あおぞらのもとに、

 

短い間しか見ていなかった風景。けれど目にこびりつくように離れない風景。
俺の罪の、場所。

堂々と正面から入り込んで良いのやら悩んでしまったその部屋はやはり暗かった。
部屋の中には誰も居らず(部屋の主はデュエル中だから当たり前と言えば当たり前か)、俺は少しだけほっとした。
曰く、今の半透明の状態で誰かに会っても、その者から俺達の姿は見えないらしい。それは精霊であっても同じだと言っていた。
例外はあるらしいけれど、その話をされたのは部屋に入った後だったのでもう少し早く言ってくれればよかったのに、とがくりと肩を下ろした。

「んぅ、ごめんね」
「…いや、もう慣れたからいいよ」
「…うー」

眉尻を下げて謝るの頭をぽんぽんと軽く叩く。は擽ったそうに笑っていた。
の頭はなんだか撫で易い。撫でているとほんわかした気持ちになって癒されるなあ。
神様にはそんなフィーリング機能も備わってるのだろうか。…うーん、多分だけな気がするけど。
ハネクリボーと一緒に居ると気が合いそうだなあ。ころころ表情が変わって似てると思うから(今ハネクリボーが何処に居るのかは分からないけど)。
…って違う違う、の癒し効果に呑まれちゃいけないんだ。今から大事なことをするんだから、もっと気を引き締めないと。
うう、でもそう思うと緊張してきた…。どうやって覇王と向き合えばいいんだ。と言うかそもそもどうやってあるべき形に戻すんだ?
その場合俺ってどうなるんだろう…覇王の身体(元は俺のだけど)に戻るのかなあ。多分そうだと思うんだけど…やっぱりどうやって元に戻すんだろう。

「それは…うーん、説明むずかしいからひみつ」
「秘密って…気になる…」
「必ずそうなるかどうか分からないから、ひみつ」
「え?それってどう言う」

事なんだ、と言い掛けた台詞が途中で途切れる。部屋の扉が開いたからだ。
覇王か、と一瞬息を飲むけれど、まだ時間としては些か早い気がした。

「だいじょーぶだよ、じゅーだい」

が小声で囁いた。彼女が言うには見つかる筈は無いとの事なので小声にする意味は無いのだが、条件反射で小さくなったのだろう。
投げかけられた言葉に注意深く出入り口の方を見てみると、誰かのシルエットがあった。
けれど、それは見知った姿では無い。人の形はしているけれど、人には無い大きな翼が背中にあった。…覇王じゃない。
多分覇王に従っている者の一人なのだろう。部屋の主が居ない今、何故この部屋にやってきたのかは分からないけど。
シルエットは部屋をぐるりと見回し、何も異常が見つからなかったのか、直ぐに部屋を出ていった。…やっぱり、俺達の姿は見えていないらしい。
覇王じゃなかった事にほっと胸を撫で下ろして、俺は地面に足を付けた(今まで宙に浮いていたからか、地面がなんだか新鮮だ)。

「なんで部屋に入ってきたのかな?」
「さあ…。俺達の気配を察知したとか?」
「そうかもしれないね」

あはは、とは呑気に笑うけれど、俺は冗談で言ったつもりの事が実は本当にそうなのかも、と言ってから気が付いた。
さっきのシルエットが本当に俺達に気が付いていたら、少なからず覇王に情報が行くはずだ(自室?に侵入者が居ると尚更)。
そうなると仮にも見つかると大変な事になりそうな予感が…。俺達がしようとしている事が全部水の泡になる事間違いなしだ。悪く言えば生贄要因として…いや、これ以上想像するのはやめておこう…。
思わず顔が引き攣ってしまう程の嫌な出来事を想像してしまった…。うわあ、大丈夫かな、俺達。
を横目で窺って見ても、やっぱりまだ笑っていてそんな危機感は全くと言っていいほど漂わせていなかった。
…うん、まあ神様がこんなのだから大丈夫なんだよな、多分。
不安が少しだけ残ってはいるけれど、それは敢えて蓋をして見えないようにしておこう。きっとが何とかしてくれると信じて。うん、多分。

「そうだ、
「ん?」

覇王が戻るまでの時間、それは僅かだと思っていたけれど案外長い。過去に体感していた時と、いま待機して何もしていない時とはやはり時間の感覚がずれているのだろう。
暇にしていれば時間が経つのは遅い。けど何かをしていれば時間はあっという間に過ぎていく。俺の場合、デュエルをしていると特にそれを感じていた。
だから、今何もしていない時間が長く感じられてに声を掛けた。
なんの話をしようか、と悩んで思い立ったのは、やっぱりの事だった。理解しようとしても、理解できない不思議な存在の、彼女の事。

は…俺、達の事、一応知ってるんだよな?」
「うん、まあね」
「それって何で知ってるんだ?前は見てたとか言ってたけど…」
「んー…あのときは理解できないと思ったからはなさなかったけど、いまならだいじょーぶかな?」

少しだけぼくの事は理解出来たと思うし、とは続けて言って、部屋の端にある台(椅子?)に座った。
俺はその横の柱に背中を預け、彼女の話す事に耳を傾けた。

「簡単にいうとね、本と、鏡があるの。ぼくはそれでせかいの全てをみてる」
「本…ってあの、部屋中にあった本棚の…本?」
「そう。あれはせかいの始まりからの出来事がすべて書いてるの。一部にはこのさきのことも書いてる」
「…それって…未来?」

俺が目を見開いて問い掛けると、は当たり前の様にこくりと頷いた。
あっさりとしたその対応に、どう反応していいのか分からない。あの大量の本にはそんなに重要な事が書いてあったのか…。
未来が書かれているとなると少しだけその中身を見てみたいものだけど、生憎と見たってまず書いてある文字が読めないと思うので見ても意味無いと思う。それに、どれだけ先の未来かも分からないし。
それにしても、それだけ多くの本があれば知識も豊富になる筈だ。なのに何故、は細かい出来事や知っていそうな当たり前の事を知らないのだろう。

「それはずっと言ってるとーり、ぼくはまだべんきょーちゅうなの。あの本をぜんぶ読んだ訳じゃないからね」
「あ、そっか」
「それにせかいは今も、止まる事なく動きつづけてる。あの本はそれに比例して増えていってるんだよ」

なるほど、そう言う訳か。と簡単に納得する事は出来るけれど、あれだけの大量の本がまだまだ増えていっているのだと想像するとなんだか頭が痛くなりそうだ…。
昔の事(それも世界の始まりから!)を勉強している間にも、今現在の事も学ばなければならない。
どんどん増えていく本を消化していくなんて出来るのだろうか。俺なら増えた分の本を消化するのが精一杯だと思う…(それ以前に一冊でリタイアしそうだ…何語だ…)。

「でも壁沿いの本の半分くらいは読んだとおもうよ。それでもぜんたいの3割くらいだけど」
「うへ…神様も大変なんだな」
「そうかな?これくらいはふつうだよ」

はにこにこと笑って、もっとえらい神様はあの本の何倍もの知識を得ているんだよと後に付け足した。
あれ以上の本を読んでいるなんて…。想像しただけでも頭が痛くなる。現実にあったら卒倒とか逃げそうだ(それはもう脱兎の如く)。
聞かない方がよかったのかも知れないなあ、と心の中で思いながら、もう一つのものも聞いてみる事にする。

「うー…じゃあ、もう一つの鏡ってやつは?」
「鏡はいま、現在のことをみることが出来るかがみ。本は文字だけど、こっちは映像だね」
「へぇ…そんなのもあるのか」

もしかすると、俺達の事はその鏡で見たのかもしれないなあ。
そんな事を思ってみるけれど、言葉にする前にが首を振って否定の意思を示した。
どうやら俺達の事は本で読んだらしく、その所為で俺と初めて出会った時に顔が分からなかったらしい。言われてみればそうだった気もする。
まだは俺達の事が書かれた本を大雑把にしか読んでいないらしく、細かい所が分かっていないらしい。
それでも大筋の事は理解出来ているみたいだ。何故戦っているのかは分からないと答えていた辺り、どうかと思うけど。

そしてについての事が少し分かった所で、部屋の扉が開いた。