あおぞらのもとに、

 

それから二日が過ぎた。
あっと言う間と言う訳でもなく、ゆっくりと時間は過ぎていった。
その間に分かった事と言えば、は歴史を勉強中だと言う事(この世界の成り立ちから学んでいるらしい)、牛乳が嫌いらしい事(俺は好きだけどなあ)、それだけ。
後は知っていて当たり前、と言う常識を持ち合わせていない事。ゲームさえ知らなかったと言うから驚きだった(じゃあデュエルモンスターズも知らないのかな?)。
それ以外の事はさっぱり分からなかった(説明されても理解が出来なかったと言った方がいい)。
俺について、覇王については…、二日考えても答えは出なかった。

気が付けばここに来てから三日が過ぎていた。
が言うには、明日が過去に戻る日、と言う訳なのだが…それまでに俺と覇王の結論を出さなければならないので焦っていると言えば焦っていた。
あれから二日悩んでみたのだが、気持ちと言われてもよく分からない、と答えに行き詰るだけだった。
気持ちの問題と言われても、俺は覇王を元の場所に戻したいって思うし、消えてほしい訳じゃない。
やっぱりあの存在は無くなって良い訳じゃない。あれは俺の闇であり、「影」なのだから。
過去に犯した過ちを無かったことにしちゃ、いけない。誰でも一度は過ちを犯しているのだから。
だからそれを無くすことはしちゃいけない。その為に、俺は覇王を連れ戻すと決めたんだ。

「…あれ?」

なら、覇王は?
覇王は、どう思うんだろう。

覇王は俺の一部と言えば一部の存在。けれど、彼の心はなんだか、俺と言うよりももっと別人の様に感じられた。
それは心の中で初めて出会った(支配された?)時から感じていた事で、もしかしたら俺と全く同じ人間がもう一人居るのだと思い込んでしまうほどだった。
けれど実際にはそうじゃなくて、覇王の身体はやっぱり俺の身体で、同じ人間がもう一人居る訳ではなかった。
何と言えば良いんだろう、えっと…そう、言うなれば二心同体。悪く言えば二重人格。
でも二重人格とはやっぱり何か違う気がした(端から見ればそう見えるのだと思うけど、やっぱり俺には別人のように思えた)。
だからなのか、覇王の考えが…わからない。

「…も言ってたっけ、」

そこで漸く、二日前に言われた事を思い出す。
十代の気持ちと、覇王の気持ち。両方考えてみてね。…は話の最後にそう言っていた。
ヒントは最初から出ていたんだ。最初から、俺だけの気持ちじゃなくて、覇王の気持ちの事を考えなくちゃいけなかったんだ。
今更そう思ったとしても、もう悩む時間も長くはない。あと一日で答えを出さなくちゃいけないんだ。
だけど、やっぱりいくら悩んでも覇王の気持ちなんて分かりさえしなかった。

「じゅーだい」
「…ん」

うーとか、あーとか、言葉にならない呻き声を発していると、がひょっこりと本棚の端から現れた。
そっちに顔を向けると、はお盆に二つの湯のみを乗せてこちらに向かってきていて、テーブルに一つずつ湯のみを置いた。
湯のみの中身はもちろん緑茶だ(流石に紅茶を入れると言う事はしない)。この二日、俺に出される飲み物は緑茶と決まっていた。
別に紅茶が飲みたい訳でもないし、むしろ緑茶の方が好きなので俺は特に何も言わなかった。も何も言わずに緑茶を啜っている(俺の好みに合わせたのかもしれない)。
有難く礼を言って俺も緑茶を啜ると、独特の渋みが口に広がった。

「こたえ、出た?」
「…いや、まだ。俺には覇王の考える事なんて分かんないからさ…」
「そう?」

こくり、と頷いてみせると、は困ったように笑った。
やっぱり俺と覇王の存在を同じだと思っているのだろうか。覇王は俺の一部なのだから、その心も分かるんだろうと思っていたのだろうか。
そう聞こうと口を開いたが、言葉を成す前にが否定の言葉を述べ、首を横に振った。

「違う、けど、半分はあたってる。はおーとじゅーだいは違うよ。でもじゅーだいははおーの事、わかるとおもってた」
「でも、俺には分からない…」
「それは難しくかんがえすぎてるからじゃないかな?」

もっとリラックスして考えればいいと思うよ、とは笑って湯のみを傾けた。
の湯のみにはほとんどお茶が入っていないのか、少し傾けただけでお茶が零れる事はなかった。
難しく考えてる気は無いんだけどな、と俺は少し大きな音を立ててお茶を啜った。
数秒、お茶の啜る音が神殿の中を反響して消えていく。気まずい訳じゃないけど、その間は俺もも、それ以外の音を発する事は無かった。
お茶を飲み干して湯のみをテーブルに置くと、それを合図にが俺を呼んだ。

「ん…」
「じゅーだいは、はおーがじゅーだいの身体に戻らないといけないってわかったらどんな反応するとおもう?」
「え?…そうだなー…嫌だって言うんじゃないか?あいつは…多分暴れたいと思うし」

暴れる、とはまた少し違うのかも知れないけれど、結果としては暴れていることになるので俺はそう言った。
でも今の話は少し考えてみると違和感がある。覇王は一応、俺の身体を乗っ取って暴れて(?)いる訳だし、それをどうやって俺の身体に戻すと言うのだ。既に身体に戻っていると言うのに(戻ると言うか居ると言うか)。
…まあ、その例えは今となっては簡単に説明出来てしまうのだが。
やっぱり過去とか、現在とか、言葉にするのは理解出来るのだが、現実に理解する事は難しかった。
まるで俺が二人居るかのようで。…いや、実際居る事になるのか?今の覇王は過去に居て、その身体は俺のだから…。ああもう、ややこしい。

「ふふ、じゅーだいってやっぱり面白いね」
「うう…」
「でも、そういう事だから。焦らなくていいから、考えすぎずに、ね?」
「え?わ、分からないんだけど」
「はおーも元はじゅーだいなんだから、もっと簡単にかんがえればいいってこと!」

…それはなんて言うか、やっぱり俺が単純ってこと?
否定せずにはまた何処かに消えてしまったので、少なくともそう思っているのかもしれない(と思うのはネガティブ過ぎるのかな)。
のヒントは分かりやすい。けれど、理解する事が難しい。だからその言葉に翻弄されてしまう。
もっと単純に考えろって言ったって、他人(と言うほど他人ではないけど)の心を考えるなんて俺には難題すぎる。
覇王なんかは尚更で…、いや…でも、さっきは一応答えを出す事は出来た。本当にそう思っているのかどうかは分からないけれど。
でも、そう言う事って結局どう言う事なんだろう?覇王が俺の身体に戻るのが嫌で、それが一体…。

「…抵抗、するとか…?」

ぼそりと呟いた言葉に、ぴんと来る。そう言う事って…つまり、こう言う事なのか?
覇王の気持ち。俺の身体に戻る→嫌→抵抗する→どうなる?
どうなるかはあまり想像したくは無いけれど…、デュエルとか、なんだか襲ってきそうな予感がしないでもない。
それを避けてなんとか俺の身体に戻す方法。

「…説得?」

はもしかして、俺に覇王を説得しろと、そう言っているのか?