あおぞらのもとに、

 

忘れる筈の無い姿、無機質な仮面の奥に渦巻く殺気。
真っ暗な中でも映える真紅のマントは、羽織る者が動く度にゆらゆらと形を変えた。
間違えるなんてことはありえない。あれはおれの―…罪だから。

「…覇王…」

ぽつりと呟いた言葉は闇に消え、彼には届かなかった。
俺とは慌てて柱の後ろに隠れ、部屋の様子を窺う事にした。
覇王は歩みを止めずただ目の前を見つめて歩き続け、バルコニーの手前で立ち止まった。
あそこはさっき俺達が部屋に入った場所で、あの場からは遠くに見える山脈の方まで見渡す事が出来る。
あの場所で彼は何を思っているのだろうか。次は誰と戦うか?あとどれだけの相手と戦えるのか?
どちらにしても今の覇王には俺の言葉なんて微塵にも届く感じがしない。跳ね除けられて、それで終わりな予感。
これでどうやって説得すればいいんだ…。ん?その前に覇王には俺達の姿が見えないんじゃ…ないのか?

「…早速ピンチとか?」
「どうだろうね」

は俺の焦りを全く動じずに軽く受け流してこそこそと呟いた。
その後にも何か小声で言っていたけれど、神経を尖らせた俺にはその言葉が上手く聞き取れなかった。
うーん、こうなったらやっぱりヤケクソ?でも話しかけて見えなかったらここに来た意味が無いような…。
その時にはがなんとか…してくれるのかなぁ。状況を楽しんでいるようにしか見えない人に任せられるのかが心配だ…(ここでむぅ、とが唸った)。

「本当にじゅーだいがピンチのときはぼくだってちゃんとやる事はやるよ?」
「そのピンチが今じゃないのか…?」
「それはじゅーだい次第じゃないのかな」

そこでは両方の人差し指を口元でクロスさせ、「あとはじゅーだいががんばって」とこれ以上喋らない事を示した。
いやいや、そんな事を言われても俺にはこの後どうすれば良いのかさっぱり分からないのだが。
駄目元で話しかければ良いのかなぁ、やっぱり。うーん、まあ、俺にはそれしか出来無さそうだし、仕方ない。
早くなっている鼓動を落ち着かせる為に目を閉じて深呼吸をひとつ。
そしてゆっくりと開けて、もう一つ深呼吸。がにこりと笑う。

「…よし。…えーと、はお「さっきからこそこそと五月蠅いぞ貴様ら」


な、なんだってー。

あれー、おかしいな、今明らかに俺達に向かって誰かが声を掛けましたよね。
この部屋には俺とと、そして覇王しかいない。はあんな口調で話さないし、何より声が男…しかも俺の声だー(でもちょっとトーンが低い)。
と言う事はつまりその、…何と言うかそう言う訳で。
あれー、さっきの俺の緊張感は何処へ行ったのかなー、おかしいなー。
隣を横目で窺ってみると、も少なからずびっくりしたようで、目を見開いて首を傾げていた。

「おや、見えてたんだ」
「それだけ気配を出していれば嫌でも分かる」
「おやや、だってさ。じゅーだい」

いやいや、そんな簡単に俺に話を振らないでください。そして勝手に二人で理解し合わないでください。
俺には何がどうなっているのかさっぱり分からないんだ!驚いてパニックになっていて、それで、えっと…なんだっけ?
あ、思い出した。覇王を説得するんだっけ。えっとこの状況ではなんて言えば良いんだろう?
俺は説明するのが下手だし、どう言っていいのかもよく分からない。的確で分かりやすく簡単に説得するとなると…そうなると…ああもう、ややこしい!

「は、覇王!とりあえず身体返して下さい!」
「却下」
「じゅーだい…それはさすがに直球すぎるとおもうよ…」

だったら状況の処理に追いついていない俺よりが説得(プラス説明)してほしかった。
流石に自分でもこれは無いだろ…とツッコミが入ったのは言うまでもない。


「つまり、未来安泰にするにはじゅーだいがはおーを取り戻さなくちゃいけないの」
「…その為に身体を返せと言う事か」
「そう言う事だから…えっと…返して貰えると嬉しいんだけど」

結局が今までの状況説明をしてくれて、俺は最後に言葉を続けた。
覇王は嫌そうに口を曲がらせていたが、何も言わずに最後まで話を聞いていた。
その事に少なからず俺は驚いていた。覇王なら話も聞かずに拒絶してデュエルしろ!と言ってきそうだったから(性格が変わってる?)。
まあカードも無い今、デュエルを迫られても逃げる事しか出来ないんだけれど。そうなってしまった場合、覇王に背中なんか見せたらどうなることやら…想像したくない。

「…話は理解した」
「じゃあ身体かえし「却下だ」
「…うう…一応俺の身体なのに…」
「まあまあ、仕方ないよじゅーだい」

今現在十代の身体を持ってるのは覇王なんだし、と苦笑しては俺の肩をぽん、と叩いた。
の言っている事は正しい。けれど今の俺は覇王が持ってる身体が無いと何も出来ない訳で…何がなんでも返してもらわなくてはならない。
無理矢理奪えたり出来れば良いんだけど…そうすると覇王が怒りそうで怖い…。今後も少なからず助けてもらうかもしれない力だし、怒らせたら力貸してくれなさそうだし…うう。
この説得を俺がしなくちゃいけないのは分かる。分かるけれども…なんて言えばいいのか、言葉が見つからない。くそ、もうちょっと勉強しとくんだった…。

「…それほどこの身体を返してほしいのか?」
「え、うん。それはもちろん!」
「なら条件がある」
「え」

それはまさかデュエルしろとかそう言うのじゃないですよね覇王さん。そうなると俺の負けがほぼ確定になるんですが。
まさか覇王から歩み寄ってくるとは思っていなかったけれど、どんな条件なのか気になる。
デュエルじゃありませんように、あと簡単で俺にも出来そうな条件で…いや、流石にそこまで覇王は譲歩してくれないよな…。
顔が徐々に引き攣っていくのを感じて、俺は手を握り締めた。
そんな俺の心中を全く気にしていないのか、がいつもののんびりとした声で覇王に問い掛ける。

「じょーけんって?」
「この身体を返す代わりに、俺に別の身体を寄こせ」
「は?…え?」
「なるほど…うーん」

また俺だけ置いてけぼりにされてしまいそうだ。覇王の言った言葉がよく、理解出来なかった。
身体は返す代わりに、別の身体を寄こせ、だって?
それはつまり俺と覇王の存在が別々になるって事…か?…え、あれ?それって出来るんだろうか(今現在そんな感じになっているのは置いといて)。
真横に神様と言う不思議な存在が居るから不可能だと断言できないけれど…それにしたって話がいきなりすぎる。
ちらりとの方を横目で窺うが、少し悩んでいるのか、口に手を当てて考え込んでいた。

「…お前が神ならそれ位の事、容易いだろう」
「かみさまってみんなが思ってるほど万能じゃないよ、はおー。…でもまあ、できることはできるよ」
「なら構わん」
「うーん…ぼくもそれで良いならいいんだけど…。じゅーだいはいいの?」

いやいや、だから二人で勝手に納得して俺に話を振らないでください。
何がなんだか良く分からないし…ああもう、話が難しくて付いていけない!誰か俺に理解力をください!

 


覇王と神様がボケだったら十代はツッコミ。