あおぞらのもとに、

 

何か、水滴の様なものが頬に当たった気がして、意識が急に浮上する。
ぱちり、と目を開ければ、一面が白と緑に染まっていた。
緑の隙間から目が眩むほどの白がぽつぽつと降り注ぎ、それが太陽なのだと直感する。
では風に揺られて形を変えるあの緑は、樹の葉か何かなのだろう。
白の世界に居たと思えば、どうやら元の世界に帰ってきたようだ。たぶん。

(あの白の世界は…なんだったんだろう)

今考えても答えが見つかるはずの無い問いをしても、答える者は誰一人居ない。
居ない、はずだった。だって、ここには「おれ」以外人が居なかったから。

「白のせかいは、せかいの狭間」
「…?誰、だ?」

寝転がっていた身体を起き上がらすと(動きが鈍い)、そこには一人の少女が立っていた。
少女、と言っても「おれ」と同年齢位の子、だ。少し年下の気もする。
誰、だろう。全く心当たりの無い、子だ。

「こんにちわ。この世界に人間がくるなんて珍しいこともあるんだね」
「は、はぁ…こんにちは」
「さっきのしつもんの答え。ぼくは。君はだれ?」
「俺…?ゆうき、じゅうだい…」

訳の分からぬままに答えを返す(この世界?また、何処かの異世界?)。
俺の名前を聞いた少女―は、少し考え、「なるほど」と両手を合わせて一人で納得していた。
…訳が、分からない。
ここは何処で、何故俺はこんな場所に居て、彼女は何故納得したのだろう。
考える事は苦手なんだけどなぁ、と思いつつ、頭を捻る。でも、答えは出るはずもない。

「じゅーだい。いい名前だね」
「…そうか…?ありがと」
「うん。君が、無限の可能性を秘めた、やみの持ち主」
「…?何だ、それ」

どこかで聞いたことのある、単語。
…闇の、持ち主。
確か、前にも…、そう、カードの絵柄が見えなくなった時だ。
あの時に、聞いた気がする。
俺は、『正しき闇の力』を持つ者だって。確かそんな感じだったはず。
…その闇の力って、もしかして、覇王の、力?

「そんなかんじ。でも、君は自らの意思を取り戻して、その闇の力を操った」
「でも、俺は…。…って、どうしてそれを、」
「ぼくは見てたから。ぜんぶ知ってる」

…益々、訳が分からなくなった。

「分からなくていい。たぶん、言っても理解はできないとおもうから」
「…それって遠回しに俺の事馬鹿だって思って」
「そんなことないよ。じゅーだいはえらいこ。突っ走りすぎる所もあるけど」

初対面でそんな事を言われても説得力が無いと言うか何と言うか。
どうして俺の事を知っているのか、とか、どうして俺はここに居るのか、とか。
どうせ聞いても結局、彼女の言っている通り、俺は理解出来ないと思う。
だから今はとりあえず横に置いておこう。後でゆっくり理解していけば分かるかも知れないし。

「そう、それでいい。時間はあるから」
「時間…?……そ、う言えば」
「うん?」
「…ちょっと、待て。ユベルは、ユベルは何処だ!?」

今まですっぽりと抜け落ちていた目覚める前の出来事。否、白の世界の前の、出来事。
どうして忘れていた?そんなの今はどうだって良い。前世からの、友だった者は何処に居る?
辺りを見回しても、その姿は何処にも無い。もう、俺の中に居るのだろうか?
…いや、居ない。何となく、分かる。自分の中に、他の者が居る感覚は…無い。
なら、ユベルは、何処に、行った?

「じゅーだい、落ち着いて」
「落ち着いていられるか!ユベルは、ユベルはずっと一人ぼっちだったんだ!俺が…!」
「十代」
「…ッ」

さっきとはまるで違う静かな、それでいて貫く様な凛とした声が響く。
それが目の前の少女から発せられたのを認識するのに、僅かばかり時間が掛かった。
あどけなかった言葉は大人びた言葉に変わって、俺はその声に口を噤んだ。

「言いたいことは分かってる。でも、焦っちゃだめ」
「でも、」
「時には待つこともひつようだよ、じゅーだい」


そう言って柔らかく微笑む少女は、何か不思議な感じが、した。