珈琲の国の、
大きな背中をカウンター越しに見つめて、こっそりと顔を綻ばせる。
昼時の太陽はカーテンの隙間から部屋へと入り込んで、黄色や橙の色を落としていく。
今日もニューヨークは日向ぼっこに丁度良い快晴だ。気温も高くなく低くもない、過ごしやすい天気。
こんなに良い天気だと、気分もいつも以上に良い気がする。自然と笑みが浮かぶと言うか、ほっこりすると言うか。
両肘を付いて手の甲に顎を乗せたままそんな些細な事を考えていると、やがて視線の先からしゅんしゅんと湯が湧く音がしてくる。
シンプルなステンレスポットは鏡みたいにこちらの風景を反射して、遠目に小さく歪んだ自分が映っていた。
音と連動してぽこぽこと小さい穴から噴き出す湯気に目を奪われていたら、ポットがゆらりと視界から消える。あ、と思った時には最初に見ていた対象がこちらを向いていて、きょとり、と首を傾げていた。
「?なに変な顔してるんだい?」
「えっ、あ…何でもない、けど…そんなに変な顔だった?」
「面白い顔だったぞ」
そう言ってDDDと笑った彼、アルフレッドは手にしたポットを左右に揺らす。またしゅん、とポットが音を立て、中のお湯が揺れる。
注ぎ口が細いこのポットは彼がいつも淹れているコーヒー用の物だ。私はコーヒーなんて飲まないから、お店くらいでしかそのポットを見た事がない(それもごく僅かだ)。
だからアルフレッドがポットを持っていた事に少なからず驚いた。コーヒーをよく飲んでいるのだから当たり前と言えば当たり前なんだけどさ。
でも一家庭でドリップポットを見る事なんてなかったから…なんて言ったら、きっとまた呆れた眼差しを寄越されるんだろうな。だから口に出すのは止めておく。
ぷくりと頬を膨らませながら笑ったままの彼に小さく悪態を吐く。別の人の口癖であるそれはいつの間にか私にも染みついてしまっているものだった。
フィルターに湯通ししていた彼はぽそりと呟いたその暴言に反応して、笑っていた表情を引っ込めて眉を吊り上げる。あ、やばい、聞かれてた。
彼の耳に届かないように極力小さく言った筈なのに、どうやらばっちり耳に入っていたようだ。徐々に不機嫌になっていく表情にしまった、と後悔してももう遅い。
「あ、アルフレッド…さん?」
「…ぶー、つまんないんだぞ」
「ふえ?」
口を尖らせてポットを揺らした彼に思わず目を丸くしてしまう。怒っているのは確かだが、どうやら私の予想とは少し違っていたらしい。
けれどどうしてそんな事を言ったのか、理由が分からなくて首を傾げる。一体何に対してつまらないと言うのだろうか?
頭に疑問符を浮かばせながら少し上の位置にある金髪を見上げてみる。はちみつ色の金髪はふわふわしていて黒髪の私からしてみれば少し羨ましい。外人さんだからこそ似合うんだろうなあ、私じゃ金髪なんて絶対に似合わないだろうし。
彼はレンズ越しの瞳を歪めて私の方をちらりと見て、またマグの方へと視線を戻す。フィルターを通して流れ落ちたお湯を捨てて挽いた豆を入れると、最後に一つ溜め息を吐いて先程と同じ言葉を呟いた。
ますますアルフレッドが怒っている訳が分からなくなって、ついと差し出そうとした手が右往左往する。私はどうすればいいんだろう、どうしたらいいんだろう。理由は分からないけど慰めるべき?それとも謝った方がいいのかな?
原因は少なからず私にありそうな気がするし、だったら後者の方がいいのかもしれない。口元をむにゃむにゃと動かしながら眉をハの字に下げると視線も徐々に下を向いていく。
しゅん、と見えない耳を垂れさせて結局どうする事も出来なかった掌を握り締めると、彼がまた吐息を落とす気配がした。
大袈裟に震えた肩を縮こまらせて次に来る反応にぎゅっと目を瞑る。心臓が大きな音を立ててつう、と背中に嫌な汗が流れて行く。
いつもならにこにこと笑ってさり気無く話題をすり替えるのに、今日は何故かそれが出来ないでいる。どうして柄にもない事を、なんて心の中で呟いても今の状況じゃあ答えが出てくる事はない。
せめてこれ以上怒らせないようにしないと、万一嫌われでもしたら…いや、これ以上考えるのは止めよう。帰ったら絶対泣いてしまいそうだし。
それでも結局悪い方向に考えてしまって視界がぼやけ始めた時、とん、と頭が自分の意思に反して後ろに仰け反った。
どうして、と急な出来事に今まで考えていた事が一瞬にして空の彼方へと飛んでいく。呆然と目を瞬かせて衝撃のあった額に手を伸ばしてみるが、何も変わった事はない。
でも目の前の彼の表情が、少しだけ変わっているように見えた。もしかして、アルフレッドがしたの、かな。
自分がした事じゃあないのだから、答えはそれしか残っていない。だって、私と彼以外、ここには居ないのだから。けれど、どうして、なんで。
ああ、また分からない事が増えてしまった。アルフレッドってさばさばしてて結構物事をはっきりさせるって言うか、ぶっちゃけ単純な性格だと思っていたのに、実際はそうじゃなかったんだ。
分かりやすい時もあるけれど、分からない時にはとことん隠し通してしまうから、私じゃあ全然彼の意図は読めなかった。知り合いの菊さん位にならないと分からないんだろうな(じゃあ私には一生分からないと言う事か)。
駄目だ、頭がこんがらがってきた。よく分からないまま顔を上げて彼を見つめる。そしたら、彼は何故か泣きそうな顔で笑っていた。
「…アルフレッド?」
「君はさ、ほんとアーサーの事が好きだよね」
「えっ、あ、え?」
「何だい、その意外そうな顔。…もしかして気付いてないとか思った?」
図星すぎて何も言えない。けど、それが肯定を意味している事は彼でも直ぐに分かっただろう。
心外だなあ、と彼は声のトーンを少し上げてぽこ、と頭から湯気を出すけれど、それ以上怒る事はしなかった。
代わりにぱたぱたと豆にお湯を注いで、黒い液体がマグの中に少しずつ落ちて行く。コーヒーの香りがやけに鮮明に入りこんできて、気付いたら視界を滲ませていた原因は何処かに消えていた。
それでも何となく掌で目の端を擦っていると、彼は横目で私を見ながら小さく口を開き、どうしてつまらないと言ったのか、理由を教えてくれた。
「ねえ。君はアーサーが別の女の子の話とかしてたらどう思う?」
「どうって…その、まあ…妬ける、とおもう」
「うん、だから、そう言う事さ」
「…、…もしかして?」
もしかする、との問い掛けに、アルフレッドは無言のまま頷いた。コーヒーが落ちる音は止まない、お湯の落ちる音も、変わらない。
つまり、動揺しているのは私だけで、彼はもうその事実と向き合って受け入れてしまっていると言う事、なのだろうか。そんな、まさか。
咄嗟に視線を彷徨わせて手元と彼の顔を行き来する。慌てたって事実は変わらないのに、何故かそうしてしまう。
頭の中がまた疑問符でいっぱいになってしまって、でも開いた口は声を発しない。何を言えば良いのか、分からない。
結局、見兼ねたアルフレッドが頭を撫でてくれるまで、私は一言も喋る事が出来なかった。
「…私の事、好きなの?」
「そうだね。好きだよ」
「…そう、なんだ。…ここは有難うと言っておくべき?それとも謝るべき…?」
「正直言うとどっちも凹むから言わなくていいんだぞ」
「そっか…」
うん、まあ、そうだよね。私だってアーサーさんに言われたら、同じ反応するだろうし。
妙に納得しながら頷いて、でもまた直ぐに顔を上げる。むぐむぐと口を動かして眉尻を下げたら、ゆるりと撫でていた手が急に乱暴な手付きになってびっくりした。
でもきっとそれがアルフレッドなりの慰め方なんだと分かり、そのまま大人しくくしゃくしゃに撫でまわされる。全く、兄弟揃って素直じゃない。私も人の事はあんまり言えないけどさ。
と言うか、今更だけど私ってそんなに鈍感だったの?自分ではそれなりに気が付くタイプだと思っていたのに。まさかアルフレッドが私の事を好きだったなんて…全然気が付かなかった。
恋は盲目って色んな所で聞くけれど、自分がそんな少女漫画の主人公みたいになっているとは、驚きを通り越してどう表現したらいいんだろう。
ああもう、さっきから疑問しか浮かんでない頭をどうにかしてほしい。このままじゃあ、疑問を詰め込むだけ詰め込んでパンクしてしまいそうだ。
でもいくら頭を捻らせたとしても事実は変わらない。アルフレッドが私に好意を抱いているのはもちろん嬉しい事だし、私だって彼の事は好きだ。
けどその好きの種類は違っていて、彼が私に抱く感情は私にとって別の人に抱く感情であり、決して私達の想いが交わることは、ない。
アルフレッドはそれを分かっていて、敢えて事実を伝える事をしなかったのだろう。自分の中で想いを完結させて、普段と変わらない接し方をする。まるで、私のように。
彼がそんな性格だとは思えないのだが(と言うと失礼かもしれないが事実なのだから仕方ない)、今まで一度も告白とか、そういったものを連想させる面を見せていないのだから多分当たっているんじゃないのかな。
それとも単に私が気付いていなかったか、のどちらかだ。わざわざ聞こうとも思っていないから真実は分からないけれど。
結局、巡り巡って最後に辿りつくのは散々繰り返してきた言葉であり、これからもずっとそれは続いて行くのだろう。
「…片想いって辛いね」
「簡単に捻じ曲げられないから余計にそう思うよ」
「素直に応援出来ればいいんだけどね」
「無理だね」
「無理だよね」
二人で頷き合って、なんだか少し嬉しく思ってしまった。私と同じ気持ちの人がこんなにも近くに居たのか、なんて(その対象が私であることは置いといて)。
あんまりアルフレッドとは共通点が無かったから、意外な所が似ているとそれだけで親近感が湧いたような気さえする。
まあ、内容が内容だから手放しで喜べる訳では、ないけど。それでも少し、彼との距離は近くなったと思う。
よかった、逆に離れていってしまったら、私、きっと立ち直れる自信無いよ。希望なんて粉々に砕け散っていたと思うよ。数少ない友人なのに、それを無くしてしまうなんて恐ろしい。
心底ほっとしながら差し出されたコーヒーを有難く受け取って、湯気の立つカップにふう、と息を吹きかける。香ばしい豆の香りはいつも飲んでいるものとは全く異なっていて、一度嗅いだだけでも随分頭がすっきりした。
暗い話題ばかりで辛気臭い空気が一新された気がして無意識に悦楽の声が漏れる。特に意味のない言葉をそのままにして、私はごく普通の動作でマグの中で揺れている液体をこくりと飲んだ。
そして、噎せた。…なにこれ。なにこれなにこれ。
「にがっ」
「当たり前じゃないか。…あれ?ってコーヒー飲んだ事無かったっけ?」
「ない!なにこれにがい!!」
「コーヒーはそう言うものなんだぞ」
そう言うものって言われても困る!どうしてこの人は平気な顔で飲んでるの!全然わからない!そしてものすごく、にがい!!
昼時の太陽はカーテンの隙間から部屋へと入り込んで、黄色や橙の色を落としていく。
今日もニューヨークは日向ぼっこに丁度良い快晴だ。気温も高くなく低くもない、過ごしやすい天気。
こんなに良い天気だと、気分もいつも以上に良い気がする。自然と笑みが浮かぶと言うか、ほっこりすると言うか。
両肘を付いて手の甲に顎を乗せたままそんな些細な事を考えていると、やがて視線の先からしゅんしゅんと湯が湧く音がしてくる。
シンプルなステンレスポットは鏡みたいにこちらの風景を反射して、遠目に小さく歪んだ自分が映っていた。
音と連動してぽこぽこと小さい穴から噴き出す湯気に目を奪われていたら、ポットがゆらりと視界から消える。あ、と思った時には最初に見ていた対象がこちらを向いていて、きょとり、と首を傾げていた。
「?なに変な顔してるんだい?」
「えっ、あ…何でもない、けど…そんなに変な顔だった?」
「面白い顔だったぞ」
そう言ってDDDと笑った彼、アルフレッドは手にしたポットを左右に揺らす。またしゅん、とポットが音を立て、中のお湯が揺れる。
注ぎ口が細いこのポットは彼がいつも淹れているコーヒー用の物だ。私はコーヒーなんて飲まないから、お店くらいでしかそのポットを見た事がない(それもごく僅かだ)。
だからアルフレッドがポットを持っていた事に少なからず驚いた。コーヒーをよく飲んでいるのだから当たり前と言えば当たり前なんだけどさ。
でも一家庭でドリップポットを見る事なんてなかったから…なんて言ったら、きっとまた呆れた眼差しを寄越されるんだろうな。だから口に出すのは止めておく。
ぷくりと頬を膨らませながら笑ったままの彼に小さく悪態を吐く。別の人の口癖であるそれはいつの間にか私にも染みついてしまっているものだった。
フィルターに湯通ししていた彼はぽそりと呟いたその暴言に反応して、笑っていた表情を引っ込めて眉を吊り上げる。あ、やばい、聞かれてた。
彼の耳に届かないように極力小さく言った筈なのに、どうやらばっちり耳に入っていたようだ。徐々に不機嫌になっていく表情にしまった、と後悔してももう遅い。
「あ、アルフレッド…さん?」
「…ぶー、つまんないんだぞ」
「ふえ?」
口を尖らせてポットを揺らした彼に思わず目を丸くしてしまう。怒っているのは確かだが、どうやら私の予想とは少し違っていたらしい。
けれどどうしてそんな事を言ったのか、理由が分からなくて首を傾げる。一体何に対してつまらないと言うのだろうか?
頭に疑問符を浮かばせながら少し上の位置にある金髪を見上げてみる。はちみつ色の金髪はふわふわしていて黒髪の私からしてみれば少し羨ましい。外人さんだからこそ似合うんだろうなあ、私じゃ金髪なんて絶対に似合わないだろうし。
彼はレンズ越しの瞳を歪めて私の方をちらりと見て、またマグの方へと視線を戻す。フィルターを通して流れ落ちたお湯を捨てて挽いた豆を入れると、最後に一つ溜め息を吐いて先程と同じ言葉を呟いた。
ますますアルフレッドが怒っている訳が分からなくなって、ついと差し出そうとした手が右往左往する。私はどうすればいいんだろう、どうしたらいいんだろう。理由は分からないけど慰めるべき?それとも謝った方がいいのかな?
原因は少なからず私にありそうな気がするし、だったら後者の方がいいのかもしれない。口元をむにゃむにゃと動かしながら眉をハの字に下げると視線も徐々に下を向いていく。
しゅん、と見えない耳を垂れさせて結局どうする事も出来なかった掌を握り締めると、彼がまた吐息を落とす気配がした。
大袈裟に震えた肩を縮こまらせて次に来る反応にぎゅっと目を瞑る。心臓が大きな音を立ててつう、と背中に嫌な汗が流れて行く。
いつもならにこにこと笑ってさり気無く話題をすり替えるのに、今日は何故かそれが出来ないでいる。どうして柄にもない事を、なんて心の中で呟いても今の状況じゃあ答えが出てくる事はない。
せめてこれ以上怒らせないようにしないと、万一嫌われでもしたら…いや、これ以上考えるのは止めよう。帰ったら絶対泣いてしまいそうだし。
それでも結局悪い方向に考えてしまって視界がぼやけ始めた時、とん、と頭が自分の意思に反して後ろに仰け反った。
どうして、と急な出来事に今まで考えていた事が一瞬にして空の彼方へと飛んでいく。呆然と目を瞬かせて衝撃のあった額に手を伸ばしてみるが、何も変わった事はない。
でも目の前の彼の表情が、少しだけ変わっているように見えた。もしかして、アルフレッドがしたの、かな。
自分がした事じゃあないのだから、答えはそれしか残っていない。だって、私と彼以外、ここには居ないのだから。けれど、どうして、なんで。
ああ、また分からない事が増えてしまった。アルフレッドってさばさばしてて結構物事をはっきりさせるって言うか、ぶっちゃけ単純な性格だと思っていたのに、実際はそうじゃなかったんだ。
分かりやすい時もあるけれど、分からない時にはとことん隠し通してしまうから、私じゃあ全然彼の意図は読めなかった。知り合いの菊さん位にならないと分からないんだろうな(じゃあ私には一生分からないと言う事か)。
駄目だ、頭がこんがらがってきた。よく分からないまま顔を上げて彼を見つめる。そしたら、彼は何故か泣きそうな顔で笑っていた。
「…アルフレッド?」
「君はさ、ほんとアーサーの事が好きだよね」
「えっ、あ、え?」
「何だい、その意外そうな顔。…もしかして気付いてないとか思った?」
図星すぎて何も言えない。けど、それが肯定を意味している事は彼でも直ぐに分かっただろう。
心外だなあ、と彼は声のトーンを少し上げてぽこ、と頭から湯気を出すけれど、それ以上怒る事はしなかった。
代わりにぱたぱたと豆にお湯を注いで、黒い液体がマグの中に少しずつ落ちて行く。コーヒーの香りがやけに鮮明に入りこんできて、気付いたら視界を滲ませていた原因は何処かに消えていた。
それでも何となく掌で目の端を擦っていると、彼は横目で私を見ながら小さく口を開き、どうしてつまらないと言ったのか、理由を教えてくれた。
「ねえ。君はアーサーが別の女の子の話とかしてたらどう思う?」
「どうって…その、まあ…妬ける、とおもう」
「うん、だから、そう言う事さ」
「…、…もしかして?」
もしかする、との問い掛けに、アルフレッドは無言のまま頷いた。コーヒーが落ちる音は止まない、お湯の落ちる音も、変わらない。
つまり、動揺しているのは私だけで、彼はもうその事実と向き合って受け入れてしまっていると言う事、なのだろうか。そんな、まさか。
咄嗟に視線を彷徨わせて手元と彼の顔を行き来する。慌てたって事実は変わらないのに、何故かそうしてしまう。
頭の中がまた疑問符でいっぱいになってしまって、でも開いた口は声を発しない。何を言えば良いのか、分からない。
結局、見兼ねたアルフレッドが頭を撫でてくれるまで、私は一言も喋る事が出来なかった。
「…私の事、好きなの?」
「そうだね。好きだよ」
「…そう、なんだ。…ここは有難うと言っておくべき?それとも謝るべき…?」
「正直言うとどっちも凹むから言わなくていいんだぞ」
「そっか…」
うん、まあ、そうだよね。私だってアーサーさんに言われたら、同じ反応するだろうし。
妙に納得しながら頷いて、でもまた直ぐに顔を上げる。むぐむぐと口を動かして眉尻を下げたら、ゆるりと撫でていた手が急に乱暴な手付きになってびっくりした。
でもきっとそれがアルフレッドなりの慰め方なんだと分かり、そのまま大人しくくしゃくしゃに撫でまわされる。全く、兄弟揃って素直じゃない。私も人の事はあんまり言えないけどさ。
と言うか、今更だけど私ってそんなに鈍感だったの?自分ではそれなりに気が付くタイプだと思っていたのに。まさかアルフレッドが私の事を好きだったなんて…全然気が付かなかった。
恋は盲目って色んな所で聞くけれど、自分がそんな少女漫画の主人公みたいになっているとは、驚きを通り越してどう表現したらいいんだろう。
ああもう、さっきから疑問しか浮かんでない頭をどうにかしてほしい。このままじゃあ、疑問を詰め込むだけ詰め込んでパンクしてしまいそうだ。
でもいくら頭を捻らせたとしても事実は変わらない。アルフレッドが私に好意を抱いているのはもちろん嬉しい事だし、私だって彼の事は好きだ。
けどその好きの種類は違っていて、彼が私に抱く感情は私にとって別の人に抱く感情であり、決して私達の想いが交わることは、ない。
アルフレッドはそれを分かっていて、敢えて事実を伝える事をしなかったのだろう。自分の中で想いを完結させて、普段と変わらない接し方をする。まるで、私のように。
彼がそんな性格だとは思えないのだが(と言うと失礼かもしれないが事実なのだから仕方ない)、今まで一度も告白とか、そういったものを連想させる面を見せていないのだから多分当たっているんじゃないのかな。
それとも単に私が気付いていなかったか、のどちらかだ。わざわざ聞こうとも思っていないから真実は分からないけれど。
結局、巡り巡って最後に辿りつくのは散々繰り返してきた言葉であり、これからもずっとそれは続いて行くのだろう。
「…片想いって辛いね」
「簡単に捻じ曲げられないから余計にそう思うよ」
「素直に応援出来ればいいんだけどね」
「無理だね」
「無理だよね」
二人で頷き合って、なんだか少し嬉しく思ってしまった。私と同じ気持ちの人がこんなにも近くに居たのか、なんて(その対象が私であることは置いといて)。
あんまりアルフレッドとは共通点が無かったから、意外な所が似ているとそれだけで親近感が湧いたような気さえする。
まあ、内容が内容だから手放しで喜べる訳では、ないけど。それでも少し、彼との距離は近くなったと思う。
よかった、逆に離れていってしまったら、私、きっと立ち直れる自信無いよ。希望なんて粉々に砕け散っていたと思うよ。数少ない友人なのに、それを無くしてしまうなんて恐ろしい。
心底ほっとしながら差し出されたコーヒーを有難く受け取って、湯気の立つカップにふう、と息を吹きかける。香ばしい豆の香りはいつも飲んでいるものとは全く異なっていて、一度嗅いだだけでも随分頭がすっきりした。
暗い話題ばかりで辛気臭い空気が一新された気がして無意識に悦楽の声が漏れる。特に意味のない言葉をそのままにして、私はごく普通の動作でマグの中で揺れている液体をこくりと飲んだ。
そして、噎せた。…なにこれ。なにこれなにこれ。
「にがっ」
「当たり前じゃないか。…あれ?ってコーヒー飲んだ事無かったっけ?」
「ない!なにこれにがい!!」
「コーヒーはそう言うものなんだぞ」
そう言うものって言われても困る!どうしてこの人は平気な顔で飲んでるの!全然わからない!そしてものすごく、にがい!!
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確実にこれはアル夢ってものじゃないと思う…。
[2010.12.29]
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