第三印象は「食べながら喋んな」
久しぶりに遊びに来たらこの有様。
ああ、軽く現実逃避したくなったけど、面白いからいいや。
「もー!これ以上人の食べ物じゃない物を作りだすのは止めるんだぞ!死人が出たらどうするのさ!」
「んだと!?人が親切で作ってやってるのに何だよその言い方は!お前だって着色料の使い過ぎてペンキ色になった物食ってんじゃねえか!」
「あの洗練されたパーフェクトでハイセンスなお菓子の良さが分からないのかい?君の兵器と一緒にしないでくれよ」
「兵器じゃねえ!」
目の前で起こっている凄まじい程の言い合いに、私は彼等にも聞こえるほど盛大な溜め息を吐いた。
けどその大きな溜め息も彼等の喧嘩の中ではちっぽけなものに過ぎない。実際、彼等の声に見事に溶け込んで跡形も無く消えてしまっているし。
言い争っている内容は私にとって至極どうでも良い事なのだが、目の前の彼等にとっては重大な事のようで、さっきから十数分は同じ話題しか喋っていない。
その言い争いの話題が料理なのだが、言葉の端々に聞こえる単語が料理とは無縁の物ばかりなのはこの際気にしないでおく。じゃないと頭の中で何かが崩壊してしまうからだ。ペンキとか、兵器とか。
理解したくもない言葉の数々に逃げ出してしまいたい衝動に駆られてしまうけど、今私が逃げてしまえばこの喧嘩を止める者が居なくなってしまう。それだけは避けなければならない。
だって誰も止める人が居なかったら、彼等は一日中言い争いを続けるから。昼間はまだいいとしても、一晩中こんな怒鳴り声がしていれば近所迷惑以外の何物でもない。
謝り倒すのはこの人達だとしても、流石に近所の方達に迷惑を掛けるのは友人としてなんとしても止めないと。
「二人ともそろそろやめ」
「そもそもどうすればあんなモザイクが必要な位酷い物体を料理と呼べるんだい?生贄にされた食材が可哀想なんだぞ!」
「別にちょっと焦げただけだろ!」
「焦げただけであんな物体にはならないよ!失敗どころか何か別の物質を生み出してるんじゃないのかい!」
「るせえ馬鹿!お前の砂糖の塊みたいなケーキよりは美味いに決まってんだろ!なあ!」
いやそんな所で同意を求められても困る。正直に言わせてもらうとどっちも美味しくないと思うんだけど。アルフレッドのお菓子は吐きそうな位甘いし、アーサーのは…あー、うん、説明しなくても大体想像は付くだろう。
どう考えてもこいつらの味覚は常人のそれとは一味も二味も違っている。アルフレッドが母国だとしても私はあんな真っ青なケーキはちょっと口には入れたくないなあ。
譲歩してパステルカラーだと思うんだけど。本当に自分が住んでいる国なのに、センスが良く分からない。アーサーも言ってるけど、着色料大丈夫なのかな?
今もテーブルの上に置かれているカラフルなレインボーケーキをフォークでちょん、と突いて私は目を細めた。
いつものマグにはすっかり冷めきってしまっているコーヒーが残っていて、二人がテーブルを叩く度に表面に映っている顔がぐにゃりと歪む。
そろそろ髪伸びてきたかな、また切りに行かないと。でもカットして貰うだけであんなにお金ぼったくられるんだったら自分で切った方がいいと思うんだけどな。まあ、以前やった事があって散々な目に会ったからしないけどさ。
えーっと、それから…他に何かやる事あったっけ?買い物?新しいノートとか本とか必要だっけ?あ、そう言えばこの前出た参考書が気になるから本屋に行かないと。それでついでに近くのカフェでお茶して、友達とお喋りもしたいなあ。
その場合は何か作って行きたいからレシピの本も漁らないと。なにが良いかな?やっぱりクッキーとか摘みやすい物?それともしっかりしたパイとかタルトとか。でも冷たいお菓子でも良いかもしれないなあ、そろそろ暑くなってきてるし。
じゃあ材料も見ないと駄目だなあ。ああ、思い出せば買いたい物が沢山増えていく。今の内にメモして置きたいんだけど、生憎とここにはコーヒーとレインボーケーキ、そして真っ黒な炭しか置いてない。手ぶらで来たのが仇になったか。
炭で文字を書く訳にもいかないし、さっきから焦げた音を立てて禍々しいオーラを漂わせているそれを手にするなんて、私にははっきり言って無理だ。だって、手にした瞬間溶けそうなんだもん、何となく。
アーサーはそれがスコーンだと言い張るんだからびっくりだ。スコーンってこんなに真っ黒じゃあ無いよね?写真で見たのは綺麗な狐色だった気がするんだけど。それともチョコ味なのかしら…なーんて、また現実逃避したくなる。それほどまでに、自称スコーンは黒かった。
ねえ、私コーヒーの黒より黒いスコーンなんて聞いた事ないよ。アルフレッドが兵器だって言うのも頷けてしまう。
結局どっちもどっち、私には理解しがたい物を食べてるんだなあ、と思うしかない。あれ、私どうすればいいんだろう。話が元に戻ってしまってるじゃないか。
うーん、と口をへの字に曲がらせて両肘をテーブルの上に乗せる。掌に顎を乗せて口をむにゃむにゃさせていると、言い争っていた声が急に私の方へと向けられた。
「やっぱりもアーサーの料理は兵器だって思うよね!」
「ぐっ…そっちこそ味覚破壊しかねない料理作ってんじゃねえか!」
「君のは料理以前の問題じゃないか!」
「あー…。もうどっちもどっちで良いんじゃない?」
投げやりにそう呟いたら、二人揃って良くない、と叫ばれた。こんな所は息ぴったりなんだから、余計にめんどくさい。
言い返すネタがそろそろ尽きてきているのか、アーサーの方は若干涙目だったけど(彼の性格からしてここまで貶されると内心凄く凹んでるんだろうな)、アルフレッドの方はまだ言い足りなさそうな顔をしていた。
流石にここで英国紳士様に泣かれると対処に困る。多分泣いて逃げそうな予感はするけど、後日ネガティブな彼を相手にする国の方々が可哀想だ(アルフレッドは気にしないと思うけどさ)。原因が我が国であるなら尚更申し訳無い。
仕方なく私はぽこぽこと頭から湯気を出すアルフレッドを落ち着かせて、アーサーにハンカチを差し出した。
「その辺にしておきなよアルフィちゃん。アーティちゃんが泣きそうだよ」
「「…は」」
コーヒーの入ったカップを口に付けながらそう言うと、アルフレッドもアーサーも目をぱちくりしながら私の方を向いた。
同じ言葉を出したのに、二人の表情はまるで違う。アルフレッドは徐々にしまった、と言う感じに頬が赤くなってきていて、アーサーは流れそうだった涙を引っ込めてちょっとだけ嬉しそうな顔をしていた。何だろう、この反応の違い。
私、そんなにまずい事でも言ったのかな?でも普通に呼んだだけだよね?あだ名で呼んだのがまずかったとか?いや、アルフレッドの方はもう耐性付いてるみたいだし呼んでもこんなに照れてそうな顔はしない筈だ。これじゃあまるで、初めてあだ名で呼んだ時の反応じゃないか。
「…、アルフィちゃん?」
「―っアーサー!君仕事で寄っただけなんだろう?そろそろ帰ったらどうだい!」
「はー…、お前がそう言うなら今日の所は帰ってやるよ。久しぶりに聞いたしな、名前」
「アーサー!!」
によによと口を吊り上げるアーサーにぼっと顔を真っ赤にしたアルフレッドが声を荒げる。けど今日の所は最後の最後でアーサーに軍配が上がったらしい。
二人のやり取りに訳も分からないまま首を傾げていると、アーサーが使わなかったハンカチを私に返してきて、ぽん、と頭を軽く叩かれる。
さんきゅ、と振り返り様に言われて返す言葉に詰まっていたら、またアルフレッドが叫ぶ。もう来なくていいんだぞって怒る言葉と、暴言の数々。もう家の外に消えてしまったアーサーにはきっと聞こえてないんだろうな。
消化しきれない怒りを彼は歯をぎゅっぎゅっと鳴らして落ち着かせようとしているみたいだったが、上手くいかなくて渋い顔になる。
そして大きな音を立てて椅子に座ると、今度は唸りながら私の方を睨みつけてきた。その表情はまるでぷくりと頬を膨らませた子供のようだった。
「、君なんであんな事言ったんだい」
「え?あんな事って…アルフィちゃんってやつ?」
「そうだよ!よりにもよってアーサーに聞かれるなんて…うわあああ、もう明日の会議出たくないんだぞ…絶対からかわれる…」
「あれ、そんなにまずかったんだ。ごめんごめん」
「…そんな顔で謝っても効果無いんだぞ」
じとりと伏せられた目でそう言われ、ちらりとコーヒーに映った顔を見てみたら、口元がつり上がってた。あらいけない、ついうっかり。
口の端を両手でぐにぐにと押さえて再びごめん、と謝る。アルフレッドはまだじっとこちらを見つめていたけど、テーブルに投げ出された腕を交差させて蹲るように顔を伏せた。
はあ、とくぐもった声で聞こえた吐息が耳を通り抜けて行く。そこまで落ち込む事なのかな、私が言った事って。だっていつもからかってるじゃない、アルフィちゃんってさ。
大丈夫?と首を傾げて腕を叩いてみるけど反応はそれほど良くなくて、籠った声でうー、と聞こえただけだった。
「そんなにアーサーに聞かれちゃまずかったの?」
「…まあね」
「どうして?よく使うあだ名じゃなかったっけ、アルフィちゃんって」
私は片肘を付いてそう問い掛けると、アルフレッドはずれた眼鏡を外して目を押さえる。彼が眼鏡を外したのを見るのは数回目だったから、裸眼のアルフレッドに少しだけ違和感を感じる。
アルフレッドも眼鏡が無ければ幼い顔立ちをしていて、下手したら私より年下に見えそうだった。中身は一回りじゃ比べものにならない位彼の方が年上なんだけどね。
眼鏡のフレームを弄る姿はその辺に居るティーンと然程変わりない。けど、その辺のティーンよりも多くの事を学んで、経験してきてる。
見た目じゃ分からない様々な歴史を抱え込んで、この人は、アメリカと言う国は日々成長してるんだろうな。もちろん、今この状態も。
不機嫌そうな彼の姿からは想像もつかないや。ぷくりと膨らむ頬を人差し指で押してみたら、空気の抜ける音と共にもちもちの肌に指が沈んでく。
アルフレッドは目を細めて眼鏡を掛け直すと、私の手を払い除けて残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「そのあだ名は、俺が小さい頃にアーサーが使ってたんだ。俺を呼ぶ時にさ」
「あー…だからあの人あんなに嬉しそうな顔してたのかあ」
「そうなんだぞー。が初めて呼んだ時は驚きと恥ずかしさで逃げたかったんだぞ!」
頭をくしゃくしゃと掻き毟ってアルフレッドはまた一つぽこ、と湯気を出す。でもこれ以上怒ったとしても遅いと分かっているからか、直ぐに声のトーンは落ちていく。
本当にアーサーにはばれたくなかったんだろうな。そりゃあ誰だって封じ込めたい黒歴史の一つや二つあるものだし。え、私?私のはまあ、横に置いといて。
そんな黒歴史をこんな形で掘り返してしまったんだから、もう穴があったら入りたい状態なんだろう。今もまだあーとか、うーとか唸ってるし。
しかもばらした本人は悪気があった訳じゃないから余計に心の中がもやもやしてるんだろうな。ああ、漸く自分のした事が彼にとってどれだけ重大なのか分かってきたかも。
もう一度ぽつりとごめんと呟いて、今度は一緒に頭も下げる。その反応にびっくりしたのか、アルフレッドは首を振ってもう良いんだぞ、と苦笑した。
そしてしゅん、と肩を落とした私の頭をよしよしと撫でてぱちりとウィンクする。レンズ越しのスカイブルーは今日もきらきら輝いていた。
「謝らなくて良いから、今後はそのアルフィちゃんってのを止めて欲しいんだぞ!」
「えっ…。それは…まあ…うん。…努力はする」
「その間が果てしなく不安なんだぞ」
いやだって、ねえ。あんな反応されたら止めたくないじゃない?だからこれからもよろしくお願い、アルフィちゃん!
ああ、軽く現実逃避したくなったけど、面白いからいいや。
「もー!これ以上人の食べ物じゃない物を作りだすのは止めるんだぞ!死人が出たらどうするのさ!」
「んだと!?人が親切で作ってやってるのに何だよその言い方は!お前だって着色料の使い過ぎてペンキ色になった物食ってんじゃねえか!」
「あの洗練されたパーフェクトでハイセンスなお菓子の良さが分からないのかい?君の兵器と一緒にしないでくれよ」
「兵器じゃねえ!」
目の前で起こっている凄まじい程の言い合いに、私は彼等にも聞こえるほど盛大な溜め息を吐いた。
けどその大きな溜め息も彼等の喧嘩の中ではちっぽけなものに過ぎない。実際、彼等の声に見事に溶け込んで跡形も無く消えてしまっているし。
言い争っている内容は私にとって至極どうでも良い事なのだが、目の前の彼等にとっては重大な事のようで、さっきから十数分は同じ話題しか喋っていない。
その言い争いの話題が料理なのだが、言葉の端々に聞こえる単語が料理とは無縁の物ばかりなのはこの際気にしないでおく。じゃないと頭の中で何かが崩壊してしまうからだ。ペンキとか、兵器とか。
理解したくもない言葉の数々に逃げ出してしまいたい衝動に駆られてしまうけど、今私が逃げてしまえばこの喧嘩を止める者が居なくなってしまう。それだけは避けなければならない。
だって誰も止める人が居なかったら、彼等は一日中言い争いを続けるから。昼間はまだいいとしても、一晩中こんな怒鳴り声がしていれば近所迷惑以外の何物でもない。
謝り倒すのはこの人達だとしても、流石に近所の方達に迷惑を掛けるのは友人としてなんとしても止めないと。
「二人ともそろそろやめ」
「そもそもどうすればあんなモザイクが必要な位酷い物体を料理と呼べるんだい?生贄にされた食材が可哀想なんだぞ!」
「別にちょっと焦げただけだろ!」
「焦げただけであんな物体にはならないよ!失敗どころか何か別の物質を生み出してるんじゃないのかい!」
「るせえ馬鹿!お前の砂糖の塊みたいなケーキよりは美味いに決まってんだろ!なあ!」
いやそんな所で同意を求められても困る。正直に言わせてもらうとどっちも美味しくないと思うんだけど。アルフレッドのお菓子は吐きそうな位甘いし、アーサーのは…あー、うん、説明しなくても大体想像は付くだろう。
どう考えてもこいつらの味覚は常人のそれとは一味も二味も違っている。アルフレッドが母国だとしても私はあんな真っ青なケーキはちょっと口には入れたくないなあ。
譲歩してパステルカラーだと思うんだけど。本当に自分が住んでいる国なのに、センスが良く分からない。アーサーも言ってるけど、着色料大丈夫なのかな?
今もテーブルの上に置かれているカラフルなレインボーケーキをフォークでちょん、と突いて私は目を細めた。
いつものマグにはすっかり冷めきってしまっているコーヒーが残っていて、二人がテーブルを叩く度に表面に映っている顔がぐにゃりと歪む。
そろそろ髪伸びてきたかな、また切りに行かないと。でもカットして貰うだけであんなにお金ぼったくられるんだったら自分で切った方がいいと思うんだけどな。まあ、以前やった事があって散々な目に会ったからしないけどさ。
えーっと、それから…他に何かやる事あったっけ?買い物?新しいノートとか本とか必要だっけ?あ、そう言えばこの前出た参考書が気になるから本屋に行かないと。それでついでに近くのカフェでお茶して、友達とお喋りもしたいなあ。
その場合は何か作って行きたいからレシピの本も漁らないと。なにが良いかな?やっぱりクッキーとか摘みやすい物?それともしっかりしたパイとかタルトとか。でも冷たいお菓子でも良いかもしれないなあ、そろそろ暑くなってきてるし。
じゃあ材料も見ないと駄目だなあ。ああ、思い出せば買いたい物が沢山増えていく。今の内にメモして置きたいんだけど、生憎とここにはコーヒーとレインボーケーキ、そして真っ黒な炭しか置いてない。手ぶらで来たのが仇になったか。
炭で文字を書く訳にもいかないし、さっきから焦げた音を立てて禍々しいオーラを漂わせているそれを手にするなんて、私にははっきり言って無理だ。だって、手にした瞬間溶けそうなんだもん、何となく。
アーサーはそれがスコーンだと言い張るんだからびっくりだ。スコーンってこんなに真っ黒じゃあ無いよね?写真で見たのは綺麗な狐色だった気がするんだけど。それともチョコ味なのかしら…なーんて、また現実逃避したくなる。それほどまでに、自称スコーンは黒かった。
ねえ、私コーヒーの黒より黒いスコーンなんて聞いた事ないよ。アルフレッドが兵器だって言うのも頷けてしまう。
結局どっちもどっち、私には理解しがたい物を食べてるんだなあ、と思うしかない。あれ、私どうすればいいんだろう。話が元に戻ってしまってるじゃないか。
うーん、と口をへの字に曲がらせて両肘をテーブルの上に乗せる。掌に顎を乗せて口をむにゃむにゃさせていると、言い争っていた声が急に私の方へと向けられた。
「やっぱりもアーサーの料理は兵器だって思うよね!」
「ぐっ…そっちこそ味覚破壊しかねない料理作ってんじゃねえか!」
「君のは料理以前の問題じゃないか!」
「あー…。もうどっちもどっちで良いんじゃない?」
投げやりにそう呟いたら、二人揃って良くない、と叫ばれた。こんな所は息ぴったりなんだから、余計にめんどくさい。
言い返すネタがそろそろ尽きてきているのか、アーサーの方は若干涙目だったけど(彼の性格からしてここまで貶されると内心凄く凹んでるんだろうな)、アルフレッドの方はまだ言い足りなさそうな顔をしていた。
流石にここで英国紳士様に泣かれると対処に困る。多分泣いて逃げそうな予感はするけど、後日ネガティブな彼を相手にする国の方々が可哀想だ(アルフレッドは気にしないと思うけどさ)。原因が我が国であるなら尚更申し訳無い。
仕方なく私はぽこぽこと頭から湯気を出すアルフレッドを落ち着かせて、アーサーにハンカチを差し出した。
「その辺にしておきなよアルフィちゃん。アーティちゃんが泣きそうだよ」
「「…は」」
コーヒーの入ったカップを口に付けながらそう言うと、アルフレッドもアーサーも目をぱちくりしながら私の方を向いた。
同じ言葉を出したのに、二人の表情はまるで違う。アルフレッドは徐々にしまった、と言う感じに頬が赤くなってきていて、アーサーは流れそうだった涙を引っ込めてちょっとだけ嬉しそうな顔をしていた。何だろう、この反応の違い。
私、そんなにまずい事でも言ったのかな?でも普通に呼んだだけだよね?あだ名で呼んだのがまずかったとか?いや、アルフレッドの方はもう耐性付いてるみたいだし呼んでもこんなに照れてそうな顔はしない筈だ。これじゃあまるで、初めてあだ名で呼んだ時の反応じゃないか。
「…、アルフィちゃん?」
「―っアーサー!君仕事で寄っただけなんだろう?そろそろ帰ったらどうだい!」
「はー…、お前がそう言うなら今日の所は帰ってやるよ。久しぶりに聞いたしな、名前」
「アーサー!!」
によによと口を吊り上げるアーサーにぼっと顔を真っ赤にしたアルフレッドが声を荒げる。けど今日の所は最後の最後でアーサーに軍配が上がったらしい。
二人のやり取りに訳も分からないまま首を傾げていると、アーサーが使わなかったハンカチを私に返してきて、ぽん、と頭を軽く叩かれる。
さんきゅ、と振り返り様に言われて返す言葉に詰まっていたら、またアルフレッドが叫ぶ。もう来なくていいんだぞって怒る言葉と、暴言の数々。もう家の外に消えてしまったアーサーにはきっと聞こえてないんだろうな。
消化しきれない怒りを彼は歯をぎゅっぎゅっと鳴らして落ち着かせようとしているみたいだったが、上手くいかなくて渋い顔になる。
そして大きな音を立てて椅子に座ると、今度は唸りながら私の方を睨みつけてきた。その表情はまるでぷくりと頬を膨らませた子供のようだった。
「、君なんであんな事言ったんだい」
「え?あんな事って…アルフィちゃんってやつ?」
「そうだよ!よりにもよってアーサーに聞かれるなんて…うわあああ、もう明日の会議出たくないんだぞ…絶対からかわれる…」
「あれ、そんなにまずかったんだ。ごめんごめん」
「…そんな顔で謝っても効果無いんだぞ」
じとりと伏せられた目でそう言われ、ちらりとコーヒーに映った顔を見てみたら、口元がつり上がってた。あらいけない、ついうっかり。
口の端を両手でぐにぐにと押さえて再びごめん、と謝る。アルフレッドはまだじっとこちらを見つめていたけど、テーブルに投げ出された腕を交差させて蹲るように顔を伏せた。
はあ、とくぐもった声で聞こえた吐息が耳を通り抜けて行く。そこまで落ち込む事なのかな、私が言った事って。だっていつもからかってるじゃない、アルフィちゃんってさ。
大丈夫?と首を傾げて腕を叩いてみるけど反応はそれほど良くなくて、籠った声でうー、と聞こえただけだった。
「そんなにアーサーに聞かれちゃまずかったの?」
「…まあね」
「どうして?よく使うあだ名じゃなかったっけ、アルフィちゃんって」
私は片肘を付いてそう問い掛けると、アルフレッドはずれた眼鏡を外して目を押さえる。彼が眼鏡を外したのを見るのは数回目だったから、裸眼のアルフレッドに少しだけ違和感を感じる。
アルフレッドも眼鏡が無ければ幼い顔立ちをしていて、下手したら私より年下に見えそうだった。中身は一回りじゃ比べものにならない位彼の方が年上なんだけどね。
眼鏡のフレームを弄る姿はその辺に居るティーンと然程変わりない。けど、その辺のティーンよりも多くの事を学んで、経験してきてる。
見た目じゃ分からない様々な歴史を抱え込んで、この人は、アメリカと言う国は日々成長してるんだろうな。もちろん、今この状態も。
不機嫌そうな彼の姿からは想像もつかないや。ぷくりと膨らむ頬を人差し指で押してみたら、空気の抜ける音と共にもちもちの肌に指が沈んでく。
アルフレッドは目を細めて眼鏡を掛け直すと、私の手を払い除けて残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「そのあだ名は、俺が小さい頃にアーサーが使ってたんだ。俺を呼ぶ時にさ」
「あー…だからあの人あんなに嬉しそうな顔してたのかあ」
「そうなんだぞー。が初めて呼んだ時は驚きと恥ずかしさで逃げたかったんだぞ!」
頭をくしゃくしゃと掻き毟ってアルフレッドはまた一つぽこ、と湯気を出す。でもこれ以上怒ったとしても遅いと分かっているからか、直ぐに声のトーンは落ちていく。
本当にアーサーにはばれたくなかったんだろうな。そりゃあ誰だって封じ込めたい黒歴史の一つや二つあるものだし。え、私?私のはまあ、横に置いといて。
そんな黒歴史をこんな形で掘り返してしまったんだから、もう穴があったら入りたい状態なんだろう。今もまだあーとか、うーとか唸ってるし。
しかもばらした本人は悪気があった訳じゃないから余計に心の中がもやもやしてるんだろうな。ああ、漸く自分のした事が彼にとってどれだけ重大なのか分かってきたかも。
もう一度ぽつりとごめんと呟いて、今度は一緒に頭も下げる。その反応にびっくりしたのか、アルフレッドは首を振ってもう良いんだぞ、と苦笑した。
そしてしゅん、と肩を落とした私の頭をよしよしと撫でてぱちりとウィンクする。レンズ越しのスカイブルーは今日もきらきら輝いていた。
「謝らなくて良いから、今後はそのアルフィちゃんってのを止めて欲しいんだぞ!」
「えっ…。それは…まあ…うん。…努力はする」
「その間が果てしなく不安なんだぞ」
いやだって、ねえ。あんな反応されたら止めたくないじゃない?だからこれからもよろしくお願い、アルフィちゃん!
HOME
次からアーサーさんにもからかうようにアーティちゃん呼ばわりする夢主ちゃん。
リクエストありがとうございました!羽風様のみ転載可。
[2010.03.22]
リクエストありがとうございました!羽風様のみ転載可。
[2010.03.22]