あおぞらのもとに、

 

近付くに連れて景色が明るくなっていく。
空は仄かに赤くなり、その中にぽつりと、黒く大きな影が聳え立っている。
―覇王城。
いつか見た景色が、そこには広がっていた。

「ね?」

が唐突に俺に声を掛ける。その一言はとても簡素で、事情を知らない人は首を傾げて呆けてしまうだろう。
でも、俺はその事情を知っている訳で…。結局ほわあ、と訳の分からない言葉で返答するしかなかった。
その後に、やっぱり、神様の勘って当たるんだ…と続けて。

「少しはみなおした?」
「…見直したと言うより…やっぱり凄いなあ、と思った」
「そっか」

見れば見る程、過去の記憶が蘇ってくる。初めてこの場所に来た時はもう、意識は朦朧としていた。
あの頃から既に俺の身体は覇王に支配されていて、沢山のデュエリストとデュエルをした。―命懸けの。
あれは覇王がしたことなんだろうけれど、やっぱり覇王は俺で、あのデュエルで沢山の命を奪ったのは結局俺と言う訳で…。
…そこまで考えて、止めた。これ以上、この話を思い出しても意味は無いんだ。
自分の罪は自覚しているつもりだし、悩んだとしても気分が下がっていくだけで何も解決しない。
それよりも今は成さねばならない事がある。まずはそちらに意識を向けなければならない。

見た限り、廃れている訳ではなさそうだ。…と言う事は、誰かがこの場所に居る筈。
それが誰かとは簡単に察しが付くので言う必要も無い。
段々と城の輪郭が見えてきて、熱そうな火が地面を真っ赤に染め上げていた。
その中に黒くて細長い道が一つ。それ以外に城に繋がる道はない。あとはゴポゴポと音を立てる赤が広がっているだけだ。

「…ねえ、じゅーだい。あれ」
「え?…―ッ!?あれは…!」

暗い道にぽつり、と小さな凹凸が複数見えた。ふわふわと漂う身体を前進させるように手足を動かすと、すんなりと身体は行きたい場所へと動いていく。
走るより早くてやっぱり便利…じゃなくて、やっぱりこの無重力な感じが不思議…でもなくて!
あの凹凸はもしかしてもしかしなくても―…人影。それも自分がよく知る者の…人影だった。
近付けば近付く程、その詳細は明らかになっていき、どんどん悪い予感がしてくる。
…戦っている(だれが?)。
…赤い色が見える(地面の赤とはちがう)。
…あれは(そう、あれは)。

「覇王と、…ジム…?」

フラッシュバックするように声に出した途端、目の前に映像が流れる。
ノイズが掛かったように音が不安定だった。けれど、その声ははっきりと聞こえていた、
たたかっていた、向かってくる者は必ずたおしていった、
あいつはなにを言っていた?(もどってこい?)
赤い光がおれをくるしめた、(けどおれにはそんな力は通用しない、)
なにかを言ってきえていった、(映した鏡が砕け散った、)
おれはなにも感じなかった、(やっぱり、)
救えるものはいない と

「じゅーだい?」
「…ん、平気だ。…大丈夫」
「そう…?」

頭を振って変な思考を遮断する。映像はもう、見えていなかった。
けれど、現実に起こっていることは目を瞑っても意味は無い。…聞こえてる。
戦っていた。覇王と、ジムが。映像とは違う視点で俺の目に映り込んでいる。
いつの間にか二人の周りの景色が色鮮やかに変わっていて、ジムのフィールド魔法のカードが発動した事が分かった。
この後なにが起こるかはもう分かりきっていた。さっき、記憶の中で見てしまったから。
あれだけ必死に俺と言う存在を取り戻そうとしてくれたジムは、覇王の使った超融合のカードで負けてしまう。
そして、消えてしまう。多分、全てが終わったあとにこの世界で消えていってしまった人達は元の世界に戻っている筈だけれど、それでも俺が消してしまったも同然だ。
ずきり、と心の奥底が痛くなって、俺は小さくごめん、と呟いた。

「無理するひつようはないよ?じゅーだい」
「…でもさ」
「その事がわかればそれでいいの。みんなも謝ってほしいわけじゃないとおもうし」

それに、皆は十代に笑っていてほしいと思ってるんじゃないかな。
がそう言いつつにこり、と笑って俺に右手を差し伸べる。その手を取っていいのか分からず戸惑っていると、もう片方の手で俺の左手を引っ張り、その上に乗せた。
の両手に挟まれる形になった左手が少しだけ温かくなる。前にの手を触った時は冷たかったけれど、今度は俺の手の方が冷たくて、の体温が心地良かった。

「さ、ぼくたちはしなきゃいけない事があるんだから、…がんばろ?」
「…そうだな。いつまでもうじうじしちゃいけないもんな」
「だね」

二人で笑い合って、重ねられたの左手が外される。
ふわふわと下からの風に煽られて髪が靡く。この距離からの熱風はそれほど熱くはなく、むしろ夜風になって少し冷たかった。
身体が無いのに温度の感覚があるなんて、やっぱり今の俺の状況は不思議でしかない。説明されても絶対に理解出来ないと思う。
もその辺の説明は難しいと思ったのか、何を言うでもなくただ苦笑するだけだった。
地上ではまだ覇王とジムがデュエルしている音が聞こえている。それを出来るだけ視界に入れないように、俺はに手を引かれて前に進んだ。

「あ」
「ん、ぶっ!?」

急にぴたり、とが宙で止まる。俺は急停止する事が出来ず、そのままの背中に突っ込んだ(痛い…)。
べしょりと思いっきり突っ込んだ所為か、鼻が痛い…。
うう、と唸りながら鼻を押さえて急停止したの顔を見上げると、何か気付いたようなの横顔が見えた。
何かあったのだろうか?と首を傾げると、がくるりと方向転換した。

「はおーがいつも居るとこ、わかんないや」
「…は?」
「どこかな?」

うにゅう、と良く分からない声と共にそんな言葉を発したは覇王城の上の辺りを指さして「あの辺かな?」と呟いた。
てっきり俺はそんな細かい所も神様なんだから知っていると思ったのだが、やっぱりそこはと言うべきか。
数日前のエビフライの件が頭を過ぎり、苦笑する。
その思考を読み取ったのか、がぷくりと頬を膨らませて眉間に皺を寄せた。

「むぅ…ぼくだってまだべんきょーちゅうなんだからね!」
「あはは、ごめんごめん。…覇王は…確か、あの部屋だ」

ぽふり、との頭を撫でて(髪がふわふわしてて触り心地良いなあ)、が指さした辺りの部屋に目を向けた。
あの場所で覇王はいつも世界を見下ろしていた。そして、あの場所で覇王から…俺に戻った。仲間一人を犠牲にして。
忘れられない、忘れられるはずが無い場所。あの場所に…覇王は来るはずだ。
そっか、とこくりと頷いたの顔は、時折見せる何を考えているのか分からない顔だった。