あおぞらのもとに、

 

「じゅーだい」

その声が聞こえて、俺は目が覚めた。
…寝てた。

「おはよ、じゅーだい」
「…おはよ」

座ったまま眠っていたからか、少し身体が痛い。
ぐっと背伸びをすると、鈍い音が耳に入ってきて深呼吸をした。
どうやらいつの間にか眠っていたらしく、神殿の中が少しだけ薄暗くなっていた。
外を見ると、あれだけすっきりとしていた青空が少しだけ濁って橙色をしていた。
ずっと昼間、と言う訳では無さそうだ。やっぱり夕方が来て、夜が来るのか、ここも。
ふあ、と欠伸を一つして、声がした方を向いた。

「…何処か、行ってたのか?」
「ん?ううん、ずっとここに居たよ」
「そうなのか?…俺が呼んだの気付かなかった?」
「え?」

きょとん、とは首を傾げる。
目をぱちぱちさせている所を見ると、どうやら全く気が付いていなかったようだ。
眠り込む前にを呼んだ事を伝えると、はやはり目を開いて首を傾げた。

「ごめん。たぶん、本読んでたからきこえなかったんだとおもう…」
「そっか、俺だって夢中になる事あるし、気にしてないよ」

落ち込んだ様に眉尻を下げたに、俺は手を振った。
それで気を取り直すと思ったのだが、は思った以上に落ち込んでいて、最終的には涙目になっていたので凄く焦った。
を落ち着かせようと数分わたわたと慌てて、漸く落ち着いた時には、既に外の橙色も夜の色に変わってきていた。
数分間でそれだけ景色が変わるんだなぁ、といつも見ていた空を眺めていると、目を擦っていたが呟いた。

「それで…ぼくに何か用でもあったの?」
「え?…あー…うん、まあ…一応」

慌てていた所為か、一瞬何の事かと思ってしまったが、直ぐに思い出す。
けれど、さっきよりかは落ち着いていて、話す事でも無さそうな…、とまで思ってしまっていた(と思うと失礼か)。
に答えられる事なのか分からないし、さっきまで焦っていた自分も何だか恥ずかしい。
それでも一応聞いておきたい事だし、引っかかっている事なので聞いておくことにした。

「その…俺の心の闇のこと。…覇王の、事なんだけど」
「うん」
「…居なくなってる、気がして」
「そうなの?」

は首を傾げて俺に問い掛け、俺の目をじっと見つめる。
俺はじっと見つめられる事に慣れていないので、目を逸らしたかったのだが、何故か目を逸らす事が出来なかった。
淡くやわらかいパステルカラーの不思議な色合いに吸い込まれていく様な、そんな変な感覚。
視界がその色に支配されて、それ以外の色が見えなくなってしまうんじゃないか―、と思い始めた時、漸くその不思議な色は視界から消えた。
が顔を逸らした事に気が付いたのはその一テンポ後だった。
どれだけ凝視していたのかは分からない。数分なのか、それとも僅かな時間だったのか。
長い時間見続けていた気がするのだが、感覚が狂っていて確かめる事は出来なかった。

「…ふむう。ちょっと困ったなあ」
「やっぱり、居ないのか?」
「うん。普通はひとつの存在なんだから、はなれる事はないはずなんだけど…」
「そうなのか…」

じゅーだいは普通じゃないみたいだね、とは苦笑しながら付け足して、何処からかボタンが付いたリモコンを出した(ぽん、とコミカルな音がした気がする)。
そしてそのリモコンのボタンを押すと、ぱっと神殿の中が明るく照らし出された。どうやら照明のリモコンだったらしい。
…どう見ても一般家庭の照明のリモコンだったのだが、この神殿の照明は小さなシャンデリアだ。…不釣り合い過ぎる(それに沢山ある照明が一つのリモコンで一気に点くのも…変だ)。
まあ、それをつっこんだとしてもあまり意味は無いと思うので何も言わない事にした(も便利だね、としか言わなかった為)。

それよりも、目を見ただけで覇王が居ない事が分かるなんて、やっぱり流石は神様なんだなあ。
人の言葉を簡単に信じてしまうのもどうかと思うぞ、と言われそうかも知れないけれど、やっぱり信じる以外無いのだから仕方ない。
が嘘を吐いているようにも思えないし、神様だし。
…それで片付けられるのも凄い所なのだが。

「ぼくは嘘きらいだからね」
「俺も嫌いだなあ…。じゃなくて、覇王が居なくなって…何か困る事でもあるのか?」
「ん、特にはないんだけど、もとの場所にもどすのはやっかいかも」
「厄介?」

元の場所、と言うのはつまり、俺の心の中と言う訳で。
…その場所に戻す事が厄介なのか?ユベルを連れ戻す方が余程難しいように思うんだけど。
と言うより、やっぱり覇王が居ないって事はユベルと同じ様に過去に置いてきた、って事なんだろうか。
そうとなると…俺って結構忘れ物(もの?)…多いんじゃないか?日頃の行いの所為なのか、やっぱり…。

「そんな事ないよ。じゅーだいがとくべつなだけだから。多分、いっしょに置いてきたんだとおもう」
「うう…やっぱりか…。それで、何で戻すのが厄介なんだ?」
「それは…。…うーん」
「?」

は人差し指を顎に付けて天井を見上げて考え出す。
あーでも無い、こーでも無いとうんうん唸っていて、口出しするのも少し気が引けた。
それ程厄介な事なんだろうか?…うーん、俺には考えてもさっぱり分かんないや。
ぶつぶつとの呟き声が神殿の中を駆け回り、いつの間にか真っ暗になった外へと消えていく。
夜になっても外の空気は寒くならず、気温は室内も変わらないようだった。こう言う所は過ごし易くて良いかもしれない。少し違和感があるけれど。

「…なんて言えばいいのかなあ。きもちの問題?」
「気持ち?」
「うん、多分そんなかんじ。ぼくは介入できないけど、それ以外はかんたんなんだ」
「そう、なのか」

うん、と頷いたはとことこと何処かへ歩いていき、本棚の奥へと行ってしまう。
最後に「じゅーだいのきもちと、はおーのきもち、考えてみてね」とは言い、今日の話は終わりを告げた。

時間はあるから、過去に行くまでに答えを出してね、と付け足して。