あおぞらのもとに、

 

なにが食べたい?と聞かれ、咄嗟に

「エビフライ食いたい」

と言ったら首を傾げられた。
…俺、何か変な事言ったかなぁ。


「えびふらい?それってなに?」
「…え、?…知らないのか?」

首を傾げるに問うと、こくりと頷かれる。
…エビフライ…知らないのか…。美味しいのに。
なんか、当たり前の事を知らないと言われるとちょっときょとん、としてしまう。
知ってて当たり前だったから。それに、が知らないとは思ってなかったから。

「うーん、世界のことはまだ勉強ちゅーだから。それに、ぼくたちはごはんそんなに食べないし」
「そう、なんだ」
「食べるとしたら木の実とか、果物とかそんなかんじのだからね」

そう言って見た事の無い何かの実をぽん、と出現させる。
美味しいのかどうかは知らないが、あの実を食べたりしているんだろう。
なんか変な感じだな…俺が知らない難しい事は知っていて、当たり前の普通の事は知らないって。
それよりも、エビフライをどうやって説明すべきか。エビ知ってるのかなあ。

「えびは知ってるよ。それを何かしたやつ?」
「簡単に言うと衣付けて揚げた奴?」
「へえ…おいしそう。お店とかでもあるの?」

エビは知っているのにエビフライを知らないはどんな物なんだろう、と天を見上げて想像している様だった。
俺がこくりと頷くと、じゃあ定食でも売ってるんだ?と聞いてくる。…定食…知ってるんだ。
益々おかしく思えてきてしまい、笑いながら頷いた。

「むう…。じゃあえびふらい定食ふたつ!」

は俺が笑っている事に頬を膨らませながらも、オーダーとも言える言葉を言う。
…そんなので出てくるのか…?
とか何とか思っていると、カシャン、と音を立てて俺と、の前にお盆に乗ったお皿が出現した。
乗っているのはご飯と、味噌汁と、大皿に盛られたエビフライ。

……えびふらい、定食。

「…ほんとに出た…」
「これがえびふらいなんだ。おいしそうだね」
「あ…ああ…」

…いや、うん、美味しそうだけど。美味しそうなんだけど。
あんなオーダーで出てくるんだ…。神様って…便利だな…。
は早速定食に付いていた割り箸を割ってエビフライを突いている。
俺もぽかん、としている訳にもいかず、湯気を立てる良い香りに誘われて割り箸を手に取った。
…のだが。

「…なあ、
「ん、どうしたの?」
「この料理って…何処から出したんだ?」

空から出したと言えばそれまでなのだが、得体の知れない存在のモノをは出現させたのだ。
知っているモノだとしたら、それを思い浮かべて出したりするって感じの能力を持つファンタジーなキャラが浮かぶ。
けれど、知らないモノを出すとなれば、形、味、見た目、香り、全てに置いて未知の存在だ。
名前を頼りに出そうとしても、流石にここまで忠実にはいかないだろう。
それに…、想像して出すのは難しい証拠が、ここにある。

「んー?」
「なんか…割り箸入れに童実野町の定食屋のロゴあるんだけど」
「…んむ。じゃあそこから出したんだね」
「……へ、へえ…」

…うん、俺は今何も聞かなかった。そうしとこう。
童実野町の定食屋でエビフライ定食頼んだ人ごめんなさい。俺達が美味しく頂きます。
代金はユベルと超融合した後に払います。本当にごめんなさい。
俺が悶々とそんな事を考えているのを余所に、は美味しそうにエビフライを一口ずつ頬張っていた。
さっき出してた紅茶や、俺にも出してくれた緑茶とか…あれとかも何処かの家から出したのかな…。
そう思うと食べるのが段々引けてくるのだが、出して貰った物に手を付けないのは失礼だし、さっきから腹の虫が鳴り続けている。正直限界。
仕方なく心の中で謝っておきながら、俺は割り箸を割って湯気の立つ定食に手をつけた。

「んむ…、でも、そんなにしんぱいしなくてもいいよ、じゅーだい」
「ん、…何が?」
「ものをどこから出したのとか。出したのはじゅーだい達のせかいからなんだけど、出したものの記憶はあっちのせかいに残ってないから」
「…うん?」

もごもごと頬を膨らませて料理を突きながら、は話を続ける。
それによると、注文して料理を作ったけれど、その記憶は全て注文した人も、料理した人も、料理が消えた時点で無くなっているらしい。
食器が消えたりする事も、その記憶が元から無かった事にされて、食器が消えたとしても支障は無いと言う。
…そんなものなのかな…。と言うかそれで良いのかなぁ…。

「いいんじゃない?…それに、たべたら元のばしょにもどすし」
「その時は…記憶ってどうなるんだ?」
「もどったりする時もあるけど、ほとんどは戻らない。けど、みんなくびを傾げるだけでおわるんじゃないかな」
「…へ、へえ…」

ああもう、なんかこの世界に来てから全ての事がアバウトになってきた気がする。気の所為だよな、きっと。
記憶の操作とか、そう言うのが本当にあるのかどうかは分からないのだが、が言うのならそうなのだろう。どうして分かるのかは知らないけど。
皆都合の良い様に出来ている気がしないでもないけど…。うん…気の所為、気の所為だ。
分からない事を考えても答えは出ないのだから、難しい事は考えずにとりあえず目の前の物を処理しよう。

そうして久しぶりのエビフライを平らげたのは、数十分後。