あおぞらのもとに、

 

「…は?」

発せられた言葉にぽかん、と呆ける。
…なん、…え?いま、なんて?え?(混乱中)

「うん、たぶん、置いてきちゃったんだとおもうよ」
「…おい、てきた?」
「うん」

ぽつりとの言葉を復唱すると、は何事も無かったかの様にこくりと頷いた。
置いてきた。置いてきた。置いて…きた。おいて、きた?
頭の中でその言葉だけがぐるぐると駆け回る。思考が停止する。
その言葉の意味を理解するのに、少し時間が掛かった。
…置いてきた。ユベルを。

「…どこに?いつ?」
「たぶん、じゅーだいが白のせかいに来るまえ。過去においてきたんだとおもうよ」
「…過去?」

また、頭がこんがらがってきた。
どう言う事だ、と言う前に、が疑問符を浮かべる俺に順に説明していく。

「過去はそのままのいみ。あの子はこことは別のばしょに居る。そこはわかるよね?」
「あ、ああ…なんとなく」
「ここはじゅーだいが居たせかいとは違って、じかんの経過が狂ってるんだ。だから…うーん、説明するのは難しいなぁ。」
「余計に分かんなくなった…どう言う事だ…?」
「んむぅ…。えっとね、こことじゅーだいの世界の時間軸はちがうから、いま、もしかするとじゅーだいの世界は十年後のせかいだったり、百年前のせかいだったりするんだ。」
「…うーん…?」

…それはつまり、今、俺の居た世界に帰ろうとすると、何年後かの未来だったり、過去だったりするのか?
と言う事はもしかすると、俺がユベルに会う前だったり、デュエルアカデミアに入る前だったり、はたまた俺が生まれる前だったり、する可能性がある、と言う事か?
その逆で、俺が生活していた時間より数年後、数十年後、数百年後だったりする事も…ありえると言う事か?
…何となく分かってきた気がする。

「でも、それとユベルの事と、何か関係があるのか?」
「いちおうね。もちろん時間軸がかさなって、こことおなじ時間になってることもあるよ。まあ、大体はおなじ時間軸だから安心してね」

何処をどう安心して良いのかさっぱり分からないのだが、そこは敢えて何も言わない事にしておく。
はこくりと湯のみの中の緑茶を飲んで、更に話を続けた。俺も出来る限りの努力でその話を理解する。

「で、ゆべるのこと。本来あの子はじゅーだいと今、いっしょに居なくちゃいけないんだけど、」
「それを、俺が置いてきた、と?」
「うーん、簡単にいえばそうなるかな。だから今、あの子は過去にいるんだ」
「…過去…に、…そこが分かんないんだよなぁ」
「まあ、それが当たり前なんだけどね。わからなくていいんだよ。ゆべるは今、ここにいないって事がわかれば良いんだ。」

そう言われると、少し気が沈む。一緒に居なくちゃいけない筈の存在なのに、置いてきてしまった事を思い知らされる様で…。
何とかしてユベルを助ける事…俺と、魂を融合させる事は出来ないのだろうか?否、本当はそうならなくちゃいけなかった筈なのに。
…どうして、狂ったんだろう。それだけ、未知の力だったんだろうな。超融合って。

「それで…ユベルはどうやって助ける…って言うか…何て言うか…とにかく、助けるにはどうしたら良いんだ?」
「ゆべるを過去から現在にもどす方法?」
「うーん、まあそんな感じだな。本来のあるべき姿、って言うか…」
「うん、言ってる事はわかるからだいじょうぶだよ。んと…いまは…まつしかないかなぁ」
「待つ?」

…それじゃあ、ユベルを助ける事が出来ないじゃないか。行動しないと、俺から迎えにいかないと、いけないのに。
いつの間にか握りしめていた湯のみが、小刻みにかたかたと震える。何も出来ない自分が、歯痒い。
まだ仄かに立ち上る湯気の向こうで、が困った様に苦笑していた。
そして、震える俺の手に、小さな手が重ねられる。俺の手より少し冷たいの手は、奮い立っていた俺の気持ちを少しだけ沈めてくれた。

「さっきも言ったでしょ、じゅーだい。焦っちゃ、だめ。待たないといけない事もあるんだよ」
「でも、今は待ってる事なんて」
「まだ、うごく時期じゃないんだ。ほら、たいりょくおんぞん?って言うことば、なかったっけ」
「…なんか、違う気がする」

そうだっけ?とは首を傾げると、まだ勉強中だから良く分かんないや、と後に続けた。
その言葉に、さっきまでのふつふつとした感情が徐々に消えていって、笑いに変わる気がした。
気が付けば口元には笑みが浮かんでいて、最終的には声を出して笑ってしまっていた。

「むぅ…、そこはわらっちゃいけないところだよ、じゅーだい」
「いや、だって、何か笑えてきたから…っ」
「むー…」

は俺が笑っている事に機嫌を悪くしたのか、頬を膨らませてそっぽを向く。
けれど、その拗ねた顔も次第に微笑みに変わって行って、結局二人で笑い合ってしまった。
双方の笑いの虫が治まる頃にはすっかり湯のみのお茶も冷めてしまっていたけれど、俺の気持ちはさっきより大分落ち着いていた。
笑ったから、かなぁ…。それより、こんなに笑ったのは久しぶりだ。
十二の異世界に居た時は、こんなに笑っていられる程楽しい事は…あまり無かったから。心の底から笑ったのは…久しぶりだ。

「はふ…じゅーだい、…気持ち、おちついた?」
「え?あ、ああ。笑ったらなんか落ち着いた」
「そっか、よかった。…待つこと、できる?」

ぽつりとがそう呟く。その言葉を理解するのに、少しだけ時間が掛かった。
けれど、さっきよりは大分落ち着いていて、答えは簡単に出そうだった。
の問いに、俺は静かにこくりと頷く。

「絶対に…ユベルを助ける事が、出来るんだよな?」
「それは、じゅーだい次第。でも、じゅーだいならできるよ」
「…なら、待つ」

そうだ、必ず、機会はやってくる。それまで、…体力温存だ。