす方に全力を注いでいるのかと思えば、そうじゃない。
 自分が興味のあることについてはとことん調べたくなるらしく、アルは昔の遺跡などを調べる考古学が趣味だと言う。
 そんなイメージなんて全くと言っていいほど無いのでたまに忘れてしまって、事ある毎に読書しているアルに驚いたりしてしまう(そしてまたかい、と文句を言われる)。
 UFOやミステリーサークルが好きなのだから少し考えれば分かる事なんだけども、やっぱり性格上珍しいと思うんだよなあ。
 考古学から入ったとなると、紋章学に行きつくのはそれほど難しい事じゃないだろう。大雑把に振り分けると同じ分野だし、古い建物などを調べていけば紋章にまで辿りつくのに然程時間は掛からないはずだ。
 やっと点と線が繋がって納得した俺は持ったままだったカップに漸く口を付けた。

「でも自分の紋章が無いと不便じゃないのかい?公式の行事に出る事だって皆無じゃないだろ?」
「その時は王室の紋章を付けるんだよ。国章の元になってる、やつ」
「それ付けてて怪しまれない?大紋章だし王室の紋章になると余計に…」
「だから重要な行事しか行かないんだよ」

 テーブルに肘をついて(行儀悪い)カップの中を覗きこむアルは俺の返答に生返事で答えて紅茶を飲む。
 そしてティースタンドのスコーンに目をやって、はぁ、と盛大な溜め息を吐いた。なんだそれ、いつにも増して可哀想な物を見る目で見つめるなよ!今日のは上手く出来たんだからな!

「いや全然上手くないと思うよそして美味くないよ」
「う、うるせえばかあ!」

 真っ黒になってしまっているスコーンをもさもさと食べながら(ま、真っ黒でも美味しいんだからな!)アルはがたり、と音を立てて席を立つ。
 そして俺に近寄ってきて―、って、おい。なにしてんだこいつ。なんでキスなんか、するんだよ!
 軽いものから何故か段々と深いものに変わってくるそれに肩を揺らしてしまう。やばい、これはなんかやばい。
 ちろり、と入り込んできた舌を全力で押し返してやったら、ガッと音が鳴る位に頭を押さえられて、無理矢理舌を入れられた。うわ、うあああ。

「…これじゃ口直しにもならないんだぞ、アーサー」
「…うるせえお前がくたばればかぁあ!」

 ふにゃりと力が抜けてしまった身体をいとも簡単に持ち上げられて何処かに連れ去られながら、俺は顔を真っ赤にしてべしべしとアルの身体を叩きまくった。
 …意味無かったけど。


 

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せっかくの紋章ネタだったのにオチは結局それかよっていう。アーサーさんちの国章は格好良いですね、一目惚れした。
大紋章はウィキ先生にでも聞いたら良いと思う…よ!

[2009.11.15]