H*Fから少女Aへ

「派閥戦?」
「そう、ギルド戦みたいな感じなんだけど僕達だけでやろうと思って。一人足りないんだ」
「それで…私ですか?」

 早速今日も今日とてゲームにログインして狩りでもしてLv上げようかな、と思ってた所に、イヴァンさんが内緒チャットで話しかけてくれた。
 ログインして間もない発言に少しびっくりしたけれど(あんまりログイン直後に挨拶とかされなかったし)、文面には出さずにいつものテンションで返事をする。
 派閥戦と言うのはキャラクターを作成する時に「東」か「西」、どちらかを選んでやる、籠城戦や大規模なプレイヤー同士の戦いの事を言う。
 ギルド戦とは違って安易に対立する派閥の方へ乗り換える事が出来ないので、キャラを作成する時に悩む一つの要素でもある。
 けど派閥戦をしない人達にとってはどうでも良い要素であり、適当に決める人も多い。東西どちらを選んでも優劣は存在しないので、知り合いと一緒の派閥に属したい!と言う人など以外はどちらに属しても構わないのだ。
 その代わり、対立する派閥に属してしまえば派閥戦では敵となる為、お互いを潰し合う戦いをする事になる。それを楽しんでわざと別々の派閥に所属する人も居るけれど。
 あ、ギルドと言うのは派閥よりも小さい小規模なグループと言った方が良いかなあ。ギルドには一人のギルドマスター、それに幹部が何人かとギルドメンバーが何人かが入るのが一般的。
 このゲームはあまり簡単にギルドを作る事が出来ないけれど、それもお金を出せばギルドマスター一人だけと言う寂しいギルドを作成する事も可能だったりする。
 私は将来自分のギルドを作って殴り魔布教を目指したいと思っているけれど、メンバーが居なければ上記の悲しいギルドになってしまうので今は地道に広報活動中だ。
 ギルド戦はそのグループ同士を戦わせるPvのグループ戦みたいな感じだ。Pvは自分以外全てが敵だけど、ギルド戦(以下Gv)は自分が入っているギルドじゃないギルドに所属しているキャラが敵になる。
 そしてGvをもっと大規模にしたものが派閥戦、と言う訳である。説明が難しいので分からない人は頑張って検索するか実戦してみると良いかもしれないよ!

 イヴァンさんはそんな派閥戦に誘ってくれたのだが、私はどうしようか答えに困っていた。
 派閥戦なんて、今まで全くと言っていいほど縁が無かったのだ。だからどうやって戦えばいいのか、分からない。
 プレイヤー同士の戦いと言うのはいつものダンジョンでの狩りとは違って相手も意思を持っている事が難点だ。相手も考えて戦って、どうやったら敵を多く倒せるか作戦を練っている。
 アルフレッドさん達と行ったダンジョンでのあのカオスな作戦では勝つ事は不可能だろう。ちゃんと作戦を練って、どのキャラから潰すかを考える。
 更にプレイヤー自身の操作、つまりプレイヤースキルも戦いの中では重要になってくる。下手な操作をしていると直ぐに倒されて負けてしまうし、上手なプレイをしていれば倒される事はほとんどない。
 私はそのプレイヤースキルと言うものがまだまだ未熟だ。Pvをした事が無い為、どの職業がどの職業に弱く、どのスキルを使えば倒す事が出来るのか全然把握できてない。
 何となく各職業の特徴は分かるけれど、それがPvに活かせるかと問われると答えはNoだ。自分の職業とそれに近い職業しか使えるスキルの詳細とか分かってないし。
 だから、派閥戦に参加しても足手纏いになるんじゃないかと、不安になる。でもイヴァンさんは軽い気持ちで参加していいよ、といつもの顔文字を付けて安心させてくれた。

「人数合わせと言ったらそれまでなんだけど、相手にも初めて派閥戦する子が居るから大丈夫だよ」
「はぁ…でも真っ先に倒されそうな気がするんですけど…戦い方分からないですし」
「んーとりあえず周りのHPを絶やさずに回復すればいいんじゃないかな?僕だけじゃ判断出来ないから何とも言えないなー」

 でもさんならダンジョンでの立ち周りも上手だからきっと平気だと思うよ、そうフォローも入れてくれるイヴァンさんは本当に優しい人だと思う。
 戦い方はとても豪快でイメージ的に怖いけれど、話してみればそれほどでもない。むしろもどきとは言え殴り魔の同士とも呼べる存在なのでアドバイスもしてくれる位だ。
 その恩恵に感謝して画面の外で何度もお辞儀をした。私にとってイヴァンさんは同士であり、一つの目標なのかもしれないなあ。

「一緒にいける?」
「うーん…出来る限り頑張ってみます。けどあんまり期待はしないで下さい…」
「わあい、期待してるね」
「うううー」


 準備が出来たらここに来てね、と待ち合わせ場所に指定された派閥の待合室に向かうと、結構な数の人が好きな場所に陣取って談笑しているようだった。
 待合室に来るのは久しぶりだったので、意外と人が居た事にびっくりして転送された場所から数秒程動く事が出来なかった。
 でもその中から見知った顔を探すのは簡単だったらしく、ぐるりとマップを見回してみると直ぐにその人影を見つける事が出来た。

「こんばんわ、お待たせしました」
「あ、やあ。ちょっと待ってね、誘うから」

 いつもの暖かそうなマフラーを巻いたイヴァンさんは待ってましたとばかりにこちらに手を振るエモをする。
 私もお返しに同じエモをしていると、直ぐにパーティ招待のダイアログが表示された。
 パーティリーダーの名前はイヴァンさんだったけれど、そのLvは初めて会った時から一つ上がって51になっていた。そんな、いつの間に。
 もうすぐ同じLvになれると思ってたのに先を越されてしまった。くそう、後30%位でLv上がるのに…うう。

 【イヴァン、菊、耀、香のパーティに参加しました】

 ダイアログのボタンを押してシステムログが表示されて、あれ、と首を傾げる。
 なんか、見た事あるような名前が…、気の所為かな?いや、でも同じ名前のキャラクターは作成不可能だから、気の所為なんかじゃない、筈。
 イヴァンさんと耀さんの組み合わせは分かる。ダンジョンで一緒にパーティを組んだから。
 耀さんと香さんの組み合わせも先日耀さんが香さんを紹介してくれたから、香さんが居ても特におかしくはない。
 でも、菊さんは?私が知っている菊さんは確かフィールドでパーティを誘ってくれて、一緒にダンジョンに行ってくれた方だ。あの時菊さんと一緒にパーティを組んでいたのはLv1のフェリシアーノさんと、クルセイダーのルートヴィッヒさんだった筈。
 イヴァンさん達と繋がらない。繋がるのは私だけの筈だ。なのになんで私より先にパーティに入っているんだろう?
 だってまさか、イヴァンさん達と菊さんは知り合いだったなんて、そんな話がある訳…ある訳…。

「おや?さんじゃないですか。皆さんが言っていた方は貴方だったのですね」
「おおおひさしぶりです…どうして菊さんがイヴァンさん達と?」
「ああ、知り合いなんです。それにしても偶然ですね、びっくりしました」

 偶然で片付けられる菊さんが羨ましいです本当に。私なんかちょっぴり運命感じちゃいましたよ!だって菊さん達と出会ってからそれ程時間が経たずにアーサーさんと出会ってそして皆さんと出会ったんですから!これを運命と言わずなんと言えと(あ、偶然か)!
 まさかの再会にキーボードを打つ手が震えて上手く文章が打てない。だって、今までこんな事無かったから。こんな再会の仕方なんて初めてだったから。ああまだ心臓がどきどきしてる。
 耀さんが菊さんに私の事を聞いていたけど、ログを辿るのもままならない。ぶるぶる震える手を深呼吸で落ち着かせて、ばっと少しの間だけパソコンから離れて自分のベッドの中に頭だけ潜り込ませる。
 すーはー、すーはー、目を閉じて深呼吸を三回。掛け布団が重くてちょっと息苦しかったけど仕方ない。布団を上から叩いて声を漏れさせないように隙間を閉じる。そして、叫ぶ。

(これなんて運命!おっひゃああああ!もう本当にびっくりした!びっくりした!うわああああ)

 両手をばたばたさせて額をシーツへぐりぐり。叫び終わるとばさりと大きな音を立てて掛け布団を退ける。勢い良く頭を突っ込んだので髪の毛がぼさぼさになってしまっていたけど手櫛で整えるだけにしといた。
 そして無言のまま何事も無かったかのようにパソコンの前に戻る。この間二分弱。うん、今日はちょっと長かった。
 …時々無性に叫びたくなる私はこうして近所迷惑にならないように布団の中で叫ぶ事が多い。これだと最小限に声を抑えれるし、外に向かって叫んでないので何を言っているのか聞き取られる可能性も低い(両親に聞かれる可能性は大いにあるけど)。
 初めて叫んでいる所を見られて両親に本気で頭の心配された時は恥ずかしくて現実逃避したくなったのは良い思い出だな…あ、また話ずれてる。
 私が叫んでいる間に耀さんと菊さんの会話は終わっていたようで、皆でぽつぽつと雑談をしているみたいだった。私も遅れながらその会話に相槌を打って、そこで漸くパーティの簡易ステータスをじっくりと見る事が出来た。
 イヴァンさんはさっきも見た通り、Lvが51になってMPがまた前より増えているみたいだった。彼の辞書にはきっとMPの枯渇と言う文字は無いんだと思う。
 菊さんのLvは前見た時より二つ上がってLv53になっていた。見た目もちょっと変わっていたので装備も変えたんだろうな、きっと。
 耀さんは今週中に三次転職すると意気込んでいたらしく、現在はその目標も達成してアサシンに転職したてのLv40になっていた。
 香さんはLvは変わっていないけど前とステータスが大幅に変わっている事に気付く。ちらりと装備を見せてもらうと、アクセサリーがレア装備に変わっていた。
 話を聞くと、菊さんから譲ってもらったらしく、今まで付けていた装備も菊さんから貰ったものみたいだった。そっか、職業が同じ回復職だから装備の使い回しがしやすいんだろうな。

「それにしても…このメンバーで戦うんですか?」
「うん。僕達だけでやるから凄い偏ってるけどねー」
「回復三人とかマジぱねぇっス」

 香さんがそう言うと、耀さんがあからさまに疲れた様子で、我の方が不安あるよ、と呟いた。そうだ、このパーティの中で前衛らしい前衛ははっきり言ってアサシンの耀さんだけだ。
 私は回復に回るつもりだし、イヴァンさんは殴っても強いけど前衛をするより後衛で魔法を撃っていた方が強いから盾はしないだろう。
 と言う事は耀さんがこちら側の盾役になって真っ先に相手に特攻していく事になるのだ。アサシンは前衛としても活躍は出来るけどそれ程防御力が高い訳でも無いからきっと大変だと思う。
 けどそれを全面的にサポートするのが私や菊さんと香さんの回復職だ。三人も居ればきっと全滅は免れ…るのかなあ。
 火力がイヴァンさん一人と言うのが凄く不安なのだが、もう決まった事だから諦めるしかない。ダークロードは魔法職では一番火力があるから頑張って貰おう。

「それで、西側の相手はどなた方なんですか?」
「ん?いつものアルフレッド君とアーサー君とフランシス君だよ」
「…あとフェリシアーノ君とルートヴィッヒさんがあちら側ですね」
「まあ何となく予想は出来ましたけど…あっちもあっちで偏ってますね…」

 こちら東側が回復職多めで前衛、そして火力不足なら、西側であるアルフレッドさん達は火力と前衛多めの回復職不足、と言う事なんだろう。
 でもあっちには桁違いの破壊力を持つアルフレッドさんと、鉄壁の守りを持つルートヴィッヒさんが居る。回復が居なくてもごり押しされたらこちらの全滅は目に見えているだろう。
 あれ、これってどう見ても東側不利じゃない?大丈夫かな、この戦い。
 そう心の中で呟いて、近い未来に訪れるであろうカオスな状況に早くも遠くの方を見たくなったのは、もちろん言うまでもない。

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イヴァンさんが南下してきそうなパーティですね。

[2009.12.27]