あおぞらのもとに、

 

「あ、わすれてた」

エビフライ定食を平らげて、食後のお茶を飲んでいると、が思い出した様に天井を見上げた。
何を?と首を傾げると、はことり、と湯のみを置いてにこりと笑った。

「さっきじゅーだいが思ってたこと。ぼくと同じかみさまはこの世界にたくさん居るのに、ぼくがそれを知らないってはなし」
「ああ…そう言えばそんな事も思っていたような…」

すっかり話に流されて忘れていた。そう言えばそうだった。次々難しい話が出てくるから忘れるんだよな、きっと。
の分野を聞いた時に一緒に思っていた疑問を掘り起こすと、は吐息を吐いて長い長い話を聞かせてくれた。

「かんたんに言うとね、ぼくとこのせかいのかみさまは、少し違うんだ」
「違う?」
「うん。ぼくが生まれたのはこのせかいじゃなくて、かみさまが居るせかいで生まれたんだ」

その世界は神界と呼ばれ、のような神が沢山居るのだと言う。
はその神界からこの世界に来て、この世界の管理をしているらしい。
管理、とはその名の通り、世界の歪みを正し、あるべき世界の姿を保つ者。
けれど、世界の生きている者、歴史、情勢に干渉してはいけない。いわば傍観者。
時には例外もあるらしいが、基本的に人々との関わりを持ってはいけないのだと言う。
まあ、その規律を守る神が最近少ないのだとは苦笑するのだが。
規律と言っても、絶対にしてはいけない事、と言う訳でもないので、それを破ったとしても罰はない(神に罰、と言うのもどうかと思うが)。
傍観者として長い間一人で世界を見守る神も居るとすれば、その世界に暇つぶしとして居座る神も居る。
時には一人では無く家族を持つ神も居るし、人間と同じ生活を楽しむ神も居る。
けれど、絶対にその世界の神となってはいけない。大勢の人々を従わせてはいけない。
そして、管理する世界を自らの手で滅ぼしてはいけない。神は与える事も、奪う事も出来ない。それが、達神界の掟らしい。
ただの傍観者として、一国の王や世界を変える者になってはいけない。

「でも、は俺に会ってるよな。それはいいのか?」
「うん、たぶんいいんじゃない?少人数ならぼくがかみさまだっていうの、ばれてもいいから」
「へ、へえ…」
「ぼくたちの世界はけっこう『あばうと』なんだ。でも、ちゃんとかみさまって事を言うのは人をみて言ってるよ」

だから、じゅーだいに話したんだ、とは笑って呟いた。
そうだよな、神様って事は何でも出来る存在(だと思ってる人は多いけど、何でも出来る訳じゃないんだよな)だし、それを悪用しようとする者だって少なくないだろう。
それが人の欲、と言うものなんだから。…あれ、それじゃあ俺にはその欲、ってものが無いのかなあ。
うーん、まあ、欲しいものも別に無いし…与えてくれる、と言われても遠慮するしなあ。何が欲しいか咄嗟には浮かばないや。
だからかなあ。それとも、俺が何も考えていないから?…それって馬鹿って事か…(ぶつぶつ)。

「ちがうよ、じゅーだい。じゅーだいはぼくを利用しようとはおもわないでしょ?」
「え?あ、ああ…うん。でもユベルの事は…利用って言うのかなあ…」
「悪いいみで、ってはなし。ゆべるは歪みを正すことだから、むしろぼくがしなくちゃいけないこと、かな?」

それなら、俺はを利用してはいないと言う事になる。
まあ、端からを利用しようと思ってはいないし、人を利用するほど俺は頭が良い方じゃないけれど。
にこにこと笑っているは何処からどう見ても普通の女の子で(でも異世界に居た時に見た精霊達みたいな服を着てる)、とてもこの世界全体を管理するような者には見えなかった。
外見だけでそう言ってしまうのは駄目だとは思うけれど。…でも本当にそうなんだよなあ。
こんな子が神様だなんて…本当にびっくりだ。世の中不思議だなあ。

「そう思うなら、じゅーだいはどうしてぼくがかみさまだって信じてくれたの?」
「え?」
「力を見せる前から、じゅーだいはぼくがかみさまだって事、しんじてくれたでしょ?」

そう言えばそうだった気がする。
でも、信じるも何も、疑う所が無かったと言う所が本音かも知れない。
初対面で俺の事を知っていたり、心を読んだり。初めて会った時から不思議な子だと感じていた。
だから、神様だって言われればむしろ納得してしまう方だった。
良く知らない人に疑いも無く付いていった事は不用心かも知れないけれど、が悪い事をする様な子には見えなかったから、その自分の勘を信じたのだ。
その結果が今現在の事なのだから、付いていって良かったと思うんだけれど。

「そっか」
「やっぱりこれじゃあ理由になってないかなぁ…うーん」
「そんな事無いよ。…やっぱり、じゅーだいはいい子だね」
「…子供扱いするなよー」

ぼそぼそと小さくそう呟いたけれど、には届かなかったらしい。
くるりと踵を返して本を抱えなおしたはそのままとことこと本棚の奥へと消えていった。
去り際に何か一言言われた気がしたが、呼び止めようとしたの背中はその時にはもう無かった。
うーん、何言ったんだろう。気になる…けれど、今から聞きに行くのもどうかと思うし、もしかしたら聞き間違いかもしれない。
俺は首を傾げて、すっかり冷めてしまったお茶を飲み干した。


が居なくなってしまった為、俺は暇を潰す為に神殿の外に出て辺りを探索する事にした。
と言っても、見渡す限りの花園。遠目には丘が見えるのだが、これと言って興味を引くような面白そうな場所は…見る限り、ない。
いっそシンプルで住みやすいと言えば住みやすいのだが、面白そうな場所が無いので俺的には暇だな、と言うのが正直な感想だ。
かと言って神殿の中に逆戻りするのもどうかと思い、仕方なく昼寝でも出来そうな丘に向かう事にした。

「そう言えば…花なんてこんな風によく見る事、無かったなぁ…」

石畳に沿って歩きながら、ぽつりと呟く。
普段はデュエルやアカデミアの事、宿題やらユベルの事、色んな事を突っ走るように目の前の事しか見ていなかったから、端の方に咲く花の事なんか眼中に入る事が無かった。
最近は特に、周りの景色にじっくりと見入る事が無かったから、今、この状況が凄く新鮮に感じる。
あの花の名前はなんだろう、とか、あの生い茂る木にはどんな花が咲くのだろう、とか、いつもなら気にならないものが気になってしまう。

「こんな時に花の本とかを読んでおけば、少しは楽しめるんだろうな…きっと」

そう声に出しても、今の状況ではもう遅い。
それに、神殿にあれだけの本があるんだったら多分花の本とかもありそうだけれど、俺にとってはあの本棚を見ただけで滅入ってしまう。
なので結局は本を見つけたって読む事はしないのだろう、きっと。多分本を枕代わりにして寝ると思う。
石畳に飛び出している名前の分からない花を避け、空を見上げると、白と青のコントラストが綺麗な青空が広がっていた。

「…綺麗だな」

思ったことをぽつり、と呟き、俺は目的地である丘へと続いている道を歩き出した。