ローデリヒさんと、
上司に渡された真っ白な封筒の中には、薄い紙切れが一枚入っていた。
光沢のあるその紙にはドイツ語で文字が書かれており、端の方が点線で切り離しが出来るようになっている。
なんでもローデリヒさんがクラシックコンサートに呼んで下さったらしい。
上司の話によると菊さんも呼んだみたいですが、どうやら用事があっていけないと言っていたらしい。…ああ、そう言えばそろそろ締切か。
菊さんの脱稿を祈りつつ、私はチケットを握り締めて悩んでいた。
「むぅ…」
上司に取次ぎしている以上、断る訳にもいかない。むしろクラシックの本場であるローデリヒさんの所のコンサートは一度行ってみたかった位だ。
なので快諾したのだが…少々問題が出来てしまった。
チケットに書いてある劇場をネットで調べていると、有名な劇場で造りも歳月も最高峰と呼ばれる位の場所だった。
そんな所に私みたいな一般人が行ってもいいのだろうか、と思う位に、劇場内の画像はどれも豪華。
入った事の無いような煌びやかなホールは、いつもお邪魔している各国のお家とはまた違った雰囲気を出していた。
そんな高貴な場所に地味な服しか持っていない、挙句いつもの服が軍服な私が行くとはどう見ても場違いな気がする。
どんな服で行けばいいのだろうか。ドレス?でもそんなものある訳がない。あったとしてもスーツ位…しかも何年も袖通ししていないものだし。
しかもコンサートの日付は明日と記されているので、悠長にしてはいられない。
ぐるぐると狭い部屋の中を行ったり来たりして、私はどうしたものかと悩んだ。
「…仕方ない、本人に聞いてみるか」
思い立ったら即行動に移さなければ。時間はもう無いのだから。
近くにあった受話器を手にし、ボタンを数回押す。
出てくれるのか些か不安なのだが、今まで不在だった一回を除いて出てくれたのだ、きっと出てくれるはず。
呼び出しの電子音が受話器から数回鳴り響いたあとに、ぷつりと音がして相手との繋がりが出来た事を知らせてくれる。
『…もしもし、どちら様ですか』
「あ、ローデリヒさん。朝早くにすみません、です」
『ああ…ですか、どうかしたのですか?』
受話器の奥から聞こえる声はいつものはっきりとした声では無くて、少し眠たそうな声だった。
それもその筈、ローデリヒさんの居る場所と私の居る国では半日以上の時差が存在している。
日本では今夕方に差し掛かろうとしているけれど、ローデリヒさんが居るオーストリアではまだ朝方だ。
やっぱりもう少しあとの時間にすれば良かったかなぁと罪悪感を抱きつつ(でも時間が無いのだから許して下さいローデリヒさん)、口を開いた。
「眠たそうですけど…起こしましたか?」
『構いませんよ。貴方が連絡を寄こすなんて只事では無いですし、そんな時に寝ていられません』
「…いえ…それほど大事では無いんですけど。えと、コンサート呼んで下さってありがとうございます」
『ああ…前々から行きたいとおっしゃっていたでしょう。是非楽しんでください』
「もちろんです。…で、それでですね」
ごにょごにょとさっきまで悩んでいた事を簡潔に伝える。
何を着ていけばいいのか、あんまり高そうな服が無いのでどうしようか、いっそ軍服のまま行っちゃう?とか。
全て伝え終わった後に返答を待とうと少し時間を置こうとしたが、意外にも回答はあっさりと返ってきた。
『女性が軍服のままだなんて私が許しませんよ』
「…まあそんな感じの答えが返ってくるとは思いました」
『服はこちらで何とかしますから、貴方は今すぐこちらにおいでなさい』
「え?でも私サイズとか」
『そこも何とかしますから、良いですね!』
「は、いやあの…。…、切れた」
何とかするとは言われても、…なんとか出来るのだろうか?
服のサイズとかローデリヒさんに教えた事なんて無いし、男性が女性の服を用意するなんて…ましてやローデリヒさんが…想像出来ない…。
内心本当に大丈夫なのだろうかと心配しつつ、言われた通りに出発の準備をする。
…今すぐと言われたし、飛行機で行くよりはアルさんの戦闘機で行った方が良いんだろうな。
そうして結局袖を通すのは、いつもの軍服だった。
「…で、全速力できたんですけども」
「おや、早かったですね」
「…少しだけローデリヒさんのくるんを引っこ抜きたくなりました」
「マリアツェルは触らせませんよ」
ならのんびりティータイムを楽しむなこの貴族め。私は息切れを起こしつつ戦闘機かっ飛ばしてきたと言うのに。
移動だけでもかなりの時間を要する距離なので内心もうヘトヘトだ。
日本に居ればもう日付も変わりつつある時間だし、その間なにも口にしていないとあってお腹も空いている。
毎日こんな状態なのでいつでも何処でも寝れるようにはなったのだが、全く寝ない事はない。なので眠気も大分ある。
そんな私を尻目に優雅に寛ぐ貴族様。これはもうマリアツェルを引っこ抜く以外に選択肢があるものか!
「疲れているのでしょう、部屋は空けてますのでさっさと寝てきなさい」
「疲れてますけどくるん引っこ抜くまで寝れません」
「…貴方って人は…、変な所で強情ですね」
「…そうさせてるのはローデリヒさんかと思われるんですけど」
ぼそりと呟いた言葉は彼には届かなかったのか(はたまた無視したのか)、ローデリヒさんはこくりとティーカップの中身を飲んだ。
きっと中身はコーヒーなんだろうな。だってローデリヒさんとこの女帝さんの名前が付いた淹れ方だってあるんだし。
一度その淹れ方もしてみたいものだけど、やはり私は紅茶派なので自分で淹れる事は当分ない。
ああでも眠気覚ましに今すぐ飲んでみたい…けどコーヒーの苦味は嫌いです…それだったら紅茶飲みた…い。
「…ぅー」
「こら、そんな所で寝ると風邪引きますよ」
「もう頭がぼんやりしてます…。風邪ひいても…いい…寝る」
「…このお馬鹿さんが」
ふらふらとローデリヒさんが座っている対面のソファを丸々陣取って私はクッションを抱いて横になった。
流石貴族様のお家、ソファの寝心地もふかふかでたまらなく気持ち良い。
一度寝転んでしまえばもうあとは寝る以外に出来る事はなく、とろんとした目を閉じて闇の世界に身を委ねた。
そして数秒もせずに、ぷすーと気持ち良さそうに寝る女性がそこには居るのである。
「ローデリヒさん、ちゃんの服持って…あら」
「エリザ、お静かに」
「…ちゃん寝てるんですか?」
部屋の扉をノックした女性がひょこりと顔を出した。
ブロンドの長髪に軽くウェーブが掛かり、頭の片方に付いている花飾りが可愛らしいその女性が手に持っているのは彼女にとっては少し小さめのシンプルなドレスだった。
彼女の趣味なのか、はたまたローデリヒの趣味なのか、胸元に付けられたリボンが印象的だった。
エリザと呼ばれた女性は未だに眠っているソファの住人に歩み寄り、その頭をゆっくりと撫でる。
「明日は可愛くしてあげなくちゃね」
「あまり張り切りすぎないようにお願いします」
「…頑張ります」
光沢のあるその紙にはドイツ語で文字が書かれており、端の方が点線で切り離しが出来るようになっている。
なんでもローデリヒさんがクラシックコンサートに呼んで下さったらしい。
上司の話によると菊さんも呼んだみたいですが、どうやら用事があっていけないと言っていたらしい。…ああ、そう言えばそろそろ締切か。
菊さんの脱稿を祈りつつ、私はチケットを握り締めて悩んでいた。
「むぅ…」
上司に取次ぎしている以上、断る訳にもいかない。むしろクラシックの本場であるローデリヒさんの所のコンサートは一度行ってみたかった位だ。
なので快諾したのだが…少々問題が出来てしまった。
チケットに書いてある劇場をネットで調べていると、有名な劇場で造りも歳月も最高峰と呼ばれる位の場所だった。
そんな所に私みたいな一般人が行ってもいいのだろうか、と思う位に、劇場内の画像はどれも豪華。
入った事の無いような煌びやかなホールは、いつもお邪魔している各国のお家とはまた違った雰囲気を出していた。
そんな高貴な場所に地味な服しか持っていない、挙句いつもの服が軍服な私が行くとはどう見ても場違いな気がする。
どんな服で行けばいいのだろうか。ドレス?でもそんなものある訳がない。あったとしてもスーツ位…しかも何年も袖通ししていないものだし。
しかもコンサートの日付は明日と記されているので、悠長にしてはいられない。
ぐるぐると狭い部屋の中を行ったり来たりして、私はどうしたものかと悩んだ。
「…仕方ない、本人に聞いてみるか」
思い立ったら即行動に移さなければ。時間はもう無いのだから。
近くにあった受話器を手にし、ボタンを数回押す。
出てくれるのか些か不安なのだが、今まで不在だった一回を除いて出てくれたのだ、きっと出てくれるはず。
呼び出しの電子音が受話器から数回鳴り響いたあとに、ぷつりと音がして相手との繋がりが出来た事を知らせてくれる。
『…もしもし、どちら様ですか』
「あ、ローデリヒさん。朝早くにすみません、です」
『ああ…ですか、どうかしたのですか?』
受話器の奥から聞こえる声はいつものはっきりとした声では無くて、少し眠たそうな声だった。
それもその筈、ローデリヒさんの居る場所と私の居る国では半日以上の時差が存在している。
日本では今夕方に差し掛かろうとしているけれど、ローデリヒさんが居るオーストリアではまだ朝方だ。
やっぱりもう少しあとの時間にすれば良かったかなぁと罪悪感を抱きつつ(でも時間が無いのだから許して下さいローデリヒさん)、口を開いた。
「眠たそうですけど…起こしましたか?」
『構いませんよ。貴方が連絡を寄こすなんて只事では無いですし、そんな時に寝ていられません』
「…いえ…それほど大事では無いんですけど。えと、コンサート呼んで下さってありがとうございます」
『ああ…前々から行きたいとおっしゃっていたでしょう。是非楽しんでください』
「もちろんです。…で、それでですね」
ごにょごにょとさっきまで悩んでいた事を簡潔に伝える。
何を着ていけばいいのか、あんまり高そうな服が無いのでどうしようか、いっそ軍服のまま行っちゃう?とか。
全て伝え終わった後に返答を待とうと少し時間を置こうとしたが、意外にも回答はあっさりと返ってきた。
『女性が軍服のままだなんて私が許しませんよ』
「…まあそんな感じの答えが返ってくるとは思いました」
『服はこちらで何とかしますから、貴方は今すぐこちらにおいでなさい』
「え?でも私サイズとか」
『そこも何とかしますから、良いですね!』
「は、いやあの…。…、切れた」
何とかするとは言われても、…なんとか出来るのだろうか?
服のサイズとかローデリヒさんに教えた事なんて無いし、男性が女性の服を用意するなんて…ましてやローデリヒさんが…想像出来ない…。
内心本当に大丈夫なのだろうかと心配しつつ、言われた通りに出発の準備をする。
…今すぐと言われたし、飛行機で行くよりはアルさんの戦闘機で行った方が良いんだろうな。
そうして結局袖を通すのは、いつもの軍服だった。
「…で、全速力できたんですけども」
「おや、早かったですね」
「…少しだけローデリヒさんのくるんを引っこ抜きたくなりました」
「マリアツェルは触らせませんよ」
ならのんびりティータイムを楽しむなこの貴族め。私は息切れを起こしつつ戦闘機かっ飛ばしてきたと言うのに。
移動だけでもかなりの時間を要する距離なので内心もうヘトヘトだ。
日本に居ればもう日付も変わりつつある時間だし、その間なにも口にしていないとあってお腹も空いている。
毎日こんな状態なのでいつでも何処でも寝れるようにはなったのだが、全く寝ない事はない。なので眠気も大分ある。
そんな私を尻目に優雅に寛ぐ貴族様。これはもうマリアツェルを引っこ抜く以外に選択肢があるものか!
「疲れているのでしょう、部屋は空けてますのでさっさと寝てきなさい」
「疲れてますけどくるん引っこ抜くまで寝れません」
「…貴方って人は…、変な所で強情ですね」
「…そうさせてるのはローデリヒさんかと思われるんですけど」
ぼそりと呟いた言葉は彼には届かなかったのか(はたまた無視したのか)、ローデリヒさんはこくりとティーカップの中身を飲んだ。
きっと中身はコーヒーなんだろうな。だってローデリヒさんとこの女帝さんの名前が付いた淹れ方だってあるんだし。
一度その淹れ方もしてみたいものだけど、やはり私は紅茶派なので自分で淹れる事は当分ない。
ああでも眠気覚ましに今すぐ飲んでみたい…けどコーヒーの苦味は嫌いです…それだったら紅茶飲みた…い。
「…ぅー」
「こら、そんな所で寝ると風邪引きますよ」
「もう頭がぼんやりしてます…。風邪ひいても…いい…寝る」
「…このお馬鹿さんが」
ふらふらとローデリヒさんが座っている対面のソファを丸々陣取って私はクッションを抱いて横になった。
流石貴族様のお家、ソファの寝心地もふかふかでたまらなく気持ち良い。
一度寝転んでしまえばもうあとは寝る以外に出来る事はなく、とろんとした目を閉じて闇の世界に身を委ねた。
そして数秒もせずに、ぷすーと気持ち良さそうに寝る女性がそこには居るのである。
「ローデリヒさん、ちゃんの服持って…あら」
「エリザ、お静かに」
「…ちゃん寝てるんですか?」
部屋の扉をノックした女性がひょこりと顔を出した。
ブロンドの長髪に軽くウェーブが掛かり、頭の片方に付いている花飾りが可愛らしいその女性が手に持っているのは彼女にとっては少し小さめのシンプルなドレスだった。
彼女の趣味なのか、はたまたローデリヒの趣味なのか、胸元に付けられたリボンが印象的だった。
エリザと呼ばれた女性は未だに眠っているソファの住人に歩み寄り、その頭をゆっくりと撫でる。
「明日は可愛くしてあげなくちゃね」
「あまり張り切りすぎないようにお願いします」
「…頑張ります」
HOME
きっとエリザさんは自重なんかしない筈。ちびたりあをあんなにも可愛らしくしたお方ですから…。
テレジア様のコーヒーはクリームとオレンジリキュールを入れるそうです。詳しい作り方は検索したら出る筈。
[2009.07.30]
テレジア様のコーヒーはクリームとオレンジリキュールを入れるそうです。詳しい作り方は検索したら出る筈。
[2009.07.30]