Trick and Treat
ハッピーハロウィン、アルフレッド。呟いた台詞は当の本人に聞こえただろうか。
青褪めた顔の大きな子供はどうやら今回もこの日の一大イベントに負けてしまったらしい。
ぶるぶると小刻みに震える肩をぽんと叩けば大袈裟位に彼の身体は飛び上がった。ぴんと立ったアホ毛がなんだか可笑しい。
大丈夫、なんて在り来たりな心配をして目線を合わせる為にしゃがみ、私は少しだけ苦笑した。
「今回で何敗目?」
「うう…八十回目…」
「そろそろ大台も見えてきたね…、ちょっとは作戦練ってみたら?」
「いつも一カ月も前から考えてるんだぞ!」
くわっと畳み掛けるように怒鳴られても、その目尻にある涙の所為でいまいち説得力に欠ける。これで私よりうんと年上なんだから、世の中まだまだ不思議でいっぱいだ。
この家の住人であるアルフレッドはこうしてハロウィンになると毎年海の向こうの島国に居るらしい、元兄さんと悪戯と言う名の脅かし合いをやっていた。
何年、何十年も前からやり始めたそのイベントに、アルフレッドが勝利した事は一度もない。むしろ負ける事の方が多かった。
今回だって一昨年から続いてこれで三連敗だし、それ以外は全て引き分け。大抵の場合、元兄さんの悪戯が本格的過ぎて今年のようにアルフレッドが怯えて終わってしまう。
驚かない年は二人揃って驚かないらしいから、余程元兄さんが悪戯に対して耐性を持っているか、アルフレッドの悪戯がぬるいかなんだろう。
アルフレッドはぷくりと頬を膨らませて否定しているけれど、毎年彼のトラップの様子を見ているといささかワンパターンになりがちに思えた。
けれど、私からそれを指摘することはしない。何故かって?そりゃあ…まあ、自分で気付いてこそ成長するってものじゃない。だから決して意地悪をしている訳じゃあない、多分。
私だって彼に求められればアドバイスだってするし、協力してくれと言われれば喜んで参加するだろう。
でもアルフレッドは私にいつも愚痴を零すだけでそう言った助けを求める事はしてこなかった。なので分かっていても、言わない。
(やっぱりこれは意地悪なのかな)
「?どうしたんだい」
「ん、ああ…ちょっと自分の性格について考えてた」
「…君って時々変な事するよね」
「失礼な」
少なくとも風邪の時にハンバーガーを額に乗せる君よりはマシだと思うんだけど。ケチャップとかソースがぐちゃぐちゃになって汚いのに。いやそもそも生ものを頭に乗っける時点でつっこむべきだろうけどさ。
それに比べたら私は結構常識持ち合わせている方なんだけど。ただ少し頭のネジが一本くらい抜けてるだけで、我が道を突っ切り過ぎて独創性に溢れまくってるアルフレッド君には敵わないよ。
ついでに本音を言ってしまえばもう少し自重してほしい所なのだが、生憎と彼の辞書にはそんな単語載っている筈が無い。
元兄さんもちらっと見た限りではアルフレッドに対して怒っている事が多いし、いつか直してくれると有難いんだけどな。こうやって訝しんでいる間は無理なんだろうけど…。
「それよりもさ、君、毎回その格好だけどもっと他の仮装しないのかい?」
「え、なんで」
「何でって…飽きないのかい?」
目尻をごしごしと拭ったアルフレッドは私を指差し、きょとりと首を傾げて不思議そうに呟く。
そんな、毎年衣装を変えるのがさも当然のように言われても、私はアルフレッド達みたいにバリエーションが必要な脅かし合いなんかしてないのだから、同じ仮装でも特に支障はない筈だ。それに、私はこれしか衣装持っていないし。
もちろん飽きないのか、と問われれば答えはNoだけど、時間を割いて新しい衣装を調達しようとは思わなかった。
きっとアルフレッドと私では、ハロウィンに対する思いの位置付けが違うんだろう。所詮はただのイベントと思っている私には、仮装なんてあって無い様な物だ。
逆に彼にとっては一年の中でも大切なイベントとして格付けされていそうなんだもの、そりゃあ、気合が入るのも分かる。
座り込んでいた彼に手を差し伸べながら私なりの答えを返し、ふにゃりと頬を緩ませる。なんだかこう言う風にぶつかり合いが出来る人が居るのは羨ましい。一人っ子だった私からしてみれば代わって欲しい位だ(あ、でも悪戯はもう少し手加減してほしいな)。
アルフレッドは元兄さんの事を心底面倒臭そうな顔をして貶しちゃったりもしているけれど、根は満更でも無さそうだし。そこがまた可愛かったりね。
思わず零れてしまう含み笑いをなんとか気付かれないように仕舞いこんで、立ち上がったアルフレッドを見上げる。極彩色のコートは端の方が破けていて、所々継ぎ接ぎも見え隠れしていた。
見るからに目が痛くなりそうなオレンジ色は今回の仮装らしく、彼が言うには殺人鬼がモチーフなんだとか。頭に着けている仮面はその殺人鬼の象徴だ。
反対に私はと言うと、黒と紫のシンプルなコートに目元が隠れそうな位の深いとんがり帽子。アルフレッドと比べれば聊か地味なごく普通の魔女の仮装だ。お情け程度のブローチしか目を引く所が無いのがポイントだったり(だって魔法使いは目立つものじゃないでしょう!)。
アルフレッドは私の答えに少々不満気な様子で一言、ふうん、と返してそれっきり黙り込んでしまうが、また直ぐにきょろきょろと辺りを見回して吐息を落とした。
「これ、毎回の事だけど片付け面倒だよね…」
「仕方ないじゃない、これだけ大掛かりな仕掛けを作ってるんだから」
「うぅ…散らかしたのはアーサーじゃないか。何であの人片付けせずにさっさと帰っちゃうんだ…」
「そりゃあ…お客さんだからじゃない?」
「…そう言われればそうなんだけどさ…なんか納得いかない」
「まあまあ」
私も片付け手伝ってあげるから、と彼の肩を叩いてなんとか落ち着かせる。アルフレッドは当然とばかりに首を縦に振り、床に放り出していていたチェーンソーを手繰り寄せた。
毎回のように愛用しているらしいそのチェーンソーも、今回の為に持ち手の部分がオレンジ色に塗り替えられていて、胴体部分には星型のステッカーも貼られていた。
これが作り物だったら可愛いで済むんだけど、もちろん彼等のハロウィンにそんなちゃちな物が登場する訳が無い。
つまり、このチェーンソーも電源を入れればそれなりの危ない代物になるのだ。けれど、それを全くと言っていい程物ともせずにこやつは玩具のようにチェーンソーを扱い、そして大胆にも床に放り投げてさえいる。
一般人の私からしてみれば驚きを通り越して呆れる位だった。なんて危険で無謀な事をしちゃってるんだろう、この人達。一歩間違えたらこの部屋は放送禁止のモザイク状態になっちゃうって言うのに。
でも怒ったとしても止めないんだろうなあ。一応今まで被害が出た事は無いらしいし、チェーンソー自体も電源が入ってなかったら大丈夫だし。
とりあえず、人様に迷惑掛けなければいいんだよね、うん、多分きっとそれでいいや。後はもう、二人の責任なんだもん。私は決して悪くないぞ、多分。
「ー?何一人でぶつぶつ言ってるんだい?」
「ひょああっ!?え、や、何でもないよ!」
「目が泳いでるんだぞ」
「えっあっ、き、きのせい」
じいっと空色の瞳に凝視されて背中から嫌な汗が滲み出てくる。濁りが一切無いきらきらな目につい考えていた事を漏らしてしまいそうになって、慌てて引っ込めた。
危なかった…いや、別に悪い事を考えている訳じゃあないんだから口に出してもどうって事無いんだろうけど、でも何となく気が引けてしまう。おかしいな、正しいのはこっちなのに、私の方がやましい事をしているみたい。
逆に見つめ返せばいいのに、中々それが出来ない。きっと彼の目を見たらのみ込まれてしまうと分かっている所為だ。
明後日の方向に視線を飛ばしながらアルフレッドの瞳をなんとかかわして空笑いでその場を凌ぐ。ああ、物凄く視線が痛いですアルフレッドさん。
いつもの敢えて空気読まずに突っ走っちゃう貴方は何処行ったの。さっさと私の事なんか放り出して次の話題に行きましょうよ。…それともあれか、片付けが嫌で時間稼ぎしてるのかこの子は。
ただでさえ夜も更けてしまっているって言うのに、これ以上時間が経ったら朝になっちゃうじゃない。アルフレッドって明日仕事無かったっけ?早く寝なくて大丈夫なのかな。
それとも自分だけ先に寝て残りの片付けを私に全部押し付けようとしているとか?…うわあ、ありそうで怖いから想像しないでおこう。
とにかく、私の事はもう良いから、散らかり具合が酷い部屋を片付けようよ!ハロウィン過ぎてもこのおどろおどろしいインテリアのままだったら近所で噂になりそうだしさ!
「ね、だから早く片付けして寝ろ!」
「えーまだ九時にもなってないじゃないか。もっと遊びたいんだぞ」
「…とか言って明日寝坊したらどうするの」
「その時はその時さ!」
ああ、駄目だ、この子言う事聞いてくれない。全ての片付けが終わるのに一体どれ位時間掛かると思っているんだろう。
確実に一時間じゃあ終わらないって言うのに、既に思考は片付けた後にタイプスリップしてしまっているらしい。こうなったらもう現実に引き戻す事は不可能だろう。
幾度となく見てきたゴーイングマイウェイな彼の姿に、これまた幾度となくしてきた溜め息を盛大に吐いて肩をがくりと落とす。
そろそろ自分も学習した方がいいのかも。じゃないと溜め息とストレスでいつか爆発しちゃいそうだ。色んな意味で。
ぱちりと無駄に格好つけたウィンクを飛ばしているアルフレッドの頬をむに、と掴みながらそんな事を考える。あ、アルフレッドの頬って思ったより柔らかい。
まるでマシュマロみたいだ、などと触り心地に悦を感じつつ掌でちょっと強めにぐにぐにと弄んでいたら、ぺしりと叩かれてしまった。地味に痛い。
「君が話をずらしてどうするんだい!」
「ああごめん、なんか気持ち良かったからつい。って言うかアルフレッドってマシュマロで出来てたりするの?」
「…。俺が国だってこと分かってるよね?」
「うん」
もちろん冗談に決まってるじゃない。何を今更な事を聞いているんだい、アルフレッド君。
私が君に会ってからもう何年経っているとお思いかは知らないけど、これでも結構長い付き合いなんだよ。それ位の事、分かっていて当たり前じゃないか。
まあ、反対に私の事を君がどれくらい知っているかは、敢えて聞かないけどさ。別に知って欲しいとも思ってないし。
でもこんな風に普通に接してくるって事は、気付いていないんだろうね、私が幽霊だって事。この子はそう言う類が大の苦手だから、私がそうだと知っていたら今頃気絶していてもおかしくはない。
その気配が全くないんだから(それ以上にお友達になっているし)、これ以降も彼が気付くかどうかは怪しい所だ。
今年も言うタイミング逃しちゃったし、来年のハロウィンにはちゃんと言ってあげないと。
「ー片付けするんだぞー」
「はーい」
それまでは、このおかしな亡霊生活を楽しむことにするとしよう!
青褪めた顔の大きな子供はどうやら今回もこの日の一大イベントに負けてしまったらしい。
ぶるぶると小刻みに震える肩をぽんと叩けば大袈裟位に彼の身体は飛び上がった。ぴんと立ったアホ毛がなんだか可笑しい。
大丈夫、なんて在り来たりな心配をして目線を合わせる為にしゃがみ、私は少しだけ苦笑した。
「今回で何敗目?」
「うう…八十回目…」
「そろそろ大台も見えてきたね…、ちょっとは作戦練ってみたら?」
「いつも一カ月も前から考えてるんだぞ!」
くわっと畳み掛けるように怒鳴られても、その目尻にある涙の所為でいまいち説得力に欠ける。これで私よりうんと年上なんだから、世の中まだまだ不思議でいっぱいだ。
この家の住人であるアルフレッドはこうしてハロウィンになると毎年海の向こうの島国に居るらしい、元兄さんと悪戯と言う名の脅かし合いをやっていた。
何年、何十年も前からやり始めたそのイベントに、アルフレッドが勝利した事は一度もない。むしろ負ける事の方が多かった。
今回だって一昨年から続いてこれで三連敗だし、それ以外は全て引き分け。大抵の場合、元兄さんの悪戯が本格的過ぎて今年のようにアルフレッドが怯えて終わってしまう。
驚かない年は二人揃って驚かないらしいから、余程元兄さんが悪戯に対して耐性を持っているか、アルフレッドの悪戯がぬるいかなんだろう。
アルフレッドはぷくりと頬を膨らませて否定しているけれど、毎年彼のトラップの様子を見ているといささかワンパターンになりがちに思えた。
けれど、私からそれを指摘することはしない。何故かって?そりゃあ…まあ、自分で気付いてこそ成長するってものじゃない。だから決して意地悪をしている訳じゃあない、多分。
私だって彼に求められればアドバイスだってするし、協力してくれと言われれば喜んで参加するだろう。
でもアルフレッドは私にいつも愚痴を零すだけでそう言った助けを求める事はしてこなかった。なので分かっていても、言わない。
(やっぱりこれは意地悪なのかな)
「?どうしたんだい」
「ん、ああ…ちょっと自分の性格について考えてた」
「…君って時々変な事するよね」
「失礼な」
少なくとも風邪の時にハンバーガーを額に乗せる君よりはマシだと思うんだけど。ケチャップとかソースがぐちゃぐちゃになって汚いのに。いやそもそも生ものを頭に乗っける時点でつっこむべきだろうけどさ。
それに比べたら私は結構常識持ち合わせている方なんだけど。ただ少し頭のネジが一本くらい抜けてるだけで、我が道を突っ切り過ぎて独創性に溢れまくってるアルフレッド君には敵わないよ。
ついでに本音を言ってしまえばもう少し自重してほしい所なのだが、生憎と彼の辞書にはそんな単語載っている筈が無い。
元兄さんもちらっと見た限りではアルフレッドに対して怒っている事が多いし、いつか直してくれると有難いんだけどな。こうやって訝しんでいる間は無理なんだろうけど…。
「それよりもさ、君、毎回その格好だけどもっと他の仮装しないのかい?」
「え、なんで」
「何でって…飽きないのかい?」
目尻をごしごしと拭ったアルフレッドは私を指差し、きょとりと首を傾げて不思議そうに呟く。
そんな、毎年衣装を変えるのがさも当然のように言われても、私はアルフレッド達みたいにバリエーションが必要な脅かし合いなんかしてないのだから、同じ仮装でも特に支障はない筈だ。それに、私はこれしか衣装持っていないし。
もちろん飽きないのか、と問われれば答えはNoだけど、時間を割いて新しい衣装を調達しようとは思わなかった。
きっとアルフレッドと私では、ハロウィンに対する思いの位置付けが違うんだろう。所詮はただのイベントと思っている私には、仮装なんてあって無い様な物だ。
逆に彼にとっては一年の中でも大切なイベントとして格付けされていそうなんだもの、そりゃあ、気合が入るのも分かる。
座り込んでいた彼に手を差し伸べながら私なりの答えを返し、ふにゃりと頬を緩ませる。なんだかこう言う風にぶつかり合いが出来る人が居るのは羨ましい。一人っ子だった私からしてみれば代わって欲しい位だ(あ、でも悪戯はもう少し手加減してほしいな)。
アルフレッドは元兄さんの事を心底面倒臭そうな顔をして貶しちゃったりもしているけれど、根は満更でも無さそうだし。そこがまた可愛かったりね。
思わず零れてしまう含み笑いをなんとか気付かれないように仕舞いこんで、立ち上がったアルフレッドを見上げる。極彩色のコートは端の方が破けていて、所々継ぎ接ぎも見え隠れしていた。
見るからに目が痛くなりそうなオレンジ色は今回の仮装らしく、彼が言うには殺人鬼がモチーフなんだとか。頭に着けている仮面はその殺人鬼の象徴だ。
反対に私はと言うと、黒と紫のシンプルなコートに目元が隠れそうな位の深いとんがり帽子。アルフレッドと比べれば聊か地味なごく普通の魔女の仮装だ。お情け程度のブローチしか目を引く所が無いのがポイントだったり(だって魔法使いは目立つものじゃないでしょう!)。
アルフレッドは私の答えに少々不満気な様子で一言、ふうん、と返してそれっきり黙り込んでしまうが、また直ぐにきょろきょろと辺りを見回して吐息を落とした。
「これ、毎回の事だけど片付け面倒だよね…」
「仕方ないじゃない、これだけ大掛かりな仕掛けを作ってるんだから」
「うぅ…散らかしたのはアーサーじゃないか。何であの人片付けせずにさっさと帰っちゃうんだ…」
「そりゃあ…お客さんだからじゃない?」
「…そう言われればそうなんだけどさ…なんか納得いかない」
「まあまあ」
私も片付け手伝ってあげるから、と彼の肩を叩いてなんとか落ち着かせる。アルフレッドは当然とばかりに首を縦に振り、床に放り出していていたチェーンソーを手繰り寄せた。
毎回のように愛用しているらしいそのチェーンソーも、今回の為に持ち手の部分がオレンジ色に塗り替えられていて、胴体部分には星型のステッカーも貼られていた。
これが作り物だったら可愛いで済むんだけど、もちろん彼等のハロウィンにそんなちゃちな物が登場する訳が無い。
つまり、このチェーンソーも電源を入れればそれなりの危ない代物になるのだ。けれど、それを全くと言っていい程物ともせずにこやつは玩具のようにチェーンソーを扱い、そして大胆にも床に放り投げてさえいる。
一般人の私からしてみれば驚きを通り越して呆れる位だった。なんて危険で無謀な事をしちゃってるんだろう、この人達。一歩間違えたらこの部屋は放送禁止のモザイク状態になっちゃうって言うのに。
でも怒ったとしても止めないんだろうなあ。一応今まで被害が出た事は無いらしいし、チェーンソー自体も電源が入ってなかったら大丈夫だし。
とりあえず、人様に迷惑掛けなければいいんだよね、うん、多分きっとそれでいいや。後はもう、二人の責任なんだもん。私は決して悪くないぞ、多分。
「ー?何一人でぶつぶつ言ってるんだい?」
「ひょああっ!?え、や、何でもないよ!」
「目が泳いでるんだぞ」
「えっあっ、き、きのせい」
じいっと空色の瞳に凝視されて背中から嫌な汗が滲み出てくる。濁りが一切無いきらきらな目につい考えていた事を漏らしてしまいそうになって、慌てて引っ込めた。
危なかった…いや、別に悪い事を考えている訳じゃあないんだから口に出してもどうって事無いんだろうけど、でも何となく気が引けてしまう。おかしいな、正しいのはこっちなのに、私の方がやましい事をしているみたい。
逆に見つめ返せばいいのに、中々それが出来ない。きっと彼の目を見たらのみ込まれてしまうと分かっている所為だ。
明後日の方向に視線を飛ばしながらアルフレッドの瞳をなんとかかわして空笑いでその場を凌ぐ。ああ、物凄く視線が痛いですアルフレッドさん。
いつもの敢えて空気読まずに突っ走っちゃう貴方は何処行ったの。さっさと私の事なんか放り出して次の話題に行きましょうよ。…それともあれか、片付けが嫌で時間稼ぎしてるのかこの子は。
ただでさえ夜も更けてしまっているって言うのに、これ以上時間が経ったら朝になっちゃうじゃない。アルフレッドって明日仕事無かったっけ?早く寝なくて大丈夫なのかな。
それとも自分だけ先に寝て残りの片付けを私に全部押し付けようとしているとか?…うわあ、ありそうで怖いから想像しないでおこう。
とにかく、私の事はもう良いから、散らかり具合が酷い部屋を片付けようよ!ハロウィン過ぎてもこのおどろおどろしいインテリアのままだったら近所で噂になりそうだしさ!
「ね、だから早く片付けして寝ろ!」
「えーまだ九時にもなってないじゃないか。もっと遊びたいんだぞ」
「…とか言って明日寝坊したらどうするの」
「その時はその時さ!」
ああ、駄目だ、この子言う事聞いてくれない。全ての片付けが終わるのに一体どれ位時間掛かると思っているんだろう。
確実に一時間じゃあ終わらないって言うのに、既に思考は片付けた後にタイプスリップしてしまっているらしい。こうなったらもう現実に引き戻す事は不可能だろう。
幾度となく見てきたゴーイングマイウェイな彼の姿に、これまた幾度となくしてきた溜め息を盛大に吐いて肩をがくりと落とす。
そろそろ自分も学習した方がいいのかも。じゃないと溜め息とストレスでいつか爆発しちゃいそうだ。色んな意味で。
ぱちりと無駄に格好つけたウィンクを飛ばしているアルフレッドの頬をむに、と掴みながらそんな事を考える。あ、アルフレッドの頬って思ったより柔らかい。
まるでマシュマロみたいだ、などと触り心地に悦を感じつつ掌でちょっと強めにぐにぐにと弄んでいたら、ぺしりと叩かれてしまった。地味に痛い。
「君が話をずらしてどうするんだい!」
「ああごめん、なんか気持ち良かったからつい。って言うかアルフレッドってマシュマロで出来てたりするの?」
「…。俺が国だってこと分かってるよね?」
「うん」
もちろん冗談に決まってるじゃない。何を今更な事を聞いているんだい、アルフレッド君。
私が君に会ってからもう何年経っているとお思いかは知らないけど、これでも結構長い付き合いなんだよ。それ位の事、分かっていて当たり前じゃないか。
まあ、反対に私の事を君がどれくらい知っているかは、敢えて聞かないけどさ。別に知って欲しいとも思ってないし。
でもこんな風に普通に接してくるって事は、気付いていないんだろうね、私が幽霊だって事。この子はそう言う類が大の苦手だから、私がそうだと知っていたら今頃気絶していてもおかしくはない。
その気配が全くないんだから(それ以上にお友達になっているし)、これ以降も彼が気付くかどうかは怪しい所だ。
今年も言うタイミング逃しちゃったし、来年のハロウィンにはちゃんと言ってあげないと。
「ー片付けするんだぞー」
「はーい」
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